第29話 雨垂れ禍を穿つ
「子供産まれた」
「またかよ」
人生の名を冠するルーレットが止まった先で、志乃の車にまた一人新たな乗客が増える。まじかよ。これで何人目?祝い金という名目で無職から一体幾ら搾り取れば気が済むっていうの?
「名前何にしようかな」
「「名前………」」
俺と繋のフリーランス男子二人は、志乃の車に既に乗り込んでいるダークナイトメアつぶあん君とステルスイーターしらたきちゃんとクロスボンバーふぁみちきちゃんを言葉にならない虚ろな目で見つめる。
可哀想に。成人したらその日に役所行こうな。お兄さん君たちの味方だから。
「………」
「ロストレクイエムずんだ君」
「待ちなさい志乃」
志乃の超弩級ネーミングセンスの新たな犠牲者が増えようとする中、勇敢にも声を上げたのは現在『舞台女優』の朝比奈さんである。流石。友が間違った道に進んでいればそれを正すのが親友ってやつだもんな。
「《母なる果実擦り潰せし羅刹》なんてどう?」
「捨てがたいね」
捨てちまえ。
信じた俺が大馬鹿だったよ。
お前はまさかのそっち系だったのかよ。ガキの頃から一緒にいたのに初めて知ったよ。いや、中学二年くらいで患ってしまったのか。
「というわけで、間をとって《絶臥烈翔》・豆堕くんに決まりました」
「ひゅ〜」
「繋」
「聞かれましても」
おかしいな。今時間飛んだ?もしくは三十行くらい飛ばされた気がする。
何で生まれた瞬間から名前に称号が付いてんだよ。最早凄絶な生き方しか選びようのないずんだ君の気持ち考えてあげようよ。そんなんもう救世の英雄か世紀の大罪人しか選択肢無いじゃん。本名ずんだだよ?教科書に『勇者ずんだ』とか『大魔王ずんだ』って載せられたらお前責任持てんのかよ。
「次賢一だよ」
「ああ…って、あ」
ルーレットに手を伸ばそうとして、時計の針が目に入り俺は目を瞠った。
この午前様から開始されたイカれた人生ゲームのせいですっかり忘れかけていた用事を漸く思い出したのだ。
「すまん。バイトの時間だ」
「また?」
「最近多いわね」
「…文句はマスターにな」
ごめんねマスター。これから暫し高校生に恨めしい目で見られるかも。でもマスター確かMだからいいっすよね。
我ながら空々しいとは思うが、バイトがあることは事実。
我儘言ってシフトを増やしてもらったのだから遅刻欠勤は許されないのだ。全てはマネーのため。たいむいずまねい。
「…まあ、高校男子は色々要りようなんだよ」
「何よいやらしい」
いやそれは知らんよ。
「………」
「月城さん?」
「賢くん私もついて行っていいかな?」
さっきから黙っていたと思えばポツリとそんなことを言い出す志乃。売上に貢献してくれるというのならば是非もないが、別に割引なんてしないんだからね。賢くんそこはシビアだから。
「構わんが、何も得はないぞ」
「エプロン姿の賢くんからしか得られない栄養があるよ」
「お、おう……」
たまにそういうところあるよね君。
■
「キャラメルフラペっ…ふらぷち…っチーのホイップクリーム…ぇと…ぱ、パウだー…?トール…とーらー…トーレス…と?………やっぱりアイスコーヒーで」
「超特濃抹茶オレの極みスペシャル」
「月見バーガーセットとスマイル」
「…かしこまりました」
花の高校生らしからぬ注文多いなおい。志乃はさっきのセンスどこいったんだよ。後ヒナはもうマ◯ク行けよ。ここはちょっと品目の多い小洒落てるだけのただの喫茶店だよ。
100点満点の嘲笑をヒナにくれてやった後、立ち上がった鬼神から逃げるべくすかさずカウンターまで下がって俺はマスターに声をかける。強面のその外見に反して、その腕からは何とも繊細な味わいを持つ料理が次々と生み出されるのだ。
「マスター、月見バーガーとかあります?」
「あるよ」
あるのぉ!?
■
『すみませーん』
『あ、はい。少々お待ちください』
「……………」
「私はきゅんきゅんと湧き立つ心を必死に抑えながら、あくまで普段通りに彼を見つめていた」
「いつもは少しだらしない彼がはきはきと働くその姿は、私の目には何故かとても輝いて見えたのだ。」
「この姿だけで私はこの先3日くらい余裕で」
「……………」
「あっ痛い痛い。ごめんなちゃい。笑顔で耳引っ張らないでぇ……」
「千切れる千切れるあだだだだ」
何やってんだあいつら。
視界の端でなんかわちゃわちゃしているテーブルを呆れた目で流し見て、俺は颯爽と呼ばれたテーブルへと足を運ぶ。ひゅう新記録。これは給料上がりますね。
テーブルには女性の二人組。大学生とかだろうか。何故かご機嫌そうにこちらを見つめている。
「お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」
「君格好いいね」
「…………ん?」
黄身カッコウィーネ?そんなメニューうちには無かったはずなのだが。
思わず首を傾げて沈黙していると、ずいっとちゃん姉が身体を寄せてくる。中々に露出の多い魅力的な身体二つに囲まれて、哀れ賢くんは石化してしまう。
「ねえねえ、シフト何時まで?」
「お姉さん達と遊ばない?」
「………」
これはまさか。我が世の春が来たというものだろうか。嘘だろ。繋ならまだしもこの俺に?
まさか、ここに来て幼馴染が強かハーレムルート開通とか、人生何が起こるか分かったもんじゃ
「はっ!!?」
背後から湧き上がる天を衝く程の殺意の波動に貫かれ、思わず真っ直ぐに伸びた背筋がぴんと硬直する。
汗を滝の様に流しながら、震える顔でゆっくりと背後を振り返れば
『…………ああぁ〜ん?…………………』
ヤンキー漫画でも中々無いのではというくらいに顔を厳しく歪めたヒナ様と
『………』
感情の読めない顔でニコニコと笑い続ける志乃様が鎮座していた。
「どうしたの?」
「…いえ、大変申し訳ございませんが業務中なので……」
「「ストイック〜」」
禁欲っていうかこのままじゃ今後の人生、欲を発散することすらできなくなりそうなんですよ。潰される。
そのままバイトの終わりまで、俺は憤怒の視線に晒されながら、何とも気まずい時間を過ごすことになるのだった……ていうか、帰らんの君達?客が少ないとはいえ。
マスターもフッとかキメてないで助けてくださいって。
■
「はい、賢一」
「お、サンキュ」
「志乃」
「………」
「志〜乃〜」
バイトが終わり、夕陽が差し込む小さな丘の上で繋から貰ったお疲れ様の炭酸飲料を呷りながら、俺達は無言で眼下に広がる町並みを眺める志乃を後ろから見つめていた。
ひたすらに遠い、遠い眼差し。まるでこの光景を最期に目に焼き付けておこうか、などという縁起の悪い…最期……最期?
……俺は今何を考えた?
「…志乃。もう許してあげたら?」
「ん?」
俺と同じく不安に駆られたのだろうか。おずおずと近づいたヒナが優しくも俺の罪を弁護している。いや、冤罪なんですけどね。
「ふふ。最初から怒ってなんかないよ」
「……うん…」
ヒナの頭を優しく撫で、背中を押して俺達の方へと押し戻し、ゆっくりと志乃が俺達を振り向いた。
俺と繋とヒナ、三人の顔をまじまじと。同じく焼き付ける様に見つめて
「寧ろ安心したんだ」
「……ぇ…」
ふわりと、笑う。いつ如何なる時も、変わらず隣にあったいつもの笑顔で。
「賢くんは色んな人に好かれているんだって」
「………月城さん?」
「…打ち明ける決心がついたよ」
なのに、何故だろう。心は温かくなるどころか、どこまでも冷え切っていた。
多分、隣にいる二人もきっと同じ心地なのだろう。
その証拠に、俺の袖を掴むヒナの手はカタカタと震えていた。
「もう、私がいなくても………」
「……、し、………の…」
「賢くんには、皆がいるもんね…?」
直後、夕陽の逆光が志乃の顔を隠してしまったせいで、今彼女がどんな顔をしているかは分からない。分からないけれど、多分、俺達3人は全てを理解した。…してしまった。
「緋南」
「……やだ………やめてよ……志乃……」
やめろ。
「星野くん」
「……っ………」
やめてくれ。
「───賢くん」
「…………」
「私、身体の治療のためにしばらく町出るね」
「「「…………………………」」」
──………………………………。
「「「…………ん?」」」
「ずっと図書館で色んな資料読み漁ったり、書店の店長に色々取り寄せてもらったりしてたんだけど漸く糸口らしきものが見つかってね。悪いことにはならないと思う。あ、知ってる?店長意外と顔が広いんだよ。昔はぶいぶい言わせてたんだって」
「「「………」」」
「あ、でも私がいないからって賢くんだらしなく暮らしちゃ駄目だからね。今、色んな人に私が不在の間、賢くんのことよろしくねってお願いしてるところなんだから」
「「「…………」」」
「レールから外れてたって諦めなければ人生何とかなるものだね。…ううん、諦めなくて良かった。私はもっと皆といたいから」
「「「…………………」」」
「だからこうして今のうちにしっかり故郷を目に焼き付けて思いを馳せ………どうしたの?」
「「「……………………」」」
せーの。三人揃って、息を大きく吸い込んで。
「「「そういうとこだよぉ!!!!!」」」
「え。何が?」
驚いた鳥たちが一斉に羽ばたいて夕陽を染める。
俺達の魂の叫びは、もれなく町中に響き渡ったという。
…ん?町を出る?
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