聖なる夜の歌
「あ」
青い空へと一つの風船が舞い上がっていく。
慌てて少年が手を伸ばそうとしても、時既に遅し。いくら頼りない揺蕩いでも、小さな彼の体では既に届かぬ高さまで風船はその身を空に委ねてしまっていた。
「あ〜…」
『とう………!!』
そこに俺は颯爽と飛び込み、勢いよくジャンプした。
ぎりぎりの高さ、指先を何とか引っ掛けることに成功した俺は、危うげな視界の中で幾度かたたらを踏みながらも無事に着地する。
『………』
「あ、ありがと…」
手に持った風船を親子連れに優しく差し出せば、少年は安堵したようにそれを受け取って
「「ひぃっ……!?」」
直後、親子で声を上げた。
『ホッホウ』
まぁ、俺は今頭に着ぐるみ装着してるからね。驚いてしまうのも無理はないと思う。
しかし、本当によく飛べたものだ。やっぱり朝、翼を授けてもらったからかな。
気にせんといて、という俺のジェスチャーに何故だろうか、素晴らしくぎこちない様子で頭を下げるお母様と、あまりの格好良さに震える少年を見送り、俺は足元に置いてある看板を再び掲げる。
すなわち、『商店街クリスマスフェア開催中。来てね♡』という手作り感満載の看板を。
道行く人が興味深そうに看板を見て、俺を見た瞬間その足が速くなる。
いいね。集客力抜群。きっと皆急いで商店街に直行してるんだろうね。
「賢くん」
『………』
「……………サンタさん」
『ホッホウ』
誰だろうか。この私の名前を呼ぶのは。プレゼントが欲しいのかな?けれど残念。
今の私には商店街に人を呼び込むという大事な使命が
「お客さん逃げてるから。それ、外そっか」
『ホ!!??』
ちょっと恐い笑顔と共に、俺の大切な頭が勢いよく奪われる。
途端に肌を突き刺す冷たい空気。籠もった空間で蒸れに蒸れた顔が急激に冷やされていくのを感じ取った。
「よく俺だって分かったな」
「…………そりゃね」
素晴らしい。これが『愛』ってやつ?きゅんきゅんしちゃう。とぅんく。
しかし、乙女の様に胸をときめかせ瞳を輝かせる賢くんとは裏腹に、志乃の瞳に光は無い。
「………何でこんなの作っちゃうかな……」
手に持った着ぐるみを遠い目で見つめる志乃。もしかして欲しいのかな?けれど残念。それは世界に一つだけのこの俺特注の
「ひょっとこサンタに何か問題でも?」
「問題しかないよ」
可愛らしく頬を膨らませた志乃に、持った頭で軽く叩かれた。
変かな。髭と帽子がセットの自慢の逸品なんだけどなぁ。
「店はいいのか?」
「少しは休みなさいって追い出されちゃった。まあ、数は揃えたし…星野くん置いてきたから」
「成程」
今年の商店街クリスマス志乃ちゃん争奪戦。勝者は町の洋菓子屋さんだった。
彼女が厨房を取り仕切れば、瞬く間に数年に一度有るか無いかの好売り上げを叩き出せるとか何とか。そのため毎年、この幼馴染の手は四方八方千切れんばかりの引く手数多である。
無論、毎年彼女に任せっきりの俺達ではない。幸い今年はいつメン四人が集まれる貴重なクリスマスということで、俺達は作戦を考えた。
そして今年、我々が編み出した作戦はこうである。
志乃が作っているのだから、商品に抜かりはまず無い。ならば、ヒナが歌ったクリスマスソングを流し客の興味を惹いて、そこにイケメンを置くことで懐へと迎え入れる。さらにはサンタコスの見た目だけなら純真なかわい子ちゃんが売り子してるんだからそんなんもう勝ち確だよね。菓子!買わずにはいられない!
名付けて『オペレーション・………オペレーション………、ケーキイーター?思いつかね。
因みにヒナの歌唱力は俺達四人の中では群を抜いてトップクラスだから。
あいつの歌の前では、俺が神室町で鍛え上げた情熱的な合いの手さえ児戯に等しい。
具体的な位置づけはヒナ>>>>>>>>>>志乃>>>>>俺=繋。
志乃も上手いがヒナが凄すぎる。あいつ町内のど自慢大会殿堂入りだもん。名誉審査委員長。レベルが違い過ぎるが故の苦肉の策。あのがさつな性格のどこにあの歌声が眠っているのか、俺は十年以上経った今でも理解できずにいる。
誰が呼んだか、ついたあだ名はローレライ。セイレーン。オペラ版ジャイアン。
誰がっていうか、全部俺なんだけど。
そう、各々が各々の個性を活かしているのだ。俺?俺は………こうして客引きしてるじゃん。
「ひょっとこサンタが嫌いな人間なんて存在しないだろ」
「………嫌いというか、シンプルに恐怖というか…」
「成程、求められているのはブラックひょっとこサンタということか…」
「賢くんのひょっとこにかける情熱は何なの?」
逆に何でひょっとこに情熱をかけねぇんだよ。もっと熱くなれよ。
人はひょっとこに始まり、ひょっとこに終わる。その突き出た口は世界を創り、人を創りだした。万物の創世神、それがひょっとこ。
だが創世神程度では、今をときめくキッズの人気は取れないということか。愚かなり人よ。矮小なる存在が神に楯突くとは。
…やっぱアレかな。語尾にとことか付けなくちゃ駄目なのかな。よろしくとこー。
「……私は普通の賢くんの方がお客さん来ると思うな」
「は?…いや、それは無いだろ」
繋ならまだしも、賢くんに甘いフェイスなんて出来やしないからね。
けれども何故か、志乃は大変不満そうな、仕方ない子を見るようにやれやれと苦笑してしまう。
「…そういうとこだよ」
「どういうことだよ」
「私は別にいいけどね。…目を光らせなくて済むし」
どういうことやねん。
「それでね?賢くん」
「ああ」
「私、休憩中なんだ」
「おう」
「賢くんも休憩、まだだよね?」
「………」
爛々と、確実に何かを期待してニコニコ笑う志乃。
しかし、それを素直に受け取るには、俺は少々捻くれていたらしい。
志乃の手からもう一度、自慢のひょっとこを奪って被る。
「もう」
『あ』
素早くまた奪われた。
「私はサンタさんじゃなくて、賢くんと休憩したいな?」
「ほ、ほほう…?」
「賢くんは、頑張る良い子にご褒美くれないの?」
「………、」
そんな風に言われては、言われてはだろう。
ここで逃げる男にサンタを名乗る資格は無い。
何も言わずに静かに手を差し出した。
すぐに嬉しそうに顔を綻ばせた志乃が手を取り、指を絡めてくる。
「…休憩だからな」
「休憩だからね」
サンタは世の中の良い子を笑顔にするけれど。
悪いが賢くんは幼馴染一人笑わせることくらいしか出来ないもんで。
「ふふ。ケーキもちゃんとあるから、終わったら皆で食べようね」
「さすしの」
慣れ親しんだ道を二人並んで歩く。 冷たいはずの繋いだ手が、どこまでも温かな熱を身体へと伝えてきた。
■
「め゙り゙ぃ゙ぐり゙ずま゙ぁ゙ず…」
「どうしたお前」
一通りのんびり町を回り、店の前で絡めた指をそっと離す。帰ってきた俺達を待っていたのは、妙に多い人ごみとイケメン、そして素晴らしい歌声を持つあの人とは思えない声ガラッガラなヒナちゃんだった。おばあちゃんケーキはもう食べたでしょ。
「わ゙だじね゙、がん゙ばっ゙だぁ゙〜」
「繋」
「子供達にせがまれて、アニメのオープニング・エンディングメドレー生でずっと歌い続けた結果」
「Oh……」
やだこの子すごく良い子…。プレゼントあげたい。のど飴。
「気づけば大人も足を止めて即興コンサート会場の出来上がり」
見れば確かに、店の横に大変簡素なステージが出来上がっている。
それでこの賑わいか。まじかよ。金取れんじゃん。俺もその場にいたかったなぁ。そしたら後ろで正拳突きとか、流れるコマンドに合わせてオイ!!オイ!!って叫んだりとかよく分からない口上とか述べたりしてたのに。
因みにだが、俺とヒナでこないだカラオケ中に志乃の後ろで実際にやってみたら笑顔で静かにキレられた。やっぱりYAKUZAにしか許されないんだね、あの自由さは。
「ヒナ、俺キン肉マンのOPがいいな。あ、二世ね二世」
「あ、じゃあ私、翼をください」
「あ゙あ゙あ゙ぁ゙ん゙?」
「二人は鬼なの?」
何だと?どういうことだ。ずががんががんがんって熱い歌で寒さ吹き飛ぶと思うんだけどなぁ。ヒナの喉も吹き飛ぶかもしれないけど。しかし、志乃も志乃で中々に喉を痛めるチョイスするじゃねぇの。だめだねだめよだめなのよ。
「じの゙お゙〜、じの゙ぅ゙ー」
「ごめんね。私心中するなら賢くんと、って決めてるんだ」
「多分君の名呼んでるんだと思うよ」
そもそも俺心中する気無いですぅ。生ぎたいっ!!
「ばぃ゙」
「え?」
寒さか、疲労か、ふるふると震える身体で子鹿の様にヒナが志乃に歩み寄り、その手にマイクを手渡した。
珍しくも、志乃の笑顔が固まって
「ばどん゙だっ゙ぢ…」
「え」
「あら、次は志乃ちゃん?」
「え゙」
このマイクをお前に預ける。赤髪(帽子)のヒナに夢を託された志乃に、周りでわちゃわちゃしていた皆が、一斉に注目した。
志乃はその視線に笑顔どころか全身を固まらせて、マイクを持ったまま石化する。
「け、けんく…」
「はい、リクエストはこっちね。一曲ごとに買い物一回」
「「「ひゅ〜」」」
「賢くん!?」
勝機。違う商機。この機をむざむざ逃す賢くんではない。
瞬く間にケーキが売れていく。も〜皆も好きねぇ。
鼻歌混じりに見事な手際でくじを作り出し、書かれた紙をまとめると、俺はその中から早速一枚取り出して
「……何だと………?」
石化した。
………『二人でデュエット』?
どういうことだ。思いがけず四代目と化しながら周りを見る。皆が皆、こっちを見てニヤニヤと何かを期待している。
志乃を見る。さっきまであんなにテンパっていたはずなのに、途端に獲物がかかったと言わんばかりにニコニコと。
「くすっ」
全身が総毛立つ。
まさか。
まさかっ。
「…は、はめられた……!?」
俺がどう動くかを読んだ上で、既に町民に手を回していたというのかっ。
どこからどこまでだよ。ハロウィンの仕返しか?志乃、恐ろしい子っ。
「お前ら、まさかグルか!?」
「さあ、どうだろう?」
「え゙?な゙に゙が?」
振り返れば繋がイケメンスマイルで笑っている。ヒナが何が何やらみたいな顔で首を傾げている。…こいつは本当に知らねぇな。
「賢くん」
「っ!?」
聞くもの全てを癒やしてくれる優しい声が響く。小さな壇上から、志乃が手を伸ばしていた。イルミネーションに負けないくらいの眩しい笑顔で。
「仕方ないよね。クリスマスだもんね?」
「………」
「優しい賢くんはー、私一人にだけやらせたりしないよねー?」
「…………で」
出来らぁ!!
皆のアイドルKenくんが壇上に上がれば、瞬く間に会場に熱が沸き起こる。
まあ、このKenくん様の手にかかればフロアなんててんあげのばいぶすがちぇけらっちょよ(?)。うぇーい(やけくそ)。
名誉審査委員長が厳しい目で見守る中、俺達は歌う。とりまクリスマスソングを手当たり次第。
途中からは、一人安全なところにいると思い込んでいる愚かなイケメンも無理矢理引っ張り込んで。もうね、その瞬間の黄色い声援といったら。
何でだろうね。俺の時は野太い声援が多かったんだけど。違うよね、志乃の方だよね。俺に熱いコールしてる訳ないよね。
「うおー!志乃ちゃーん!!かわいー!!」
「キャー星野くーん!!こっち向いてー!!」
「けんいちー!へただね」
「へたよ」
「へたなのよ」
「うっせぇぞチビ共ぉ!!」
しかし、どいつもこいつもはしゃいじゃってまあ。
毎度元気なことなれど、これがこの町の日常。
だから俺は生まれ育ったこの町が好きなのだ。
「「「メリークリスマース!!」」」
「ま゙ーず…」
その日、そこの洋菓子店は創業以来かつて無い好売り上げを叩き出したとか何とか。
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