第30話 マルコーニ村への道

 ガイア君が指を振ると、私達四人はお城の外にあった橋の前に移動していた。

「父に外出許可はもらったので、友人たちを観光に連れて行きます」

 警備の人にそう話すと、ガイア君はまたニコラを借りていた。それに乗ると、

「さぁ、行きましょう」

 と私に手を伸ばした。

「あれ、魔法で行かないの?」

「行ってもいいんですが、僕自身があまりあの辺りに行ったことがないので、うまく飛べるかどうか……」

 あ、そうか。瞬間移動した先に何かあったら危ないからか。

 手を取り、ニコラに乗ってから、私は不意に気が付いた。

「……まさか、ニコラに乗りたいからじゃないの?」

「い、いえ、まさか、こんな緊急時にそんなことするわけありません」

 意外に子供っぽいところあるな、ガイア君……。

「フウラと秋斗君も乗りましたね? じゃ、行きますよ! ハッ!」

 ニコラが急発進した。私と秋斗は、振り落とされないように必死にしがみついた!


 お城のある町(城下町というらしい)は、川と山に囲まれた町だった。大昔は、山で採れた動物の肉や鉱石を、船で川下の町に運んで売っていたらしい。ガイア君の遠いご先祖も、そんな商人の家に生まれたそうだ。

「その山に、賢者の石があったってことか?」

「伝説ではそのように言われていますが、誰一人として、山で賢者の石を見つけた人はいませんね」

「伝説?」

 シュバルツ王国の初代国王は千年近く前の人で、正確な記録は何も残っていないらしい。物語のように書かれたいくつかの書物が残っているだけだそうだ。

 その伝説によれば、のちに初代国王となる少年は、ある日山の中で赤い綺麗な石を見つけた。魔力が弱く、村のみんなからバカにされていた少年は、その石を宝物のように大切に扱った。その石が少年の魔力を吸収できることに気付くと、少年は毎日少しずつ、その石に魔力を与えていった。

 少年は何十年もかけて同じ石を集め、魔力を与え続けた。その結果、その石はこの世界の誰よりも強い魔力を放つようになった。少年はその力で近隣の村々を侵略して、統治し、そして世界初の国王となった。

「ん? じゃあ、賢者の石に入ってる魔力を使い尽くしたら、もう賢者の石は使えないの?」

「いえ、魔力は永遠に尽きません。人間の体から魔力が尽きないのと同じです」

 私は解説を求めて秋斗を見た。これも電気と同じ性質なのかな? でも秋斗は首を振った。

「性質は充電池に似てるけど、エネルギー保存則が破れてる。科学世界とは異なる物理法則があるんだろう」

 なんだか難しいことを言ったけど、魔法と科学は違うらしいことはわかった。それはそうだ。

 そんな話をしているうちに、家がまばらになってきた。大きな川を越えた先は草原で、家はほとんど見当たらなくなった。ここはもう町の外なんだ。踏み固められた土の道を、私達を乗せたニコラが軽快に走っていく。

 道の途中に、ときどき村みたいなものがあった。どこも見た目は似ている。一階建ての低い石造りの家がぽつぽつと並び、その周りに畑や果樹園が広がっていた。ニコラに乗った人たちが、畑の様子を見たり、果物を収穫したりしていた。

 だけどそれも、城下町から離れれば離れるほど数が減っていき、ついには、人の気配のないみすぼらしい雰囲気になってきた。果樹園の木々が全部枯れている村まであった。昼間だからいいけど、夜に来たらきっと不気味だ。

「マルコーニ村はもうすぐです。あ、ほら、見えてきましたよ」

 小さな丘を回ると、その向こうに家々が見えてきた。

 そこは、遠目に見ても、これまで見た中で一番みすぼらしい村だった。

 どの家の壁も薄汚れて、ツタが絡まっている。家の石も欠けているようだ。人はいるようだけど、ニコラの姿はない。畑だけは丁寧に管理されているみたいだけど、それ以外はぼろぼろだった。あんなところに、お父さんが?

「少し、作戦会議しましょう」

 ガイア君が、近くの廃屋の陰にニコラを止めた。私達が下りると、ニコラに水や餌をやりながら言った。

「まずは、龍河さんの意思を確認しましょう。もし龍河さんが自分の意思で村に留まっているなら、海さんが説得して連れ出します。襲撃者との関わりは、城へ連れ帰ってから問いただします」

 私はうなずいた。どうして一年も帰ってないのかはわからないけど、きっと説得はできるだろう。

「逆に、なんらかの理由で村人に閉じ込められている場合。これはもう、僕達には対処できませんので、特殊部隊に任せます。ただし、龍河さんの状況は僕が部隊に伝え、保護してもらいます」

「そんなことあるのかな」

「可能性はあります。龍河さんの持つ科学の知識や魔法の理論を目当てに、監禁され利用されているのかもしれません」

 お父さん、大丈夫かな。急に不安になってきた。ちょっと変で、自由な人だから、どこかに閉じ込められたりしたらストレス溜まっちゃうんじゃないかな。

「そしてどちらの場合でも、龍河さんが襲撃の黒幕だったときは……我が国の法律で龍河さんを裁くことになります」

 やっぱりそうなっちゃうよね。お父さんはそんなことしてないと信じてるけど……本当に、大丈夫かな。

「それで、村にはどうやって入るんだ? もし村ぐるみでおじさんを監禁してるとしたら、堂々と入るのはまずいだろ。おまけにガイアは王子だから、村人に顔も知られてるだろうし……」

「そうですね。念のため、僕は魔法で顔を変えましょう。そして海さんと秋斗君は、髪を金色にします。そして、どこか人目のつかなそうなところから侵入して……」

「おや、君たち」

 突然声をかけられて、私たちは「うひゃぁ!」と飛び上がった。

 振り返ると、声をかけてきたのは、ニコラに乗った髪の薄いお爺さんだった。その後ろにも数人、大人達がいる。み、見つかった!? この人たち、マルコーニ村の人たちかな。

「子供だけでこんなところで、何しているんだ? おや。よく見たら、科学使いが二人?」

 科学使い……って、私と秋斗のことか! こっちの世界では、科学世界の人をそう呼ぶんだ。

 っていうか、顔も髪も見られた! 今から変身しても遅い!

「そ、村長! それどころじゃないですよ、そっちの子は……いや、そちらの方は……!」

「んん? ……ああっ!? ガイア王子!? な、なぜこんな辺境の村に!?」

 私たちは思わず顔を覆ったけど、もう何もかも手遅れだった。

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