幼馴染が強か

ゆー

二人の日常

第1話 幼馴染が強か

俺、陽向賢一の幼馴染の月城志乃は生まれつき身体が弱かった。

昔から、激しい運動は出来ず、体育もいつも見学して。


俺には彼女の気持ちなんて分からないから、傍にいることくらいしか出来ないけれど。それでも彼女は笑っていた。


けれど。


けれど、無垢な子供というのは時に残酷なもので。

何も知らない周囲に心無い事を言われ続けた事で、いつしか彼女の笑顔は曇っていった。


俺はそんな事にも気づかずにヘラヘラと能天気な様子を彼女の横で晒していて。


『ねぇ、けんくん』

『んー?』


『…どうして、わたしはみんなとちがうのかなぁ』


抱えた膝に頭を埋めて。その言葉に込められた遣る瀬無さに気づくには、余りに俺は子供すぎて。


『?わかんない』

『…だよね』


『でもさ』

『え』






『ちがくても、おなじでも、ぼくはしののそばにいるよ』






男として、一度口にしたことには責任をとれ。有難き父の教えである。


有限実行、と云わんばかりに俺はそれからも彼女の傍にいた。

周りが色々と囃し立ててくることもあったけれど、何よりも俺がそうしたいと思ったから。

…果たして、あの頃の俺がどこまで自分の言ったことを理解していたのかどうか定かでないけれど。


そんな俺達も今では高校生。相変わらず身体は弱いけれど、いつだって志乃は日々を笑って過ごしている。

…惜しむらくは、その笑顔が彼女の処世術によっていつしか貼り付けられてしまったものにすり変わってしまったことか。


彼女の本当の笑顔を見られるのは彼女と親しい人間だけ。その点に関しては俺は密かに優越感を持ってはいる。


けれど、いつまで俺が傍にいられるかは分からない。高校を卒業すれば彼女もきっと俺の元を去って行くのだろう。大人になるとはそういうことだ。


だからせめて、いつか彼女が本当に笑える大切な人ができるまで支えようと、そう誓ったのだ。







「賢くん、私好きな人ができたんだ」

「ほう……!」


ニコニコ。ふわりと柔らかく束ねた黒髪を首元で前に垂らし、トレードマークのショールを羽織りながら今日も笑顔を浮かべている我が幼馴染の口から発せられた言葉を聞いて、ついにきたかと、そう思った。


「因みに俺が聞いてもいいことなのか?」

「勿論。賢くんだから言っているんだよ」

「なるほど…」


つまり、俺に力を貸せと、そう言いたいんだろう。そうだ。俺はこの時のために彼女を支えていたのだろう。


「あのね「いや!言わなくても分かる…!」うん?」


恋する乙女のように指を組み替えながら頬を赤らめる志乃を手で制し、俺は頭を抱えた。


考えろ。最近、彼女は誰と一緒に過ごしていた?そんなあちらこちらに交友関係を広げているわけではない。恐らくは同じクラスの中にいると考えていいだろう。…いや、一目惚れ、という線もあるのか?佐々木…畑中…穂村………そういやあいつ最近従妹ができたとかやけに嬉しそうに話してたっけ。くそ!うらやまけしからん!


「賢くん」

「…そうか、繋のやつか!」

「もしもーし」


「確かにあいつは顔だけはいいからな……」

「んー」


我が自慢の悪友、星野繋。サラサラの茶髪に女受けするルックス。成る程、あいつなら志乃が惚れても不思議ではない。あいつごときに志乃をやるのは気に入らんが、彼女のためだ。涙を飲んで応援してやろうではないか。


「よし任せておけ志乃!俺が万事整えてやるからな!!」


…さあ、巣立ちの時だ。親指を力強く立ててサムズアップ。

志乃は頭を若干傾けながら、ニコニコと暖かそうに微笑んでいる。


「私賢くんのそういうところ好きだよ」


照れるぜ。







「よし、繋。行くぞ」

「うん?いいけど…あれ?」


午前の授業を終えた昼飯時。いつもの様に悪友の繋に声をかけ食堂に向かおうとする途中、俺は左に90度曲がる。繋が不思議そうに足を止めた。


「志乃。飯を食おう」


友達と話す志乃の机へ向かい、そのまま彼女を昼食に誘う。

ざわっ。周囲が物珍しそうにこちらに振り向いた。志乃も目を丸くして俺の顔を見つめている。


「わ。学校で賢くんから誘ってくれるの初めてだね」

「………え…そう、だっけ?」


そうだったか?…思えば、いつも彼女から誘ってもらっていた気がする。

嬉しそうに顔を綻ばせる彼女の顔に反省の意を込めて頭を掻く。志乃と話していたクラスメイトがニヤニヤとこちらを見つめている。


いや別にそういうのじゃないし。それに今回は─


「安心しておけ志乃!」

「え?」


「ちゃんと繋の奴も誘っておいたからな!」

「うん。ありがとう」


後ろで待ちぼうけをくらっていた繋に合図をし、3人並んで仲良く食堂に向かう。


緊張しているのか、二人の間に会話は無かった。







「よし、座れ繋」

「…月城さん、僕は何をさせられるのかな…?」

「ふふ、何だろうね」


肩を掴んで無理やり繋を座らせる。困ったように笑いながら志乃も繋の向かいの席に座る。俺は志乃の隣に。


どこかぎこちない雰囲気が両者の間に漂う。

この雰囲気が続く中では、食事も碌に喉を通らないだろう。

…成る程、余りに突発的すぎて、志乃の方にも覚悟ができていないという感じか。


だがここは、俺も心を鬼にしなければいけないのだろう。


「あ、あ〜〜〜っ、急に、腹がっ……!?」


全身に力を込めて、脂汗を無理やりかかせながら腹を押さえると、俺は席を立ち上がる。


「賢くん?」

「っすまん志乃…!朝食が当たったのか、急に腹が…!悪いけど繋と二人っきりで……」

「…?朝食作ったの私だけど、大丈夫?」

「…………」


浮きかけた腰が止まる。そういえばそうだった。今日は母公認の仲である志乃が朝から家に来ていたのだ。しくじった。…ゴリ押すか。


「……志乃。俺は猛烈に腹が痛い。だから繋と…」

「駄目だよ」

「え」


変な姿勢で固まる俺の腕を志乃が掴んだ。その細腕からは想像出来ない力が…いや。力強っ。

そのまま耳元に顔を近づけると、俺に囁やきかけてくる。耳にかかる吐息が妙にくすぐったい。


「星野君と二人っきりじゃ私、緊張して何も話せないよ。だから賢くんも一緒じゃないと私、困るな?」

「…志乃、だが、俺は」

「漏らそう?」

「漏らそう!?」


ニコニコ笑顔で何とんでもないこと言ってんだこいつ!俺に社会的に死ねと言うのかっ!!


「漏らしても私は賢くんの傍にいるよ」

「そこは離れてほしいかなぁ…!」


「くっふふ…」


妙な声が聞こえたと思えば、気づくと繋が口を押さえて笑いを堪えている。志乃と顔を見合わせる。相手が繋とはいえ流石に気恥ずかしかったので、静かに身体を離す。志乃の方はあまり離れてくれなかったけれど。


「二人は相変わらず仲が良いね」

「うん。ありがとう」

「違うだろう…」


素直に肯定してどうするというのか。そこはそんな事無いよって言っておかないと誤解されてしまうだろう。

腕は掴まれたまま。逃がすつもりはないらしい。溜息を一つつくと、諦めて席に戻り食事を再開する。


食事を口に運びながら、ちらりと二人を流し見る。先程のアホなやり取りで一気に和らいだ空気。そのおかげか今は二人も普通に会話ができている。


「──そう。その時賢一がさ……」

「──ふふ。そうなんだ。それを言うなら賢くんはね…」


ただ、会話の九割が俺のことだというのはいかがなものだろうか。和やかな雰囲気の中、人の黒歴史で盛り上がるというエグい真似をしてくれている二人。もっとこう、お互いのこととか話さないの?


「「賢くん(賢一)はどう思う?」」

「知らねえよ!」


逐一、俺に感想を求めようとするな!


歓談は続く。いつしか、頬杖を付きながら二人の事を眺めていた俺の耳に馴染みのある鐘の音が聞こえてくる。


いつの間にか随分時間が経ってしまっていたのか。次の授業は普通に教室。戻るにはいい頃合いだろう。志乃の肩を叩くと向かいのスペースを軽く指す。


「…志乃。戻る前に先にトイレに行くから」

「漏らさないの?」

「漏らさねえよ!」


お前は俺をお漏らしキャラにしてどうしたいんだ!


繋も俺達を見て面白おかしく笑っている。今なら俺がいなくても大丈夫だろう。

そう思って、呑気に小さく手を振る二人を横目にトイレへ歩を進める。


…さて、これからどんな手を使って二人の仲を縮めるか。

俺は個室で必死に頭を絞った。


授業は遅刻した。











「…………」

「…………」


「…あのさ」

「うん」


「一度試しにストレートに言ってみたら?って、僕が軽い気持ちで提案したことではあるけどさ」

「うん」


「逆効果だったかなって」

「うん」


「………もしかして怒ってる?」

「うん」

「(笑顔の圧がっ………!)」







──それから。




「デートって言ったら遊園地だよな!」

「私が乗れそうなものを調べたいから下調べも兼ねて賢くん一緒に行こっか」






「映画館もいいよな!」

「そういえば私、個人的にみたいものがあったなぁ。星野君連れて行くのは恥ずかしいし、賢くん一緒に行こっか」






「動物園の割引チケット当たったぞ!」

「その日は星野君予定があるんだってさ。チケット勿体無いし、賢くん一緒に行こっか」






「お祭りとか」

「おばさんに浴衣貰ったんだ。お披露目したいし、賢くん一緒に行こっか」






「水族館…」

「なまこ見たいなぁ。取り敢えず賢くん一緒に行こっか」






「…ラブホ?」

「行こっか」











「やる気あんのかっ!!!」

「わ」


あれから暫しの時が流れ、ついに俺は溜まりに溜まった何かを吐き出すように自室の机を強く叩いた。

後ろのベッドで呑気に寝そべって本を読んでいた志乃が何事かと顔を上げる。


「びっくりした」

「そんな悠長にしてどうするっ!遊園地も!映画もっ!動物園も水族館も!何で俺とコンプリートしてんだよ!?」


「楽しかったね」

「楽しかったけどさぁっ!!」


けどさぁなのよ。嬉しそうに笑ってるけど、本当にこいつは繋が好きなのか。………あれ、志乃の口から繋が好きって聞いたんだっけ…?


思わず腕を組み考え込む。そんな俺の肩に手を置くと志乃が後ろから耳元に顔を寄せてくる。


「賢くん。次は何処行こうか?」

「…行かない」

「…ぇ…」


床に置いてある箱からコントローラーを取り出して、ゲームの電源を入れる。ふて寝ならぬふてゲーム。


「何するの?」

「志乃の苦手なホラーゲーム」


「私がいるのに」

「そう。チビる前に帰るんだな」

「ふーん」


静かに志乃の温もりが離れていく。微かに寂しさを感じたけれど表には決して出さない。

志乃が部屋を出ていく……ことはなく、そのまま俺のベッドに潜り込む。


「じゃあ、漏らした時に備えてここにいるね」

「俺に罪を擦り付けようとするな!!」


その頑ななお漏らし推しは何なんだっ!


拗ねたように唇を尖らすと、志乃は毛布に包まったままチェアに座る俺の横にしなだれかかり、肩に頭を乗せてくる。


「おい」

「こわーい。だから、ね?」


画面に見るも恐ろしい化け物が映し出され、主人公に襲いかかる。ランダム性の強いゲームは慣れた俺でも偶に驚く事がある。


「うぉ」

「………」


思わず肩を震わせる俺。けれど志乃に震えは一切無い。それどころかいつもの笑顔を薄っすら浮かべたままだ。…おかしい。怖いのは苦手だと以前こいつ自身が言っていた筈なのに。


「…お前、怖いんだよな?」

「どうかな」

「は?」


間抜けな声が口から漏れる。そっと俺の腕に手を添えると志乃が俺の顔を覗き込んでくる。ニコニコ。その笑顔には微かな悪戯心が覗いている気がして。


「…こうしたら賢くんが守ってくれるでしょう?」

「んん?」

「きゃーこわいこわい」


小さく何かを言われた気がするが、それと同時に画面から叫び声が重なってしまったせいで聞き逃してしまった。志乃も言い直すつもりはないらしい。大人しく画面に視線を戻す。


「ね」

「ん」


「私に好きな人がいるって聞いてどう思った?」


お互い画面から目を離さないままに、志乃がポツリとそんな事を言った。


「…別に…」

「………そっか」


多分、いつかは来ることなのだと思っていた。俺にとって志乃は守るべき存在で、大切な家族で。


「………」


本当にそれだけだろうか。


もっと、根本的に。あの時、俺はどう思った?そう、あの時。


「ちょっと」

「ん?」


「ちょっとだけ、寂しかった、かな」

「ちょっと、だけ?」


「ちょっと、……少し……大分、……かなり……」

「そっか」


繋との仲を取り持つと決めた時、胸の中には確かなモヤモヤがあった。

思えば、ここまで性急に事を進めようとしたのも、それから目を逸らすためだったのかもしれない。


「…あながち、的外れでもなかったのかな」

「何か言ったか」

「んーん」


ニコニコ。彼女の笑顔はいつも変わらない。いつだって嬉しそうで。名字は月だけど、俺にとってはまさに太陽の様な。


「私、頑張るね」

「……おう、頑張れ」


「じゃ、次は何処行こっか?」


彼女が携帯を取り出すと楽しそうに弄りだした。今にも鼻歌を歌いだしそうな勢いだ。…あれ?


「何が?」

「ん?私、緊張しちゃうから。賢くんと色々回って慣らさないとね。体も。心も」


「…それ、俺とやる意味あるか?」

「あるある」


他人には見せない、志乃の本当の笑顔。…もう少し、俺が独占していてもいいかもしれない。繋だろうが、誰だろうが、この顔が他の人に向けられるのはちょっと……いや、かなり惜しいから。


「賢くん。こことかどうかな」


何も知らず、無邪気に彼女が携帯を差し出してくる。

他の奴らは知らないだろう。普段の美しいあの笑顔は彼女の強かさの上に作られたものだということを。


「任せるよ」

「…それじゃ意味無いんだけどな」


困ったように眉をハの字にして笑う志乃。その笑顔一つとったって、俺にしか向けられない唯一のもの。彼女の本心。




…もう少し、もう少しだけ、振り回されるのは俺だけがいい。

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