私にだってそういうとこはある

「君可愛いね?一人?」

「良ければ俺達と遊ばない?」

「貴方は神を信じますか?」

「(………困ったなぁ……)」


とあるアミューズメント施設の中、私はかれこれ5分程途方に暮れていた。


少しお花を摘みに行っただけでこんな妙なことになるだなんて。

今の時代、まだ絶滅していなかったのかと驚愕してしまう程に典型的なチャラチャラした男性二人に囲まれて、私は表面上に笑顔を貼り付けながら心の中で溜息をつかずにいられなかった。後もう一人の人は何なんだろう。


「静かなところもきゃわいいね」

「良ければミー達とぱーりない?」

「主はいつでも貴方を見ています」

「…………」


ここで私が突然血を吐いて倒れたりしたらこの人達どういうリアクションするんだろうか。救急車呼んでくれたらもしかしたらいい人かもって思わなくもないけれど。ああでも今倒れたらこの場で降臨の儀式とか始まっちゃいそうで怖いや。


「(うーん)」


さりさりとてとて、これ以上時間を取られるのも大変大いに面倒くさい。よく誤解されがちだけど私はそう気の長い人間ではないのだから。後、私は願いは己の手で掴み取る派なので神様あんまり信じてないですごめんなさい。


視線だけを動かして周囲を観察する。明らかに様子がおかしいと感じている人もちらほら出てきているようだった。これは好都合。

頭の中が急速に冷えていくのを感じながら、今とれる最善の手段を考えていたその時――




「連れに何かご用でしょうか」




よく聞き覚えのある声が、男性達の後ろから響いてきた。


「けん……」


男性達が鬱陶し気に振り向き、そして一拍置いて停止する。 


「やあ、待たせてごめんね」


後光が射すかの様なキラキラスマイルを見せる美男子に、一斉にたじろぐチャラチャラメンズ。そんな彼は、その称号に見合わぬエンジェルスマイルで周囲を魅了しながら私を庇う様に回り込むと、振り向き優しく微笑みかける。


「…あ?何だよおま……い、イケメン……!」

「な、何てイケてるメンズ……!!」

「大天使ミカエル……!!!」

「…随分愉快な人達だね」

「だね」


もしかした〜ら良い人かもね。いや、良い人はしつこくナンパしないか。


何て思っていたのも束の間。


「「「し、失礼しましたー…」」」

「(なんで?)」


基準はさっぱり分からないけれど、彼らの中には彼らなりのルールがあったらしいです。謎の負けを認めてすごすご引き下がる軟派な人達の背中を唖然と見送る私とは対象的に、手慣れた様子でその背に笑顔で手を振る彼の名は、星野繋くん改めミカエルくん。


「ごめんね。"ん"じゃなくて"い"の方で」

「もう。そんなこと思ってないってば。ありがとう、ミカエルくん」

「それも思わないでくれると嬉しいな」


困った様なその苦笑すら女性を魅了してやまない。果たして一体何人がこのスマイルに犠牲になったことでしょう。


「お礼に今日は繋くんってお呼びしましょうか?」

「お。魅力的。だけど後で賢一が怖いなぁ」

「星野くんは相変わらず賢くんが大好きだね」

「…何か誤解されてる?」


賢くんと星野くん。心を許した友人に対して特段呼び方にこだわりのある私ではないけれど、彼に関してはどうしても線引をせざるを得なかった。というより、彼が強く望んだ。

当人同士の間に何もなかろうが異性、無駄に勘ぐる人間というのはいるものだから。それが当然の様に寂しそうな笑顔を見せないでほしいものだけど。


「ところで“ん“の方はどうしたの?」

「テンション上がりすぎて抑えきれなくなった朝比奈さんを止めるべく先に行っちゃった」

「…もう。あの子ったら…」

「なので、姫を迎えに行く光栄な役目を恐れ多くもこの私が仰せつかった訳です」


そう言って優雅に一礼する星野くん。全くキザにも程がある台詞と動きなのに、それが見事に様になるのだから最早嫌味にもならない。

これを賢くんがやったらどうなることやら。………テンション上がってきました。なんて。


「ふふ。じゃあ可哀想な騎士さんにエスコートしてもらおうかな?」

「お任せくださいお姫様。お手は?」

「NO拝借」

「ですよね」






「第ぅぁん十いぉん回!ヒナ組チキチキボウリング大会ー」

「「わー」」

「覚えてないなら諦めろよ」

「はいそこうるさい」


賢くん風に言うのであればテンション上がりますねぇ!状態でうきうきと楽しそうにボウリング球をきゅっきゅと拭いていた緋南が、呆れた顔でツッコミを入れる賢くんに歯を剥き出して威嚇している。賢くん?ハンくん。


毎度毎度、こと勝負事となるとこの二人の争いは後を絶たない。勝負にならないのはカラオケくらいだろうか。あ、後パズルゲームも。今のところ私の全戦全勝。


「俺が勝ったら一日賢一様って呼べよ」

「あたしが勝ったら指全部詰めなさい」

「罰重くない!?」

「二度とボウリングを楽しめない体にしてくれるわ」

「ボウリングどころじゃない!!」


また始まった。おうおう言いながらヤンキーみたいにバチバチ火花を散らせてメンチを切り合う二人の後ろ姿を、おじいちゃんおばあちゃんみたいにお茶を飲みながらほのぼの眺める私達。うん、いつも通りの光景。

二人揃って同じタイミングでお茶を飲んで、ほっと一息。


「月城さんは、球速遅いのにさらっとピンが倒れるから不思議だよね」

「ふふ。ピン子さんがね?『ここやで……嬢ちゃんこの角度やで……』って囁いてくれるの」

「そんな鬼ばかりの世間渡ってそうな西の人なの?」

「人っていうか…ピン?」

「関西ピン……」




そして始まる頂上決戦。

順調にスコアを伸ばす二人の影に隠れて、中々の高得点を叩き出す星野くん。私は流石に皆には及ばないけれど、でも別に悪くはないかな。悪くはない、けど良くもない。やっぱりちょっとまだ胸の奥がムカムカするかも。なんてくだらないことを考えていれば


「志乃」

「ん?」


いつからだろうか。席に戻った私を、いつの間にか賢くんが真っ直ぐ見つめていた。その熱い眼差しに私も深い愛を持って微笑みかける。すると何故だろう。彼の私を訝しげに見る視線が強くなった。


「何かあったのか」

「…どうして?」

「あったんだな」

「………」


…隠し事は得意なつもりだけどこういうのに限って。

それとも幼馴染には何もかもお見通し、ということだろうか。よく見れば緋南もいつも通りに見えて瞳の奥に鋭い光が見え隠れしている。


……結局、私はすぐさま観念して何もかも話すことになったのだった。






「そんなことが??何それ?ほっしー、ちゃんとそいつらにとどめさした?」

「うん、さすわけ無くない?」

「…いやいや志乃がそんなことになってる中、彼ピのヒナさん何してたのよ――」

「後ろでお前の暴走阻止してたやろがい」

「と…そうやったわぁ……」


気まずそうに賢くんから視線をそらした緋南が、ゆっくりと私の下へと歩を進める。

隣に座ると優しく私の手を握り、指を絡めた。彼女の少し高めの温かな体温が私の中の棘を優しく溶かしていく。


「…ごめん志乃。そうとも気づかずあたしはしゃいでた」

「大丈夫。緋南はそれでいいんだよ」

「よくなーい…」


私のお腹に頭を擦り寄せうんうん唸り始めてしまう緋南。そんな彼女の頭を撫でる。

それとは対象的に、賢くんは腕を組んだまま静かに私をじっと見つめていた。


だからもう一度、私は笑みを返す。今度は自然に笑えた気がした。


「志乃」

「うん」

「大丈夫なんだな?」

「うん」

「ならいい」


立ち上がった賢くんがすれ違い様に私と緋南の頭をぽぽんと叩く。それを合図に、皆の雰囲気もゆっくりといつも通りに和らいでいく。…やっぱりこういうところは賢くんだなぁ。自分でも何を言ってるのかよく分からないけれども、いつもそんな風に感じるのだ。


「え〜ヒナそれだけでいいの?彼ピッピなのに」

「彼ピッピだからだよ」

「ふふ…」


そうだね。ピッピでもピッピじゃなくても、何ならピィでもピクシーでも私が助けを求めれば君は何も聞かず助けてくれるもんね。

でもせっかくピなんだからもう少し甘いピンクな言葉の一つや二つあってもいいんじゃないかなピえん、とか思ったり思わなかったり。




………。




ふむ。




「緋南」

「む?どしたの志乃」

「賢くんに勝ちたい?」

「がぢだぃ゙ー」

「どんな手を使っても?」

「勝てばよかろうなのだ」

「ふふ。そっか」




「いいよ。志乃さんが一計、案じてあげる」




「今日は少し、緋南に味方したい気分だから」







さあさあ、勝負もいよいよ終盤戦。このまま順当に行けば勝利を掴み取るのは間違いなく賢くんだろう。緋南は後一歩、もう一手が足りない。

そして今は、私と同じく二人には既に届かないであろうスコアの星野くんの番。何とも絵になるフォームで見事にスペアを取った彼がやいのやいの騒ぐ二人に迎えられて笑顔で帰って来る。


そしてそれと入れ替わりに、揚々と賢くんが立ち上がる。


その瞬間。


「格好良かったよ。“繋くん“」

「ん?」


私は何ともなしにその言葉を発した。

それに反応した星野君は、私の薄っぺらい笑顔を見たその瞬間、全てを理解したのだろう。同じくぺらっぺらの笑みを浮かべると


「ふふ、ありがとう。“志乃さん“」


そう言って照れくさそうに微笑んだ。


「「………」」


我が意を得たり。二人揃ってニッコリ。

察しのいい友人を持つと大変楽ちんで大助かり。何故その察しの良さを女性関係に向けられないのかと疑問に思わなくもないけれど、今は取り敢えず隅っこに置いておきましょう。


「(…さて)」


二人揃って大変わざとらしい声量だったので、当然彼にも聞こえたことだろう。

その背中に大きな変化などは見受けられないけれど、私の読みが確かならば大切なのはこの後。


「…ふぅー……」


小さく息を吐いて、呼吸を整えた賢くんが球を抱え、顔を上げると真正面を見据える。

周りの音など一切耳に入っていないのではないかという恐ろしい集中力。事実、そうなのだろう。ここ一番の彼は強い。よく存じている。 




だからこそ、その直前を狙わせていただいたのだけど。




「………!!」


後ろからは見えないけれど恐らくは、かっと目を見開いたのだろう。力強く足を踏み出した彼の手が後ろに大きく振り上げられ、次の瞬間―――!!


「あれ?????」


球は流れる様に横の溝へと吸い込まれていった。


「…………」

「………ぉお…?」


緋南も賢くんの突然の謎の不調に目をまん丸くしている。

頭をぽりぽり掻きながら、いかにもあれおかしいなぁみたいな空々しい素振りをしている賢くんを見ながら、静かに笑みを浮かべた私は




私は




わた




「ぷ」




「ふふ、…うふ、うふふふふふ…えへ」

「……嬉しそうだね月城さん……」

「嬉しい楽しい可愛い愛しい」

「賢一も分かりにくいようで分かりやすいなぁ…いや分かりやすいようで分かりにくい?」


まずは満足。

愛しい人には惜しみなく愛を注ぐ私だけど、…だけどたまには確かめたい時だってあるのだ。私が彼に愛されているその証を。勿論疑ったことなんて無いけれど。


聞いてみようか、けどどう聞いたものか、それともまた試されているのか。恐らく内心オロオロと。そんな分かりやすい顔でこちらを恨めしげに睨む拗ねた子供の様な視線を感じながら、私はだらしなくニヤける顔を最後まで隠すことができなかったのでした。めでたしめでたし。











その後。


「…よく分かんないけど、チャンス!?」

「やっておしまい緋南ちゃん」

「よっしゃ今日でヒナの指はサヨナラバイバイよ!!」

「それは困るなぁ」


恋人繋ぎ出来なくなっちゃう。

結局、この後パフェを奢ると言うことで負け犬賢くんの指は何とか許された。

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幼馴染が強か ゆー @friendstar

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