嵐呼ぶ女子会
それはある日の事。
「…最近皆と会えなくてお姉ちゃん寂しいな。寂しいなお姉ちゃん」
「…………」
今日はこの女の横顔やけに視界に入りやがるな正岡子規かよ。とか思っていた今日この頃。人がお茶を飲もうと湯呑みに手を伸ばしたその瞬間、待ってましたとばかりにその手をがっちり捕獲されてしまう。
「と、言うわけで。女子会、したいな♡」
「はあ」
きゃぴ。とでも効果音が付いてきそうなエモートで姉貴が小首を傾げる。
…何故、それを俺に言うのだろうか。呼べ。と言うことだろうか。
うきうきと身体を振る姉の無言の圧に圧され、俺は致し方なくスマホを手に取る。
というか大学の友達呼べばいんじゃね。美人のお姉さんとかいたら尚良し。とは言わないよ。僕恋人いるもの。決して尻に敷かれてる訳ではないけど。決してね。
そして三十分後。
「来たよ賢くん」
「何よ、せっかく人がいい気分でガキンチョ共にだるまさんが転んだでマウントとってたのに…」
志乃ヒナ集合。in俺ん家。そんな頭の悪い一文でこの二人は瞬く間に我が元へと馳せ参じるのだ。おっ手軽ぅ。
後ヒナは何やってんだよ誘えよ。
「わーい志乃ちゃんヒナちゃんだー」
「志乃ちゃんだよ」
「おヒナ様よ」
途端に姦しくなる空間に肩身の狭い思いをしながら、兎にも角にも、俺は隣で手を叩きながらニコニコ笑う女のオーダーで二人を呼び出したことを説明する。
いい年してまるで子供みたいなワガママだと言うのに、話を聞いていても優しい志乃は変わらず笑顔のままである。一方でヒナの瞼はどんどん落ちていく。寝るな寝るな。
「…えー…要は瀬名姉の暇を潰してあげればいいの?」
「ヒナちゃんひどーい。お姉ちゃんはただ二人と交流を深めようと…」
「別に嫌だなんて言ってないでしょ」
「ヒナちゃん好きー」
「……酔ってんの?」
素面だよ。年下の細い腰に縋り付いて頬擦りしてるけど素面だよ。
悲しいかな、人は温もりに飢え続けるとここまで堕ちてしまうらしい。この女の花の大学生活が仄かに心配になってくる。これでも地頭は良いはずなんだけどな。頭の良さと社交性は比例しないということか。
うきうきな姉ちゃんに手を引かれて戸惑いがちにリビングを去る二人を見送ると、俺は漸くゆっくり茶を啜れるのだった。
■
「女子会、ねえ…」
「うふふ。二人は普段どんなことをしてるのかな?恋バナかな?もしくは恋バナ?それとも恋バナ??」
「普段…?」
「…何だかんだいつものメンバー三、四人で集まってるわよね」
「あ、ならその時やってることでもいいよ」
「「うーん」」
「わくわく」
「花札」
「スト◯ートファイター6」
「止めましょうか」
「…ていうか恋バナっていうなら、あいつの方が分かりそうじゃない?」
「……ふふ。呼んでみよっか」
「ん?誰々?私の知らない子?良いわよ呼んじゃって。お姉ちゃん楽しみー」
「お招きいただきありがとうございます。陽向賢一です」
「こんなの絶対おかしいよ!!!」
そんな机を叩きながら吠えられましても。俺だってもっとまったりお茶呑みたかったよ。
突然カチコんできた志乃ヒナに、連行される宇宙人みたいにいきなり腕を両側からがっちり拘束されたんだもん。右側は柔らかく、左側は固…やめよう何か命が刈り取られる気がするから。
「女子会って言ったじゃん!!女子会って言ったじゃぁん!!」
「賢くんは賢くんだよ」
「じゃあ賢くん会一人でしてればいいじゃん!」
しようとしてたんだよ。お茶呑みながら繋でも誘ってゲームと洒落込もうとしてたところだったんだよ。
「ね、賢くん。お姉ちゃん恋バナしたいんだって」
「すればいいじゃん」
「恋バナしたいんだってー」
ニコニコ笑いながら、何かを期待する目で志乃が俺を見つめてくる。
嫌な汗が頬をつたうのを感じながら、俺は改めてこの場にいるメンバーを眺めることにした。
姉ちゃん。彼氏無し。そも気配無し。
ヒナ。色気より食い気。友達とバカやってる方が好き。
志乃。彼氏持ち。というか俺。
俺、いや私。彼女持ちですことよ。というか志乃さんですわよ。
………。
「悲しい面子」
「お、お姉ちゃんは作らないだけだよっ」
「恋人〜?面倒くさぁ〜…」
「哀しい面子」
片やいじいじしながらちっちゃくなり、片や頭の後ろで手を組んで唇を尖らせる。春真っ盛りの女の子として大切なものが欠損している二人。
そしてこの中で唯一ちゃんと女の子っこしている我が幼馴染が後ろからのしかかってくる。背中に感じる柔らかな重み。人の頬を指でつんつんしてくるその顔は憎たらしい程ににこちゃんで。
「ねーねー賢くん。恋バナして?」
「…お前最初からそのつもりだったろ」
「そんなことないよ。私が語ってもいいけどそしたら百万字あっても足りないし…」
「(字?)」
「聞きたいなぁ。賢くんが私をどう思ってくれてるか」
「今更…」
「知りたいなぁ。普段あんまり言ってくれない賢くんの気持ち」
聞きたいなぁ知りたいなぁ。右から左からちらちらと笑顔を覗かせながら、どんどん期待に胸を膨らませる志乃。それでいて後ろからお構い無しにこちらを強く抱き締めてくるものだから、もう、ね。アレよね。胸を膨らませるというか膨らんでいるからこそまずいというか。
何も言わず、俺は前の二人を見る。何ともぬるい視線をこちらに送っている、若干気まずそうな二人を。
「ま、こういうことよ」
「あ、うん…」
「うん、まぁ……見てれば分かるわ…」
「??」
君たちの様な勘の良い人は好き。どうかその心をいつまでも大切にしてください。
「けーんくーん」
「…言わぬが花って言うだろ」
「むー…そーゆーとこー…」
頭上から聞こえる不満げな声。人の頭に顎を乗せた彼女が、一体どんな顔をしているのかが手に取るように分かってしまう。
けれど、いくら顔が分かってようが、肝心なことを俺達は何一つ分かっていなかったのだ。
諦めた様に身体を離すと、志乃が俺達三人の前へと出る。
「ふぅ。…仕方ない、か。じゃあやっぱり私が話すよ」
「…まぁそれしか無いわよね」
そう。分かっていなかった。俺達は、やってはいけないことをやってしまったのだと。
「実の弟の爛れた恋愛事情……な、何だかドキドキするねっ」
「勝手に爛れさせてるんだからそりゃそうでしょうよ」
どれだけ悔やんだところで何もかもが手遅れだった。
「あのね。賢くんはね―――」
俺達は、パンドラの箱を開けてしまったのだ。
数時間後。
「――ていうところまでが取り敢えず触りなんだけど」
「「「…………………………」」」
「うん?どうしたの皆。俯いちゃって」
「……恥っず」
「あ、あのね?志乃ちゃん……」
「……も、もうちょい、簡潔にならないかなー?なんて……」
「まぁいいや続けるね。第一章『賢くん―その血の運命―』」
「「「あ…(察し)」」」
「あれ?もう夜?まあいいよね。第三章『賢くん―光と闇の行方―』」
「…あんたのせいだからね」
「…何でだよ。元はと言えば姉ちゃんが……」
「な、なんて惹き込む語りなの志乃ちゃん……!!」
「「だめだこりゃ」」
「五章『賢くん―いつか帰るところ―』」
「幕間『賢くん―仕組まれた罠!星野爆発―』」
「終章『賢くん―Farewell―』」
「賢くん賢くん賢くん賢くん賢くん賢くん賢くん賢くん――」
「――でね?そこで賢くんが三点倒立しながら言ったんだ。『おいおいそれは俺のワカメ……あれ?もう朝?」
「お、終わった……?」
「夜更かしのお面が無くては危なかった……」
「け、賢くんと志乃ちゃんそんなことまで……!?」
耐えた。俺達は耐えきったのだ。いつの間にか外にはすっかりと、一度沈んだはずの太陽が再び輝き、鳥の囀りが耳をくすぐってくる。
事ここに至るまで、志乃の口が止まることは無かった。水分補給すら無い。
え?俺そんなことまでしたっけ?と思うほどに鮮明に語られる赤裸々な想い出の数々は、俺と志乃の歩みの軌跡。俺達がどれ程互いを想っているかの…いや恥っっず。
いいじゃん別にそんなことまで語らなくたってさ。俺とお前の胸の奥にしまっていればそれでええやん。どれだけ嬉しかったか、っていうのは顔と語りから嫌というほど分かるけど。
既にヒナの目は死に、姉ちゃんは何故か顔を赤くして鼻息荒く、食い入る様に志乃の話に聞き入っている。途中、母が様子を見に来た様な気がしたが、ドアを少し開けた瞬間、全てを察して音もなく去っていった。きっと親御さんにも連絡が行っていることだろう。何て説明するんだろうね?『志乃ちゃんトークライブに夜通し参加していますから我が家に泊めます』???イミフ。
…しかし本当に、俺が思うよりも遥かに志乃は一つ一つの想い出を大切にしているようだ。嬉しいやら恥ずかしいやら。
昔から、志乃は俺達が馬鹿やっている時、一歩下がって後ろで笑っていることが多かった。当時はつまらないのかな、なんて不安になったものだけど、全くちがった。
志乃はただ目に、記憶に焼き付けていただけだったのだ。皆との歩みを胸の中のファインダーに丁寧に、丁寧に、強く、強く。
何ていじらしく、愛らしい。そう思えば、この超大長編も
「では続きまして『賢くん2――』」
「「「流石にもう勘弁してください!!!!!」」」
いや、やっぱ限度はある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます