一夏の笑顔、もう一度
「夏だ!」
「うん!」
「祭だ!!」
「うんっ!」
「ひょっとこだぁーー!!!」
「う〜〜〜〜ん…………」
猛暑を通り過ぎて酷暑、酷暑を通り過ぎて焦熱地獄となった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は暑すぎて熱すぎてあつすぎてアツすぎて厚くて篤くてATSUくて最早狂っちまいそうですが全然元気です至ってせいじょうてこさいます。
「3年振りだね」
「せやな」
そして我が幼馴染殿は長い旅路から帰還を果たし、実に久々のふるさと納祭となります。
言葉通り、優に3年振り。この際だから存分にハジケちゃってほしいね、もうキャラ崩壊しちゃうくらい。言っておいてなんだけど『月城志乃』って何キャラ?皆分かる?
「…でも、浴衣まだ着れて良かった」
「…おう」
嬉しそうに頬を染めてはにかむ志乃。その身に纏うのは、かつての夏祭りの時に着ていた浴衣だった。その可愛らしさはあの頃と全く変わらない。
…いや、嘘だ。3年という月日は、志乃を大人へとぐんと近づけた。
当たり前だ。なんせ今の志乃はまごうことなく成人、大人の女性なのだから。
学生の頃からそこはかとなく漂っていた大人っぽい色香は、服装も相まって志乃の成長をより際立たせる様に、艶めかしく、そして妖しくその輝きを増している。
「…ん……」
志乃が頬にかかった長い髪をそっとかき分ける、その仕草すら。
「でもね、あの頃と今を比べるとちょこっときついところがあるんだよね」
「…へぇ」
「さて、一体どこでしょう?」
「腹」
「もう、デ・リ・カ・シー。そういうとこだよ?」
変わらないのは、俺と志乃のこのやり取りくらいか。
静かに顔を見合わせると、俺達は揃って小さく吹き出した。
「…さて、俺も久々だな……」
さりとて、見惚れるだけで祭りが終わっては元も子もない。
絡めた手を引っ張って、俺達は二人揃って喧騒の中へ。
せっかくの祭りなのだ。ハジケるのは志乃だけではない。賢くんも常日頃の知的データキャラを彼方にかなぐり捨ててフィーバーする瞬間がついにやってきたのだ。
いえーあいむえぶりないとふぃいばぁ。…駄目だな。どれだけ抑えようとしても知性が溢れてしまう。知性の神に愛されてんな俺。賢くんは不死鳥。
「ん?賢くん、お祭り行かなかったの?」
「………まあ、この3年は出店の手伝いだったな…」
思わず呟いてしまったその言葉を訝しむその声に、俺はその理由を悟られぬ様、極めて興味無さ気な感じで返事を返す。
そう、特に深い意味は無いが、ここしばらくはそんな感じだった。出禁も早々に解けていたけれど、俺はあくまで黒子に徹していた。
ヒナも、繋も、それに文句を言うことはついぞ無かった。遠くから見守るその代わりに、客として迷惑はかけてきたが。
あの女何が『うわ、チョコバナナとかヒナ、セクハラじゃない?きゃーヒナハラ』、だよ。そんなこと誰だって分かってるよ。チョコバナナはセクハラ。はっきり分かんだね。
「ふ〜ん?」
「なんやねん」
などと意味不明な供述を繰り返してみましたが、お隣の志乃さん、理由について一切尋ねる素振りを見せず。腰を折って下からこちらを覗き込んでニヤニヤと嫌らしい笑みを見せるのみ。
なるほど『月城志乃』はメスガキキャラだったんだね。分からせなきゃ。
「待たせてごめんね」
「何が」
「待っててくれてありがとう、かな?」
「何が」
そして謎の謝罪とお礼。謎の。
けっ、一体全体何を言っているんだこのメスガキは。まるで、この俺が志乃がいなきゃお祭りを楽しめない寂しんぼキャラみたいに言いやがって。俺は宮川某に次ぐお祭り男として名を馳せる、稀代のひょっとこお兄さんだというのに。
「ねえ、賢くん」
ふわりと、志乃が花咲く笑みを見せる。それに釣られる様に、俺も。
…3年、か。………思えば長かったな……。
そして辛く険しい道のりだった。
数多の苦難と挫折を乗り越え、俺は今ここに立っている。
見果てぬ野望を諦めきれず、何度も膝を折りそうになりながら、けれどここまでやり遂げた。
なぁ、志乃。お前は気づいてくれるかな。
「子供達のひょっとこ面比率が3年前より明らかに増えてるんだけど」
「えへへ、分かる?///」
「分かっちゃうねぇ……」
っぱ分かっちゃうかぁ〜。参ったなぁ〜。いや〜別に自慢する気も無かったんだけどさぁ〜?
頑張ったよ。俺頑張ったのよ〜〜。3年間まじ頑張ったぁ。
来る子供来る子供にひょっとこ布教しまくって、この町をひょっとこに染め上げるのに3年もかかっちまったよぉ。
きっとこれから産まれてくる新しい世代は、もれなく唇突き出てんだろうなぁ。夢が広がりまくりんぐ。
「おかしいなぁ。これは異変かなぁ引き返すべきかなぁ」
「俺達の祭りに出口なんて無いぜ☆」
「わ、私の思い出が汚されていく…」
拗ねた様に…いや違うなひょっとこの様に唇を尖らせる志乃を見て、俺は成し遂げたのだと実感する。
お父さん、お母さん、そしてお姉さん。賢一はやり遂げました。だから石を投げないでください。そのゴミを見る目をやめてください。2年間、祭りが終わった夜は枕を涙で濡らしました。恐怖で。
「油断ならないなぁ…」
「ふん、お主が疾く帰って来ぬからじゃ。悔しかろう」
「ままならぬのぉ…」
眉間を抑え、大変しんどそうなお顔で天を仰ぐ志乃の手を引っ張って更に奥へ。
目指す目的地は射的。勿論、それ以外だって。
3年前と同じ様に、けれど3年前とは違った関係で出店が立ち並ぶ通りを歩いていく。一つ一つを目に焼き付ける様に歩きながら、気になるものがあれば俺の袖を引いて恥ずかしげに笑みを見せる。それはいつもと同じ幼馴染の姿。
そうしてかつての志乃を見つける度に、乾いていた俺の心が瞬く間に潤され、そして美しく成長した現在とのギャップで一気に熱が灯り蒸発する。
そんな俺の胸中など悟られない様、完璧なやれやれ感を演出しながら俺は志乃の隣を歩く。
けど、どうせ分かっているのだろうな。志乃は俺のことなど何でも理解しているのだから。
だが、それはこちらも同じこと。俺だって志乃のことなど何でも…かは自信無いが、大体理解している。
けれども、それをいちいち口に出したりはしない。する必要も無いのだ。だって理解しているのだから。
重要なのは、互いにからかわれる隙を見せぬこと。
それが俺達、幼馴染なのだ。多分。
■
「出禁になった」
「あははははは!」
さて、無事射的を終えて、キレながら泣く器用な店長のお説教を右から左に受け流したところで、俺は屋台の横でかき氷を食べながら涼んでいた。
祭りの雰囲気にあてられてテンションが上がっているのか、珍しく声を上げて志乃が馬鹿笑いしている。無事キャラ崩壊してくれて何よりである。
「ほ〜れ、群がれチビ共」
「「「わーー!!」」」
「あっはははは、あは、あはっ、あぁーーははは!?げほごほ!!」
違うな。大量の小さいひょっとこ共に囲まれるやべぇ光景がツボに入っているだけだった。
涙目で咳込みながら、それでも丁寧に戦利品たるお菓子をひょっと小僧軍団に配る志乃を見ながら、かつて見た光景を幻視する。
けれども、あの時よりも遥かに、そして確かにその光景は現実味を増して。
増して?
「いやいやいやいや」
誰にするでもなく、頭の上でぶんぶんと手を振って妄想を吹き飛ばした。
いくら何でも。いくら何でも、だろう。本当にこの酷暑で頭がどうかしているらしい。
ふむ、これはかき氷をもう三個はかき込まなければなるまい。舌をエグい色にしてやるぜ。サイケデリック賢くん爆誕。
「け、げん゙ぐーん゙……」
そんなことを思ってぼーっとしていると、ふと名前を呼ばれた気がしてゆるりと面を上げれば、子供達の輪の中で一際輝く困った笑顔が、細い手を振って俺を呼んでいた。
「タスケテ……」
「はいはいっと」
残った氷をかきこんで、きーんとする頭と疲れた身体に鞭打って、俺は再び立ち上がる。
彼女と同じくらい、馬鹿みたいに顔を緩ませた自分に気づかない振りをしながら。
夢は終わった。これからは一つでも多くの思い出を共に。
いつだって、あいつには笑っていてほしいから。
ああ。本当におあついことだ。
「んで、この後『第3回ベストひょっとこコンテスト』、通称『ひょとコン』がある訳なんだが」
「賢くんこれ以上私を困らせないで」
「もち、志乃は特別審査員枠にねじ込んでおいたからな!」
「賢一、ハウス」
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