第3話 幼馴染とゾンビ

ある日、幼馴染に聞いたことがある。


「なあ、志乃。お前って何が怖いの?」

「カッコいい賢くんが怖いよ」

「どういうこと」







幼馴染の月城志乃はホラーが苦手である。


本人の自己申告なので、間違いなく苦手である。


「志乃。映画を観よう」

「うん。いいよ」


なのでホラー映画を観ることにする。俺がかざしたパッケージを見た彼女が嬉しそうに首を縦にふる。


「(くっくっくっ………)」


愚かなり。志乃よ。パッケージに描かれたコテコテの恋愛描写にしっかり油断してくれたな。

そう、実はこれただの偽装であり中身はバリバリのホラー映画である。

あのいつもニコニコした幼馴染の笑顔が恐怖に歪む瞬間。俺はそれが見たくてこんな無駄に手の込んだ事をしたのだ。……我ながら歪んでいる。


「えへへ、賢くんからこんなの誘ってくれるなんて嬉しいなぁ」


頬をほんのり赤らめて、嬉しそうにウキウキと志乃が隣に座る。心なしかいつもより距離も近い。


「…………」


チクリと心が傷んだが、黙ってディスクを機器に挿入する。


舞台の紹介だろうか。画面に様々な風景が映し出されていく。


花咲き乱れる緑豊かな心洗われる森林。


恋人達が追いかけっこしそうな青く透き通る海に白い砂浜。


沈む夕焼けが鮮やかな小さな丘。




そんなものは一切無い。


「ん?」


パッケージに載っていた覚えの無い、濃い顔の俳優がゆっくりと重々しい雰囲気で登場する。

ここでニコニコとしていた志乃さんの表情がピクリと反応した。


『はぁ〜〜っはぁ〜〜っ……』


暗い部屋を懐中電灯でゆっくりと丁寧に照らす濃い俳優。極限の緊張状態だろうか。流れる汗も微かに荒い息遣いも迫真ものである。


「んー………」


暗い部屋の画面をじっくりと丁寧に眺める志乃さん。ちょっとイラっとしたのだろうか。首をクイッとかすかに傾げる仕草は迫真ものである。


ばぁあんっ!!!


『っ!?うっうわ!ああああああぁ!?』


画面いっぱいにグロテスクなゾンビの顔が映し出され、次の瞬間顎が外れるのではないかと言うくらい、口を大きく開けて絶叫する濃い優。素晴らしく迫真の演技である。


「ふぅうー……」


顎どころか口も殆ど開かずに重たい溜息を吐き出す志乃さん。これは……怖がっているのか?この人みたいに分かりやすくリアクションしてくれないものか。


「賢くん」

「……おう」


「そういうとこだよ」


何が?


すっごくがっかりした表情を隠そうともしない志乃。色々と引っかかるが取り敢えずは


「ふふふ、どうだ志乃。怖かろう」

「………うん、怖いね」


「もっといや〜んって叫んでもいいんだぞ」

「近所迷惑だから」

「うっす」


ど正論。くっ、またもや失敗したのか。

上手くいかない自分に辟易していると、志乃が俺に身体を寄せてきた。


「……何だよ」

「怖いんだからしょうがないよね」

「…………」


「恋愛映画だと思ったらホラーだったなんて。あーあ騙されちゃった。怖いなぁ」


ぎゅっ。


志乃の手が俺の腰に回され、勘違いでなければ彼女の細い癖に大きい柔らかい感触がむにむにと腰の辺りに押し付けられて。


「……………」

「賢くん?」

「気にするな。心を無にしてるだけだ」

「映画みようよ」


御尤も。


それなりの山場に差し掛かった映画では、主人公たる濃い優とヒロインの幼馴染が化け物に囲まれた中で毅然と見つめ合っている。


そして。


「………ぉ…………」


濃厚なキス。えっ、今?と言わんばかりの。

周り囲まれてますよ。皆待ってますよ。無視してキス。濃厚なキッス。


「わ、激しい」


さっきよりテンション上がってる志乃さん。食い入るように見つめている。うわ、もうディープじゃーん。


二人が離れると、二人を繋げていた糸も静かに途切れて落ちる。主人公は何も言わず、ヒロインを守るべく戦場へと足を踏みだす。

その後ろで、ゆっくりと閉ざされる扉の中でヒロインは静かに涙を流すのだった。さらば濃い優。






「面白、…怖かったね」

「中々な」


ホラーの割に中々どうして。話自体はよく出来ていた。キスシーンはまあ濃かったけどそうなる過程もしっかりと描かれていたし。


偽装ディスクを抜き取りパッケージに戻す。

…続編とかあるかな。


「ね、賢くん」

「ん?」


俺がサイトを探していると、後ろから首に手を回して幼馴染がのしかかってくる。ふわりと、彼女のシャンプーのいい匂いが鼻をくすぐる。


「あむ」

「っ」


かぷり。突然首筋に柔らかい感触。ゾワゾワとした寒気が首から全身へと広がって思わず身体を震わせる。


「私がゾンビになったらどうする?」

「………」


「私を、殺してくれる?」

「…………」


さっきの映画のシーンを思い出す。あの時、主人公はヒロインを守るべく一人立ち向かう道を選んだ。生き残る可能性など零に等しくても、少しでも彼女の未来を繋ぐ道を、希望を選んだのだ。


きっと、俺も。


だけど、俺は。


「…いや、あり得ないな」

「ふーん、そうなんだ」


「志乃がゾンビになるってことは俺が死んだってことだからなぁ」


「……………」


一瞬ピクっとした志乃の身体がそのまま動かなくなる。


次の瞬間、勢いよく俺の首に回された腕に力が込められ、志乃の身体が押し付けられる。


そう、まるでゾンビが掴みかかるように。


「志乃?」

「………………」


「……し」

「今、すっごくゾクッてした」

「は?」


「もー賢くんったら賢くんったらもー」


スリスリと。俺の背中に頭を擦り付ける志乃。一体何が彼女の恐怖心を刺激したのかさっぱり分からない。

ハテナマークを頭に浮かべる俺にお構いなく、志乃は柔らかい感触を俺に押し付け続ける。


「やっぱりカッコいい賢くんは怖いなぁ」

「失礼な。俺はいつもカッコいいだろ」

「うん。そうだね」

「テキトー……」

「適当だよ」


俺の前に戻ってきた志乃は今度は俺の膝に頭を乗せてくる。

下から見上げる幼馴染の柔らかな笑顔に、今は何故か不思議とどぎまぎする。


「次はちゃんと恋愛映画観ようね」

「……考えとく」

「イジワルしちゃやだよ」

「…………」


「また噛み付いちゃうからね?」


赤い顔で頬を膨らませる志乃の、いつもの笑顔とは違う、近しい人だけに見せる顔に。……それも悪くないかな、なんて思ったことは絶対に口にしない様にしよう。

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