第15話 一夏の笑顔

そこかしこから聞こえてくる祭囃子をBGMにカラカラと町を歩く。

長い沈黙を乗り越え、道に並んだ屋台では鬱憤を晴らすかのように喧々と騒ぐ町民達の様子が窺える。


「賢くん」


人混みを掻き分け漸く神社に辿り着いたところで、散々流した汗を冷ましていると、幼馴染の声が背後から聞こえてきて俺は素早く顔に手を回した。


「し……」


鮮やかな藤の花模様があしらわれた浴衣に身を包む清楚な大和撫子の体現者は、道行く人々の足を止め、その注目を見事に集めている。


それもその筈、彼女の顔にはその儚さを全てぶち壊す、おかちめんこ。


「…のさん、でしょうか」

「志乃さんですよ」


指先を狐の形にコンコンと。ご機嫌にくいっくいっと謎の動きを繰り返すおかちめんこ。恐らくこれは絶対に笑わせにきている。だがしかし、鼻水を吹き出しかけた身体を半ば強制的に抑え込み、俺はさも平然とした様子で彼女の接近を待ち受ける。


「…そういう君は賢くんですか」

「賢くんですよ」


振り返った俺を見た瞬間、幼馴染の奇妙な動きが鈍る。その直前、微かにその身体がぴくんと震えたことを俺は見逃さなかった。


「どうかしたか」

「ふひゅふっ…………」


左右に身体を揺らしながら、俺は彼女に顔から近づいた。おかちめんこが変な声を出して後ずさる。因みに今の俺の顔面では、余りにリアルを追求した結果、まるで鋭い痛みをゆっくり味わっているパッショーネの様なひょっとこのお面がその存在感を大いに主張している。


「へいへい、どうした志乃」

「んふふへっ………」


先程の志乃に負けず劣らず、いやそれを容易く超越した俺の鋭いサイドステップに、遂におかちめんこの強い心は音を上げたらしい。道行く人々の視線を一気に集める華麗なる仮面の奇行子。刺さる視線が痛いぜ。そこの子、指ささないで。ロビンもとい俺は真剣にやってるんだーっ!


「熱でもあるのかいっ」

「ん゙っ……くふ、うふふふふふ」


お腹を抱えた志乃が震える手で俺を制する。ドクターストップ。

そんなこんなでひとしきり笑い合って。


「………行くか」

「〜〜〜〜っ!!」


満足した俺は、最終的に呼吸困難となり、俺の背をバンバンと叩き始めたおかちめんこの手を引いて、喧騒の中に足を踏み入れるのだった。





「それはずるいよ賢くん」

「何がっ」

「うん゙っ」


声をかけられ、勢いよく振り向いた俺を見て志乃の笑顔が再び歪む。今日の俺のテンションは高いぞ。祭りだからな。

咳払いの後、頬を膨らませると俺の手を引き、下げさせた俺の頭に手を回すとお面を剥ぎ取る志乃。本日漸くのご対面に、何やらご満悦のご様子。


「何処で買ったのこんなの」

「作った」

「作っちゃったかぁ」


しげしげと面の表裏を興味深そうに眺めながら歩を進める志乃。しばらく弄んだ後、何も言わず彼女は徐ろにその面を自分の顔に装着する。……ふふひ。


「どうしたの賢くん」

「っ!?」


足を止めた俺が気になったのか、後ろ手を組んだ可愛らしい女の子の仕草で腰を折って俺の顔を覗き込むブチャ◯ティひょっとこ。その素晴らしいギャップに、容易く俺の強靭な精神は粉々にぶち壊される。お前それはずるいよ。そういうとこだよ。

だらしなく歪む唇を掌で強引に抑えつけ、抑えっ、抑えあ無理。


「く、くくく…ふふっ…ふはははははぁ!!」

「魔王みたいに笑うね」


笑うよこんなの。やばい。俺天才では?


「賢くん賢くん、射的屋さんあるよ」

「ふふへふ、ほほう…」


そんな俺を他所に、さっさと祭りの景色を嬉しそうに眺める行為に戻っていた幼馴染が指差した方を、二人並んで眺める。射的か。懐かしい。スナイパー賢ちゃんと呼ばれた昔の血が騒ぐではないか。顔を見合わせると、言葉を交わす必要もなく俺たちは屋台の下へ。


「よし。おっちゃん、射的一回」

「はいよ…っ!?」


料金を受け取り、俺の背後を見た瞬間ビクンと大仰に身体を跳ねさせるおっちゃんを見て見ぬふりをして、俺は受け取った銃を構え的へと精神を集中させる。


「キャラメル」

「よし」


クライアントの命に従い、ターゲットに狙いを定めて。


「………」


呼吸を止める。その瞬間、あんなにも騒がしかった周囲の喧騒すら俺の耳には届かなくなる。

精神が研ぎ澄まされていく。欠片も震えぬ指に力を込めて、引き金を引いた。


ポン。


「お〜」


発射された俺の弾丸は見事にターゲットの心臓を撃ち貫いた。

大きく身体を傾けたターゲットはそのまま後ろへと倒れ込み、その姿を消す。

パチパチと、横から呑気な音がした。


「はいよ」

「わーい」

「っふふは…」


景品を受け取るひょっとこの無邪気な声と吹き出すおっちゃんの珍妙な声を他所に、俺は集中力を切らすことなく銃を構え続ける。再び横に戻ってきた志乃が俺の耳元へと顔を近づける。ふわりと花の匂いが香って、彼女の息遣い…はしないな。お面に遮られている。


「ガム」

「……」


命中。ダブルキル。


「ラムネ」

「……」


命中。トゥオリプルキウゥー…


「PS5」

「……」


命中。無理だろ。





「大漁だね」

「ふっ。新しい異名でも付けるか」

「プリティスナイパー賢くん」

「やめよう」

「スナ賢くん」

「ドラケンみたいに言うな」


ホクホク笑顔の幼馴染に乗せられ、ついついお金を使いすぎてしまった様な気もするが、結果は倒れなかった例外を除けば全弾必中。一つも無駄にすること無くその役目を終えた相棒は既に俺の手に無く、代わりに数々の戦利品がその存在を主張している。やれやれ。来年は出禁かなぁ。


「ほ〜れほれ。群がれちび共」

「喧嘩しちゃ駄目だよ」


その一つ一つを、集まる子供達に楽しそうに配る幼馴染を見ながら、屋台の横に座り込んで俺はかき氷片手に涼しさと久闊を叙している訳だが。


「…………」


頬杖を付き、行儀悪くストローを加えながら志乃を見る。子供達の頭を撫でる彼女の姿は実に様になっている。

無意識だろうか。その光景の中に、彼女が赤子を抱いて笑っている姿を一瞬、幻視して。


「いやいやいやいや」


誰にするでもなく、頭の上で気だるげに手を振って妄想を吹き飛ばした。

いくら何でも。いくら何でも、だろう。どうも暑さで頭がどうかしているらしい。

ふむ、これはかき氷をもう一個頼まなければなるまい。


「賢くーん」


そんなことを思ってぼーっとしていれば名前を呼ばれた気がして、はっと面を上げれば子供達の輪の中で一際輝く困った笑顔が、手を振って俺を呼んでいた。

残った氷をかきこんで、きーんとする頭と疲れた身体に鞭打って、俺は再び立ち上がる。

彼女と同じくらい、珍しく素直に楽しそうに笑っている自分に気づかない振りをしながら。


「早くー」

「はいはいっと」


一夏の夢より、一つでも多くの思い出を。

いつだって、あいつには笑っていてほしいから。


ああ。今日もおあついことだ。










「どうした」

「この子達がね?ひょっとこの取り合いを…」

「将来有望!」



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