第2話 幼馴染と尾行と
「授業終わったな!よし総護!遊びに行くか!」
「悪い。ちょっと用事があるんだ」
「…そうか」
「よし!帰りにゲーセンでも寄るか!」
「悪いな、今日も……」
「…………そうか」
「…なぁ、今日は…」
「以下略」
「……………………」
「怪しい」
「そうかなぁ」
3連続で我が友、穂村に遊びのお誘いを断られたある夜のこと。
俺、陽向賢一は人のベッドの上で存分に寛ぐ幼馴染の月城志乃を前に疑念を募らせていた。
「用事が有るなら仕方ないんじゃないかなぁ」
「用事の種類による」
「うん?」
「俺の誘いを連続で断っているんだぞ。友達の、俺の、誘いを、しかも明日もだぞ!」
「今日の賢くんは中々自己肯定感高いね」
「俺と遊ぶ事以上に大切な事なんてあるのかよっ!!」
「世の中は君が思うより広いよ」
机を叩き慟哭する俺を笑顔でさらなる絶望の淵へと遠慮無く叩き落とす幼馴染。しかし、その時だった。その暗闇の果てで俺は一つの啓示を得たのだ。
「……女か……?」
「え」
そう、最早それしか考えられない。
「そうか、女か…!友情よりも愛を取ったと、そういうことかっ……!!」
「今日の賢くんは中々歪んでるね」
己の中に暗い炎がメラメラと湧き上がるのを感じた。
変わり果てた友人の姿と、それを止められなかった己の不甲斐なさへの怒りの炎だ。
まるで力を凝縮させるように拳を握りしめる。いつになく想いの籠もった拳は俺の怒りを現すようにプルプルと震えている。この怒りをもって俺は友の過ちを正さなければならない。
「許さん…許さんぞっ被告人H!」
「変にプライバシー守るね」
「そう!イマこそ断罪ノ刻来たれリ!!」
「じゃあ、確かめてみよっか」
「へ」
何てことの無いように放たれたその言葉に、思わず握りしめた拳を解く。
ニコリ。いつもの笑顔でこちらを見守る幼馴染の姿はまるでこちらを浄化してしまいそうに眩しく光り輝いている。
「明日、駅前に集合しよう。あ、バレたら大変だね。…そうだなぁ、じゃあうんとオシャレしてきてね」
「え」
「被告人H君、明日駅に行くみたいだからそこから尾けてみよう」
「…何でわかるの…?」
「何でだろうね?」
掲げていた携帯を何度か振りポケットにしまい込むと、幼馴染は部屋の外へと歩を進める。その背中はいつになく浮足立っている様に見えて、思わず俺は首を傾げる。
「何だ、もう帰るのか」
「うん。明日の準備しなきゃ」
「別に大した事じゃ…」
「賢くん」
「ん?」
「そういうとこだよ」
パタン。静かに扉が閉まる。まるで幼子をあやすかの様に置いていかれたその言葉を、この時の俺はさして気にも留めていなかった。
■
「…いたぞ」
「いたね」
そして次の日、俺は幼馴染と仲良くショッピングモールの中で絶賛不審者を演じていた。
俺達の視線の向こう、向かいの店では我が友と見知らぬ長い黒髪の女の子が仲良く家具を二人で見て回っている。
「……やはり女だったか…!裏切り者め………!!」
「賢くん動かないで。目立っちゃうよ」
「あ、スマン」
断罪のため動こうとした俺に、商品のコートを合わせていた幼馴染が強く止める。
「うーん…いつも黒ばかりだから、偶には明るい色もいいかな…」
「志乃」
「もう、動かないでってば」
「あ、はい」
左右に持ったコートを見比べる幼馴染を改めて見つめてみる。男の俺からしてみれば上手い言葉など思い浮かばないがいつになく女の子しているその服装はふわふわでもこもこで、………つまり女の子している。
そんな普段見ない幼馴染を見ていると何か胸の奥がドキドキと騒がしくなるような気がするが、そりゃあ、普段見ないんだからそうだよな。普段見ないんだから。
「……………」
「賢くん?」
黙ってしまった俺を不審に思ったのか、俺を下から見つめる幼馴染。……ん、髪もいつもよりつやつやしてないか?いつもの様に撫でても大丈夫だろうか。
「…いや、何でもないぞ」
「?変な賢くん」
その時、向こうで二人が店の外へと出てきた事に気づいて俺は慌ててその後を追いかけるべく動こうと
「あ、待って。すみません。これ買います」
「…………………………」
動こうと…
「はい賢くん。こっち持ってね」
「…………………………」
動こうと……
「はい、行っていいよ」
「っうおおおお!!」
もう見失ったわあぁぁ!!!
■
「あ、いた」
「っ!?」
幼馴染がそう言ったのは、散々探し回って疲れてフードコートで飯を食っていた時だった。身体が弱い志乃を休ませるためにとった行動が仇となった。
「ちょっ…今はヤバい…」
こんな開けた場所では隠れる所なんて無いではないか。慌ててフードを被る。フードコートだけに。何でもないです。少し怪しいが致し方ない。
「賢くん、あーん」
「はぁ?」
そんな怪しい俺の眼前に差し出されるポテト。実に楽しそうにそんな目立つ真似をしてくれる幼馴染を思わずジロリと睨みつける。
「あーん」
「あのな志乃、今はそんな場合じゃ…」
「カップルってね、皆意外と見ようとしないんだよ。あーん」
「そ、そうなのか!?」
流石は我が幼馴染。彼女の知恵はいつも頼りになる。
その言葉を疑うこと無く、俺は差し出されたポテトに勢いよく齧り付く。
志乃の言う通りだ。周りはこちらなんて目もくれな
『ねぇ見て見てママー、あの人達らぶらぶー』
『しっ!見ちゃいけません!』
『パパとママと同じだねっ』
『ぬかしおる』
「……志乃」
「気のせい気のせい。はい、あーん」
その時だった。丁度俺達の横をさっきの女の子が横切っていったのだ。俺はフードの裾を掴み、慌てて下を向く。そのまま不審に思うこと無く彼女は過ぎ去っていった。
気づかれなかったことにほっと息をつくも、幼馴染を見てふと気づく。……こいつ変装してなくね?
「そもそも、あの子賢くんの事知らないんじゃない?」
「ですよね…」
今更当たり前の事を指摘され、自分は何をやっているのかと深く溜息をつく。
そのまま俺はフードを取った。
「……あれ?お前、何してんの?」
■
「これより、学級裁判を開廷します」
「待ってくれ」
翌週、俺は教室の隅で晒し上げられていた。周りにいるのは男子のみ。女子は遠巻きに正座する俺を見てヒソヒソと何やら話している。
「被告人Hよ」
「…………」
感情を失くした無機質な声が頭上から響く。声色だけで分かるその冷徹さに思わず冷たい汗が頬をつたる。
俺が断罪しようとした被告人Hは俺だった?
何を言っているのか分からないが頭がどうにかなりそうだった。
しかしそんな俺の混乱など気にかけてくれる裁判官などではない。
「被告は我がクラスのマドンナ月城さんと休日イチャイチャデートを楽しんでたという証言があるが、間違いは無いか」
「間違いだらけだ!」
そんな事している訳がないだろう!俺はただ友の道を正すための過酷な試練に臨んでいただけだというのに、一体誰がその様な事を言い出したのか。
「はい、被告は月城さんに嬉しそうにあーんしてもらってましたぁ」
「…っ、総護っ!貴様ぁっ……」
意外でも何でもなく、犯人は直ぐに判明した。傍聴席(すぐ隣)で発言したそいつは正座する俺を嘲笑うかのようにニヤニヤとした顔を隠そうともしない。
だがいつまでそのニヤケ面を維持していられるかな。ジョーカーは我が手に有り。俺を囲む執行者に向けて真実を告げるため、俺は腹に力を入れた。
「皆聞いてくれ!そいつだってその日綺麗な女の子とイチャイチャデートしていたんだぞっ!自分は無関係のように装っているそいつこそが真の邪悪なんだ!!」
「従妹なんだけど」
空気が凍った。
周りの俺を見る視線も寒くなった。
「……………い、従妹なら付き合えるし、ていうか?俺が志乃とイチャイチャする訳がないだろう。あいつはそんなんじゃない、し……?」
「お前そういうとこだぞ」
「賢くんそういうとこだよ」
いつの間にか傍に幼馴染が立っている。いつも通りの笑顔のままにその場にしゃがみ込んで頬杖をつくと、楽しそうに俺の頬を突き始める。俺達を見る男共の視線が恐い。
「し、志乃!お前も言ってやってくれっ!あれはデートでも何でもないんだって!!そもそもお前が」
「デート楽しかったね」
「志乃ぉっ!?」
「今度は君からあーん、してもらいたいな?」
ぐりぐりと志乃の細い指が俺の頬に押し付けられると同時に周りの殺意が跳ね上がった。多分俺は今日死ぬのだろう。そんな確信があった。
「被告人Hは?」
「「「死刑」」」
「あ、あ…、うわああああっ!!」
両脇を屈強な運動部員に掴まれ、哀れ囚われの宇宙人のように連行される情けない俺。その姿すら、我が幼馴染は実に楽しそうに手を振り送り出すのだった。
「……………」
「あれ、葵ちゃん。お兄ちゃんに会いに来たの?」
「……………」
「ううん。こないだはデートのお邪魔する様な真似してゴメンね。私も緊張してたんだ」
「……………」
「え?自分達はデートじゃないって?……でも葵ちゃん凄く嬉しそうだったよね?私には分かるよ」
「……………」
「お姉さんだからね。いつか想いを伝えられたらいいね。私も頑張るよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます