他愛ない日々

とりとりハロウィン

「賢くん」


志乃は手を繋ぐことが好きだ。

一体何が楽しいのか知らないが、外でも部屋でも隙あらば俺の手をにぎにぎしてニヤニヤしている。

だからとは言わないがある日、俺は聞いた事がある。


「なあ志乃」

「んー?」

「楽しいか?」

「うん」


「そうか…」


空手家顔負けのマッハのレスポンス。楽しいというのなら成すがままになることも吝かではないものの、果たして仮にも彼氏という誉れある称号を冠する以上、彼女に任せっきりというのも如何なものかと。時には己から手を伸ばす積極性が求められるのがラヴ(巻き舌)というものではないかと。そう思って俺が──







「あ、大根安い」

「そうだな」


彼女の手をチラチラ見つめる不審者と化して早数日。

帰りの遅い親に代わり、我が家の胃袋事情を何故か一身に担っている志乃が、興味深げに八百屋を物色している横で、今日も俺は志乃のその水仕事にも負けない滑らかな白い指を眺めていた。


「賢くん、今日何食べたい?」

「手…」

「手羽先?」

「あ、いや」


じゃあ、後でお肉も見にいこうね。などと言う幼馴染の微笑ましそうな声もどこか遠いものに感じながら、やはり俺の視線はチラリと。不審者再び。気づかぬは本人のみ。


「…志乃ちゃん、賢ちゃんどうしちまったんだ?」

「ふふ、どうしちまったんでしょうね?」 


ついには小さな頃から俺達を知る八百屋のおやっさん、略しておやおや(◯京さん感)にすら訝しげな視線を向けられる。

しかし、ここでその名の通りかしこな賢くんは閃いた。手を繋げないというのなら、繋がざるをえない状況を作ればいいじゃないと。

やばい。これは天才。バスケットマンになれる。大学出たらコーチに逆らってアメリカの空気吸って高く飛ぼうぜ。あかん奴や。


と、いうわけで膳は急げ。


「志乃」

「ん?」

「腕相撲しよう」

「「何で?????」」


志乃とおやっさん。二人揃って全く同じタイミングで首を傾げられる。

何とまさか。俺のぱーふぇくつな作戦の真意を一瞬で見破ったとでもいうのか。


「変か」

「変だね」

「変だな」


おやっさんまでもが。

…あれれー、おかしーな。おかしー。…おかし………お菓子?


何だ。今、何かが見えかけたぞ。そして俺は、まるで漢字テスト中に教室を見回して答えを探す哀れなぽんこつ学生の様に視線を巡らせて


おやっさんの隣に貼られたポスターが目についた。


『商店街ハロウィンフェスタ』


瞬間。賢くんに稲妻奔る。


「これだぁ!!」

「どれ?…かぼちゃ?」

「え??……毎度あり???」


毎度無いです。







そして当日。とある広場にて。




「賢くん、とりとり」

「せめてちゃんと言え」


フェスで賑わう人々の片隅で、オレンジと黒の二色を基調とした魔女の仮装をした可愛ら、美し、まあ悪くない格好の幼馴染が、毎度どうものニコニコすまいると共に細い両手を差し出した。マントを付けているから分かりにくいが、肩を思いっきり露出したその格好は二の腕や脇が丸見えである。だが誘惑も何のその。俺はじっとその掌を見つめていた。


トリックオアトリート。無垢な子供が純真さにものを言わせて善良な大人からなけなしの食料を巻き上げる呪われた呪文。

そして我らが住まうこの町においては、お祭りの口実となる絶好の機会でもある。


例としては以下の通り。


4月。新生活の始まりだ!めでてえ!祭りだ!

5月。五月病なんて騒いで吹きとばせ!祭りだ!

6月。梅雨面倒くせぇな。祭りだ!

7・8月。夏だ!祭りだ!

9月。月見!風流!祭りだ!


そしてハロウィン。言わずもがな。祭りだ!狂ってる。


「…お菓子くれないの?悪戯しちゃうよ?」

「…ほれ」

「んむ」


黙ってしまった自分を志乃が不審がっていることに気づいて、お望み通りに小さなチョコを口に突っ込んでやる。慌てていたもんだから勢い付きすぎて指も若干入った。

けれど志乃様はお構いなしに俺の指ごとむぐむぐしようとする。やめて。


「………」


ペロられかけた指を何とか救出して、チョコを黙々ともくもく堪能する幼馴染を横目に、俺は野菜もりもりかぼちゃましまし健康焼きそば屋台の準備を進める。

何でそんなことを俺がやっているのかだって?やるはずだった八百屋のおっちゃんがぎっくり腰でサヨナラバイバイしたからだよ。おかげさまで俺のぱーぺきな作戦を実行するタイミング完全に逃しちゃったよぉ。


力仕事はミー。お料理はお志乃様。彼女の腕なら売上は間違いなくぶっちぎりで好調だろう。町内貢献ランキング上位待ったなし。

…まさかおやっさん、そのために自ら腰を?新章・『おやっさんが強か』開幕……ってコト!?誰が読むねん。


「賢くん」

「何やねん」

「とりとり」


ようやっと屋台の、さらには優しい賢くんがわざわざ用意した簒奪者共への供物の準備を終えて一息ついている所に、先程と寸分違わぬ呪文が瑞々しい唇から唱えられた。

…あれ?お話のスタート地点ここからだっけ?今までの俺の語り消し飛んだ?

思わず二度見しても、魔女はその名に似合わぬ無垢な笑顔を携えたまま。


全くしょうがないなぁ、志乃太くんは。

俺はポケットから最後のチョコを取り出した。嗚呼、サヨナラ俺の今日の糖分。つまみ食いしなきゃよかった。


「ほら」

「わーい」


無造作に放り投げれば、志乃が華麗に口でキャッチする。10点。

…何かあれだなペットに餌付けしている気分。

…幼馴染。…ペット。別に何も考えてねえよ失礼しちゃうなぷんぷん。


「……」

「とりとりー」


あれ?やっぱり時空間歪んでる?俺だけ極めて近く、果てしなく遠い世界に飛ばされてる?


「あらあら志乃さんや、もう食べたでしょ」

「私トリックオアトリートなんて一言も言ってないよ」

「は?」




「賢くん、トリックアンドトリート。お菓子くれたから悪戯してあげるね」

「ええ……」




良い笑顔で恐喝宣言とか、最近の若者物騒だね。

俺の反応がお気に召さなかったのか、志乃はハテナマークを頭の上に浮かべたまま可愛く首を傾げる。


「あれ?ご不満?」

「悪戯されてまんまん満足な人中々いないぞ」

「そっか」


立てた人差し指を頬に添えて天を仰ぎながら、志乃が思案する。

ポクってチン。さぞかし素晴らしいアイデアが浮かんだのだろうか。

再び輝かんばかりの笑顔が俺に向けられた。眩し。


「じゃあ、悪戯していいよ」


え。


そう言って志乃は俺にまた両手を差し出した。黒い長手袋をわざわざ外して掌を上に、何にも包まれないその腕は日光にも負けず、病的な程に白く滑らかで。


「何でもしていいよ」

「………」


何でも。リピート。セイ。ナンデモ。何て魅惑的な言葉なのでしょう。そう、つまりあんなことやこんなこともしていい訳で。お許しが出た訳で。

俺が練りに練ったあるてぃめっとぷらん・オペレーションは◯がわを遂に実行する時がきた。つまり、お手々のしわとしわを合わせ




「例えば、手を握るとかでも。ね?」




………。


「違った?」

「………………違わない」


へへぇ。取り繕う気にもなりやせん。

悪戯にかこつけてどさくさ紛れに志乃の手を握ろううふふ♡、などという稚拙な考えは彼女にはとっくにお見通しだったようで。


「もう。賢くん。そういうとこだよ」

「どういうとこでしょうか」


混乱・硬直・困惑という3この状態異常に見舞われる俺の手をとり、志乃は優しく自らの頬へと導いた。慣れ親しんだ温もりは、俺のくだらないプライドなど簡単にとかしてしまう。


「何も考えこまなくても、いつでも握っていいんだよ」

「………」

「私は君になら何をされても嬉しいんだから」

「……………………………………………………………………」


そういうとこなんだよなぁ。


いつか聞いたような台詞を言った瞳は、錯覚でなければ微かに濡れている。そして心なしか頬も赤く…。

落ち着け賢一。志乃にそんな気は無いぞ。無い…よな。

いくらプライドが無くても男としての意地まで捨ててはいけない。彼氏としての矜持がある。俺はいつ如何なる時も、つまりおーるうぇいずイケメンであらねばならないのだから。

細い肩に手を置いて志乃を見つめる。何故だろう、目の前の顔は何かを期待しているようなしてないような。 

しかし俺は極めて冷静沈着、巧みな話術で彼女を優しく諭すのだ。


「賢くん?」

「そういうとこだぞ」

「???」


語彙力どっかいったわ。わり。


「…しないの?」

「え、じゃ、じゃぁ、失礼して…」


頭の中で堕天使と悪魔が囁いている。味方がいねぇ。

意を決して、俺は震える手を伸ばして


『すみませーん。焼きそばくださーい』

「あ、はーい」


すかっ


何とも虚しく宙を切った。

俺の悲痛な表情に気づかず、志乃はさっさとお客さんの方へと振り返ってしまって。


「…………しの」

「あ、ご、ごめんね?えと、あ。後でなら何してもいいから」

『あらあらあらあらあらあら!!?』


お客さんの前でそういうこと言うなよ!!めっちゃ仰天してんじゃん!!

何か凄い面白いもの見つけた顔してんじゃん!明日絶対広まってるよぉっ!!


屋台で乳繰り合うんじゃねぇという神からのお達しだろうか。

いや、俺は神に抗う反逆の徒。ここで屈するわけにはいかない。

お客さんが引いた。今だっ。行け!!


『お姉ちゃーん。けんいちー』

「はーい」


すかっ


泣きそう。少し泣く。

聞き覚えのあるガキンチョ共の声に、志乃が楽しそうに店の前へと歩いていく。

山賊が略奪でもしに来たのでしょうか。もう少し空気を読むことと、お兄ちゃんっていう単語を覚えてほしいな。カッコいいとセットでいいよ。


「ふふ、いらっしゃ……」


そして志乃が顔を出して、停止して、絶句した。


店の前に立ち並ぶ、伝説のお面を身につけたミニひょっとこ軍団を前にして。


『『トリックオアトリーーート!』』

「ぅ゙んっ!!?」


囲まれる。にげられない。わちゃわちゃするチビひょっとこ達。傍から見てもそのイカれた光景は何とも。何だこれ、地獄か?周りの人ももれなく引いている。

顔を必死に覆い隠し、口元を全力で押さえ付け、プルプルと震える魔女は縋るような涙目でこちらに目を向ける。


「へい、らっしゃい」

「!!!!????」


ま、俺は客の相手してるんだけど。残念だなぁ。俺もなぁ。子供達に優しくかまってやりたいんだけどなぁ。悔しいなぁ。


「(…賢くん。賢くんっ?賢くぅん…!)」

「ありがとうございましたー」


救いを求める声なき声が聞こえてくるようだ。嗚呼、俺にもっと力があれば…。どれだけ己の無力を嘆こうとも、俺の手は焼きそばを売りさばくことしか出来ない。俺が救えるのは、取りこぼさないのはマネーだけなのだ。


「「お姉ちゃんとりとりーー!」」

「ぅ゙ぐふぅ……!!」


畳み掛けられる連撃に、遂に志乃の膝が折れる。それでも尚、彼女を囲むひょっとこカバディは留まることを知らず。もう何か召喚しようとしてるよねアレ。


…ま、もうちょいしたら助けてあげようかな。


勿論、いやもちもろんも無いが結局、その後も最後までぐだぐだが続き、俺が志乃の手を握る事はなかった。







「……終わったねぇ」

「ああ、終わった」


流石は志乃というべきか、最後の最後まで満員御礼、在庫が底をつく程に繁盛したフェスも漸くお開きの時間。

恐るべきは、最後まで涼しい顔で捌き切った志乃の腕前だろう。


まあ、そんな彼女も、今は流石に精根尽き果てた(色んな意味で)様子でベンチにもたれかかっている。


「歩けるか、志乃」

「もう疲れちゃって、全然動けなくてぇ……」


成る程、コ◯グ状態か。重症だな。


「賢くんのところに行きたいなぁ」


ゆっくりと、志乃が俺へと片手を差し出した。

よく見なくても、相も変わらぬ笑顔は疲れで少し色を失っている。

それでも彼女は俺のために気を使ってくれている。それが分からない俺ではない。


「…ほら」

「ん」


お疲れと感謝の意を込めて、俺は優しく右手を差し出す。別にくっついたりはしない普通の手を。ここに来て漸く、か。

けれど掌が全部ピタリと密着しているのがよく感じ取れる程に、嬉しそうに強く握りしめた志乃がそのままそれを支えに勢いよく立ち上がって




「──え」




眼前に迫ったと思った顔は、柔らかで熱い感触を唇に残して直ぐに離れていく。

顔を離した志乃が、ペロリと自分の唇を舐めると俺の口元に人差し指をあててにかっと笑う。

いつもの志乃とは一味違う笑み。大いに悪戯心を滲ませたウィンクも付けて。


「悪戯。まだだったもんね?」


そして手は繋いだまま、志乃は前へと踏み出した。

俺は未だ唖然と、流されるようについていくのみ。


………。


…本当に翻弄されてばっかりだな。

勢いよく手を引っ張って前を歩く志乃。けれどもチラリと見える真っ赤な耳までは残念ながら隠せていない。


「賢くんも悪戯したいなら今日までだよ。後3時間くらいだからね」

「……おう」


悪戯、……悪戯かぁ。

まあ、こんな可愛い幼馴染と生まれ育ったことは、ある意味運命の悪戯とも言えなくもないですよね?何言ってんだお前。


「ふふ。賢くんはどんなとりっくしてくれるのかなぁ?」


期待半分の軽い口調。恐らくは勝ったと思い込んで完全に油断している。


……仕方ない。これだけは、これだけは使ってはならないと思っていたが……。


全てをひっくり返すであろう禁じ手。俺は後ろ手に忍ばせてあったそれを静かに取り出した。


「志乃」

「なぁに……」


顔が赤いのを隠そうとしていたくせに、呼ばれたら嬉しそうに振り向く。それがまた堪らなく可愛らしい。


そして、それがお前の弱点だ。










「んぶふへっ………」











可愛らしい笑顔は、俺を見た瞬間、大きく歪にねじまがる。




俺が顔に装着したリアルひょっとこ仮面(ハロウィン仕様)を間近で見せられて。


「………あは」

「どうした」

「あは、あはははは、げふ、ごほ、ははうふふヘははっあはは!!!?」


見た目はよくあるかぼちゃのお面。

やけに彫りの深い逆三角形の目元。因みに口元はギザギザではなく、異常にリアルな鋭い痛みのギャングのアレ。この反りを出すためにね、匠の技(+ガキンチョ共の斬新なアイデア)がふんだんに使われているんですねぇ。素晴らしいっ。

二度目は耐えられなかったらしい。完全につぼに入ったらしい志乃が、危うく膝を折って転びかける。


「っ」

「おっと………ふふ…大丈夫か?」

「!!!!??!!」


俺はそんな志乃の繋いだままの手を引き寄せて、ふわりと優しく抱き寄せる。

そして精一杯のイケボを出すひょっとこ。お好きな男性声優をあててね。


嗚呼、俺はなんて優しいんだろう。おかげで、志乃の眼の前には俺のかっこいいお顔が目一杯に広がるわけで。


「さあ、帰ろうか。お姫様」

「っ!!?─ふふへ……〜ぞ…〜〜ぃうっ!〜〜〜!!〜〜ところ゙ぉ゙!!!?あっはっはっは──」


…一瞬、ぽーっとした顔見せた気がするんだけどうっそだろお前。ひょっとこだぞ。


オマケで顔をくいくいと不自然に動かしてあげれば、ばんばんばんと、空いた手で志乃が必死に俺の背中を叩きまくる。そしてゴング。完全KO。いぇあ。


………。


……まぁ、とりあえずは引き分けかなぁ。




何年経とうと、何も変わらない心地よい関係がどうしようもなく楽しくて。


最終的に呼吸困難に陥った震える魔女を背中に抱え、引き続きぽかぽか弱々しく叩かれながら、俺達は呑気に家路へとつくのだった。




「……せめて、それは外そうよ。皆ドン引きってレベルじゃないよぉ…」


おっとっと。

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