第8話 ”H"
「私エッチじゃないよ」
先日、熱を出して醜態を晒したせいか、最近は幼馴染がやけに己の潔白を主張することが増えた。俺のベッドに仰向けで寝っ転がって、俺の枕を抱きしめながら、短いスカートで脚をパタパタさせて志乃が今日も主張する。
「そうだな。志乃はエッチじゃないな。エロいだけだな」
「違う。エロくもないの」
唇を尖らせて、志乃が可愛らしい顔を膨らませる。そんな顔を見せられたところで、俺にとっては何の効果も無いけれど。
「俺と姉ちゃんを侍らせたいと密かに思ってたのは救いようなくドスケベだと思う」
「違うの。あの日はちょっと熱でぼーっとしてただけだから」
いや、あの日の真っ直ぐな君の目に迷いは無かったよ。嘘偽り無く君の願いだったよ。
「間違いは正さなくちゃ」
「というと?」
「クラスの子達にも聞いてみる。私、エロく、ない。うん」
そう言って壁の方を向いて志乃がふて寝し始める。まあ、志乃がそれでいいならいいけど。…スカートがもう大分はしたないことになってるんだよなぁ。
■
「ねぇ、私エッチじゃないよね?」
「「「エロいよ」」」
「そうだよnあれぇ!?」
次の日、お弁当を囲みながら私が一部ぼかしながら話した内容に、友達が揃って同じ答えを口にする。
「何で!?何処が!?」
流石に受け入れ難い答えに私が机を叩いて反論しようとすると、彼女達は揃って顔を見合わせている。…何故皆して不思議そうに私を見るのか。
「だって…ねぇ…?」
「二人きりの狭い部屋で旦那に水着をお披露目とか…」
「エロいね」
水着だし。いいではないか。肌は晒しているけれど彼しか見てないのだから。彼に見てほしいから披露したのだから。
「たまにあんた達から熟年夫婦みたいなオーラ醸し出てるし…」
「何かもはや未亡人みたいな大人っぽさ感じるよね」
「エロいね」
大人っぽい。いいではないか。そこで皆してエッチ方面に行っちゃうから変なことになってしまうわけで。
大変納得し辛い私は、内なる怒りを抑え込むように思わず自分の身体を抱きしめた。
「ううううぅ…」
「ほら、それとか。あんた風にいうとそういうとこだよ」
「おっきいのが殊更強調されて」
「エロいね」
「さっきからエロいねしか言ってない人誰!!」
君がそういう事しか言わないから誤解が広まるんじゃないの!?
「先輩」
「!!」
突然、もの静かな声が背後からかけられて思わず肩を震わせてしまう。
動揺して情けない姿を晒してしまったことに心の中で反省しながら、振り向くとそこには大人っぽい後輩の女の子の見慣れた無表情。
「あ、葵だー」
「あおちゃんじゃーん」
「ちゃんあおー」
「ぅぉおお……」
友達が、わちゃわちゃと彼女を包囲する。こないだうちのクラスに足を踏み入れてしまったが故に過度に可愛がられ、絶賛困惑中の彼女に苦笑してしまう。
本当にこのクラスというか町の人ってフレンドリーだよね。
…しかし、これはちょうどいい所に来てくれたのでは?
「葵ちゃん」
「ふぁい」
先輩方に頭を撫でくりまわされ、ぐりぐり頬擦りされたまま彼女が私を見る。よく見たら顔は年相応だけど、歳下とは思えない落ち着き様。スラッとしてるけれどしっかりと出るとこ出てる高身長。ハネ一つ無い艷やかな長い黒髪。うん。大人。
付き合いの長いこの子なら、私の事を嘘偽りなく見定めてくれるに決まっている。
「私、エッチじゃないよね?」
「いえ」
……………………?
「…いえって、そうですねって事、だよね?」
「?いえ、先輩はえろいと思います」
「「「分かるー」」」
……………………
「やっぱり葵は分かってるねー」
「あおちゃんいいにおーい」
「ちゃんあおー」
「おぅふ」
微妙な笑顔のまま完全停止した私のことなど露知らず。
3方向からもみくちゃにされながら、後輩はマイペースに首を傾げているのだった。
■
「…で、どうだったんだ?」
「…………」
幽鬼の様に部屋に入ってくるなり無言でベッドに飛び込んで、隅っこで身体を丸くした幼馴染の背中に声をかける。まあ、聞くまでもないが。
「…わたしえろくないよ」
「…………」
背を向けたまま不貞腐れた様な覇気の無い声。
…人のベッドにダイブ。短いスカートで。黒かったな。何がとは言わないけど。
「…もう少し注意した方がいいんじゃないか?」
正直、気を許しすぎなのではないかと思った。悪い気はしないがこちらとて花の高校生。万一他人が誤解するような事が起きたらと思うと、流石に苦言を呈せざるをえない。
「賢くんはいいの」
「………ん?」
…今のはどういう意味にとればいいんだ?
身体を翻した志乃が四つん這いで俺に顔を近づける。どこがとは言わないけど、まぁ強調されて。
「賢くんは特別だから」
「だから?」
「…見られても大丈夫かなって」
……………
「そういうとこだぞ」
「え」
志乃の笑顔が固まった。俺はさっさと背を向ける。
「エッチだなぁ」
「え。え!?」
心外だと言いたげに勢いよく起き上がった志乃を無視して、試しに俺はゲームを起動した。お馴染み志乃の苦手なホラーゲームである。
「あ、怖いやつ…」
思い出したようにおずおずと、枕を持ったまま志乃が俺の横へとすり寄ってくる。
ぴたり。肩と肩が触れ合う距離まで身体を寄せて。
………………
「そういうとこだぞ」
「ええ!!?」
そういうとこなんだよ。
何で何でと肩を揺さぶる幼馴染に邪魔されながら、俺は乾いた笑いを漏らすのだった。
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