温かな冬、来たりて。

俺は高校生(元)探偵(自称)・陽向賢一。


幼馴染で同級生(元)の月城志乃と遊園地に遊びに行く予定を立てていた俺は、怪しげな白い粉が外にたくさん積もっている現場を目撃した。


愛犬と喜び庭駆け回るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくる無数の気配に気づかなかった。

俺はそのガキンチョ共によってたかって雪玉をぶつけられ、目が覚めたら………






「『身体が縮み上がってしまっていた!!』」

「風邪だよ」


純然たる呆れ100%の冷たい視線に貫かれ、俺は無言で被っていた毛布を顔へと引き上げた。おかしいな。こんなにすっぽりと収まっているというのに、身体が寒くてたまらない。心も。


「朝からこたろうと外を走り回って。子供達に混ざって雪合戦。その後はかまくら作ってはしゃいでたんだっけ?」

「うっす」


枕元に近づいた志乃が、それまでの冷え切った顔をまるで聖母の様な慈愛に満ち溢れた笑顔へと変えて俺の頭を優しく、やさし〜く撫でる。


「けんいちくんはー、ことしでー、いくつになるのかな〜?」

「5ちゃい」

「5ちゃいか〜…ならしかたないのかな〜?」


仕方ないね。5ちゃいだもん。野原さんちのしんちゃんと同い年だもん。そんなんもうはしゃぐしかないじゃん。

尻は晒さずとも恥は晒す。それだけの凄絶な覚悟が私にはあります。それが高校生(元)探偵(自称)兼幼稚園児(精神年齢)・陽向賢一。バーロー辞めちまえ今すぐ。


「…こたろうは?」

「昨日と全く同じメンバーに連れられて遊んでるよ」

「馬鹿な……」


俺がこんなにも辛い思いをしているというのに、あの子は他所の子と仲良くよろしくしているというの?ひどい。私のことは遊びだったのね。よよよ。

そんなアホなことを考えている間にも喉や頭の痛みはじくじくと。


「何故だ…。かつて『風神の申し子』と呼ばれたこの俺が……」

「風神さん、認知してくれなかったんだね」


ネグレクトかよ。傷つくわぁ。やっぱ時代は雷神なんだね。風なんてもうあれじゃん。響きに攻撃力が足りないじゃん。ウインド。癒やし系じゃんどっちかって言うと。

それに比べて雷神。いかずち、サンダーだよ。もう四文字だけでイかしてるね。サンダークロススプリットアタックとかもう比類なきチート技じゃん。繰り出した瞬間勝ち確だと思う。


ダイアーさんに思いを馳せる俺の顔を、志乃が上から覗き込んでくる。風邪が感染るから放っといていいと言っているのに、彼女はこうしてそばにいる。

曰く、『君はそばにいてくれたから。』ということらしい。そこはもうちょっと融通効かせろ。


「…私、様子見がてらお買い物行ってくるけど、賢くん一人で大丈夫?」

「んな子供じゃないんだから…」

「5ちゃいなんでしょ?」

「おるすばんくらいひとりでできるもん」

「いいこだね〜」


撫でなくていいから、はよいけ。







夢を見た。


目の前であいつが泣いている。外で走り回る皆の輪に入れず、さりとて我儘を言うこともせず、じっと己の中に何もかもを溜め込んでいる。

おれは、きにかけるふりをしてそのわのなかからあいつをみつめるだけで。


無論、溜めたものはいつか爆発する日が来る。


あの時は……荒れたなぁ……。ヒナもビビり散らしてたもんな。


そんなあいつの手をとったのは、何歳の頃だっただろうか。…いや、考えたところで詮無きことか。あいつはここにいる。今を自分で掴み取った。詳しいことは聞いていないけれど、きっと血の滲む様な努力をしたのだろう。

画面の向こうで、ただでさえ白い顔が真っ白通り越して青かった時は肝が冷えたな。


…もしかして、あいつもそんな感じだったのかな。


…………。


……………。






「………、」

「起きた?」

「うぉぁ゙……!?」


目を開けたら、眼前に君の顔。眼前顔面近すぎワロタ。

いや笑えない。病人にそんな近づくなっつの。

身体を起こし、外を眺める。まだまだ明るい、でも昼はとうに過ぎた、といったところだろうか。

ぼーっと外を眺める俺の額を遠慮なく触る冷たい掌。


「顔色、良くなったね。熱も無い」

「…まあ、元々大したことも無かったからな」

「うん。良かった」


志乃は小さく頷くと、安心したように顔を綻ばせる。

それを見ると、俺も何だかんだ童心に帰りすぎたかな、なんて反省して。


「おかゆ作ったけど、食べれる?」

「食べる……」

「はーい」


慎ましやかなお盆に乗せたおかゆを甲斐甲斐しく差し出す志乃。

蓋を開ければ、シンプルに見えて具材たっぷりの手の込んだ見た目のみならず、何とも食欲をそそる香りが空きっ腹を存分に刺激してくれる。


差し出されたレンゲを手に、おかゆを一掬いして


「あ、賢くん」

「あっつぁっっっ!!」

「から気をつけてねって、言おうとしたんだけど…」


もっと早く言ってよぉ。







「はい見せて」

「んあ」

「あ〜。舌赤くなってるね。後で腫れちゃいそう」


言われるがままに舌を出す。それを顔を近づけた志乃がじっくりと観察しておられる。

……何か舌を他人に見せるって……何か…何かだよね。別に変な意味は無いけどさ。何かだよね。


「あ」


何か気まずくなった俺は、直ぐ様口を閉じる。

そのままもごもごと、適当に揉む。痛い。


「…口の中だし、こんなの舐めてたら治るだろ」

「そう?」

「そう」

「そっか」

「おう」


にこ。何故か楽しそうに志乃が笑って小首を傾げる。


「じゃあ、お口開けて」

「…ん?」


「べー」

「べー……?」


あまりに突飛なその言葉に、俺もついついまたまた言われるがままに素直にお口を開けてもう一度舌を出す…


と、


志乃が俺の頬を小さな両手で優しく挟み込む。


「は?」

「じっとしててね」


何のつもりかと。そう思う前に、ゆっくりと志乃の顔が近付いてきて、そして………




…………。




…………、……。




…………っ……………。






「治った?」

「口内どころか全身大火傷だわ!!!」


病人に何てことしてくれてんじゃい!!?風邪感染るって何度言ったら分かるのぉ!?そういうとこだよ!

俺の心の叫びなど聞こえる訳もなく、当たり前の様に自然にぺろりと濡れた口を拭うその笑みは、ぞっとするほどの妖艶さに満ち溢れており。

けれど俺の言葉を聞くやいなや、彼女はぽぽぽと赤くなった頬を乙女さながら手で押さえて


「え……、ぜ…全身………?…もう…賢くんのえっち……」

「俺が悪いの!?」

「……そういうのは、その、夜になったらね……?」

「誰もそんなこと言ってませんけどぉ!?」


俺は悪くねぇ!!これは親善大使だって許されるであろう正当な怒りですよ。

言っとくが、お前がしたこと乙女とは正反対だからな!!詳細な説明は省くけど!


「ああ…でかい声出したら、頭痛が……」

「あらら」


あららちゃうわお前のせいや。頭に響く不快な声。いや、俺の声だから美声。

ゆっくりと寝転んで、頭を落ち着かせる。…おかゆは後で食べよう。今は何と言うかもう、食欲とかそういう気分じゃない。

布団に戻ります。ここにいると、馬鹿な発言にムラムラさせられる。


そんな俺に、志乃は優しく布団をかけ直す。己の所業など既に記憶にございませんと言わんばかりにしれっとした笑顔で。


「…いいんですかぁ。5歳児にあんなことして」

「賢くんだったら2歳でも70歳でも愛せるよ」

「重くね?」

「重くない。大じょーぶ。最近おねショタ?にも理解出てきたから」

「誰の影響!?」


どこのどいつだ。志乃にそんなもん見せたのはぁ!! 

この子は穢れを知らぬピュアな子で………は無いな。穢しちゃった。何をとは言わんけど。


「私が風邪ひいたら、賢くん看病してくれる?」

「そりゃ、まぁな」

「ふふ」


今までは志乃のお母さんが甲斐甲斐しく世話していたけれど、ここには俺達しかいない。なら必然的にその役目は俺というわけだ。無論、その頃だってお見舞いの類は数え切れない程してきたけれど。


「ちゃんとレシピ書いておいてくれよ」

「うんうん、大丈夫。5歳だって作れるよー」

「もうええて」


料理の下手くそな俺を、教官はいつも見捨てずに指導してくれている。いい加減、初歩的な料理の一つも出来るようになりたいものだけども、一向に。

ぶすくれた俺を見てさらに笑みを深めた志乃は、姿勢を低くして俺の顔をまた覗き込む。


「ふふ。添い寝、する?」


……。


「…それは、また今度な」

「あまえんぼ」

「うっせ」

「ひどーい」


微塵も傷ついていなさそうな声にそっぽを向けて、ゆっくりと目を閉じる。

意識が夢へと誘われるまで、その優しい感触がいつまでも頭を撫でていた。






そして後日、当然志乃は風邪をひいた訳だが。

何故かとても嬉しそうに、そして何とも楽しそうに、毎分てんやわんやするへっぽこ介護士に甲斐甲斐しく看病されるのだった。

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