第6話 果てなき野望
「賢くん、最近志乃ちゃんとは仲良くしてる?」
それは何でもない日。
何気なくテレビを見ていると、隣で静かにコーヒーを飲んでいた姉ちゃんが頬杖をついて話しかけてくる。話題は決まって同じこと。姉ちゃんは俺の幼馴染の志乃が大好きである。
「何故それを姉ちゃんに言う必要がある」
「あら寂しい。お姉ちゃんはただ、将来の家族のことを気にかけてるだけなのに」
「…………」
「可愛いよねぇ、志乃ちゃん。お姉ちゃん、将来志乃ちゃんを着せ替えしまくるのが夢なんだ…」
そしてこれだ。のほほんとした笑顔と雰囲気で、グイグイとせっついてくるのだからたまったものではない。
そしてとっくにしているだろう、というツッコミは野暮なのだろうか。
「という訳でこれあげる。志乃ちゃんと行ってね」
手渡されたのは水族館のチケット。ご丁寧にカップル限定で割引される様なやつである。…しかしこれは
「…いらん」
「え〜何で〜…志乃ちゃん絶対喜ぶのにー……」
姉ちゃんが途端に泣きそうな顔になる。雰囲気は大人っぽい癖に。こういうところが男心をくすぐるのだろうか。弟の身ではよく分からない。しかし今気になるのはそんなことではなく。
「…この前行った」
「あら、………あらあら〜?」
泣きそうな顔が一転、途端に嬉しそうな笑顔に変わっていく。…ここでニヤニヤ憎たらしい顔にならず、本気で嬉しそうにするからたちが悪いんだよなぁ…。
「ふふ、賢くんがお利口さんでお姉ちゃんとっても嬉しいよ」
「…うるさい。撫でなくていい」
頭に乗せられた細い手を軽く跳ね除ける。それでも尚、姉ちゃんはニコニコ笑顔でこちらを見守っている。そして徐ろに後ろに手を回すと─
「じゃあこれもあげる」
「は」
「あと、これとこれとこれとこれとこれと……」
姉ちゃんの手元から出てくるのは動物園やら遊園地やら映画館やら様々なデートスポットのチケット。何?四次元ポケット後ろにある?
「志乃ちゃんと行ってね」
「………」
「賢くん?」
黙ってしまった俺を、首を傾げて姉ちゃんが覗き込んでくる。俺の複雑そうな顔に気づいたのだろう。だってそれもその筈。
「…………こないだ、全部行った……」
「え」
「……志乃と」
「あら……あらあらあらあらあら」
ニコニコ笑顔のあらあらbotと化した姉ちゃんから顔を反らし、俺はゲームの電源を入れた。いたたまれなさから目を逸らすために。そして姉ちゃんにコントローラーを放り投げれば意外にも姉ちゃんは危なげなくキャッチする。
「姉ちゃん勝負しよう。俺が勝ったらもう黙ってくれ」
「え…お姉ちゃん寂しい…」
俺はめんどくさい。
「ジャンルは選んでいいから。勝ったら好きなだけ話していいから」
「…じゃあぷにぷに」
けっ、ここぞとばかりに得意ジャンル選びやがって。しかし俺が成長していないなどと思うなよ。
幼馴染と姉ちゃん。こと得意なことに関しては一片の慈悲も無い悪魔に囲まれて育ったことで俺も多少は成長しているのだから。
■
「こんにちはー…」
「それでね私志乃ちゃんにはこういう服も似合うと思うんだちょっとセクシーすぎるかもしれないけど志乃ちゃんのスタイルなら絶対着こなせると思うし志乃ちゃん着痩せする方だし絶対似合うと思うんだ私から渡すと遠慮しちゃうかもしれないけど賢くんがプレゼントとして渡せば絶対志乃ちゃん喜んでくれるよ絶対着てくれるよ絶対エッチだよぜひ渡してほしいなぁお姉ちゃん渡してほしいなぁ聞いてる賢くん聞いてるよねあとね」
「アア……アアァ……」
「わぁ……」
俺の精神が今まさに破壊されようとしている光景を、果たしてこの時の幼馴染はどう思ったのだろうか。
家族同然の扱いで我が家にも許可無しで出入りが許されている志乃が扉を開けてリビングに入ってくる。
頬を赤くしてふんすふんすと熱弁していた姉ちゃんが志乃に気づいて一時停止する。そして緩やかに姿勢を戻してコーヒーを口にした。清々しいくらいに、何もしてませんが何か?とでも言いたげに。
「こんにちはせ……」
「……………」
「……お姉ちゃん」
「ふふー…」
名前で呼ばれそうになった瞬間、泣きそうになった姉ちゃんを見て志乃がご丁寧に呼び方を改める。
かもかも、と手招きして隣に志乃を座らせると姉ちゃんの笑顔はより深まっていく。しかしあれだ。この二人が揃うと空間のまったりさがヤバい。
「ふふ、いらっしゃい志乃ちゃん。今この子と姉弟仲良くゲームしていたところなの。一緒にやりましょう?」
いかにも私、清楚ですが何か?みたいな感じで話すじゃん。手遅れだよ。気づいているのか気を遣っているのか、それとも諦めているのか。志乃は何とも思ってなさそうだが。
「わ、ぷにぷに。ふふ、懐かしいですね」
「そうね。賢くんも中々腕を上げたのよ」
は?超高速連鎖でこっちに何もさせなかった外道が一体どこに成長を見出したというのか。ゲームシステム的にこっちだって何かしら組めていいはずなのに、気づいた時にはそこにおじゃまぷにがいて俺は何もできなかったんですが?10戦やって全て同じ結果だったんですが?表情一つ変えず笑顔のまま絶望に叩き込んで来やがるその姿はまさに外道。
「今ならこの子に勝ったら何でも言うこと聞いてくれるわよ」
「え」
「は?」
今何て?
「いいんですか?」
「いいのよ」
「いくないんですが?」
「いいのよ」
笑顔で何言ってやがるこの女ぁ!流石に姉ちゃん程の滅裂さを持たない幼馴染は俺の方をチラチラと気遣わしげに窺っている。
…あの顔はあれだ。したいことはあるけどこっちに迷惑をかけたくないから我慢してる志乃のいつもの顔だ。…あの顔は駄目だ。そんなものを見せられては俺が出せる答えなんか一つしか無い。
「…いいよ。やってやる」
「……いいの?賢くん…」
「ただし、勝てたらだ。何戦かの内、一回でも俺が勝ったら俺の勝ち」
「意地悪」
「意地悪で結構」
しっかりと条件は出す。…志乃は無条件で何かをしてもらうことが苦手だから。くだらない遊びでも、決まり事は大切なのだ。
「でもそういうとこ好きだよ」
「………………………そっすか」
…だからいちいちそんな笑いかけないでくれ。
「…素直じゃないんだから。志乃ちゃん。ジャンル選んでいいわよ」
フワフワ二人組がこちらを見つめる。志乃が姉ちゃんに似たのか。姉ちゃんが志乃に似たのか。多分前者だろう。俺の呼び方とかも影響を受けたんだろうな。
そして志乃がその瑞々しい唇を開く。
「じゃあ、ぷにぷにで」
■
「賢くん凄くいいよその服似合ってる私ね絶対賢くんに似合うと思ってたんだだからこの前買ったんだけど流石に言い出せなくてでもいつか着てほしいななんて思っててあ、目線ちょうだいふふかっこいいなぁ嬉しいなぁまさかこんな機会が訪れるなんてそのちょっと開いた胸元とかセクシーだよねああ血圧上がって倒れちゃうかもでもそしたら賢くん看病してくれるもんね賢くんが倒れたら私がつきっきりで診てあげるからね身体も拭いてあげる拭きたい」
その日、俺は思い出した。
姉ちゃんの師匠が志乃だという事を。
身体が弱く、一時期は他人も信用できず引き篭もりがちであった志乃。そんな彼女に、良かれと思って俺が貸したゲームはそこに一人のモンスターを生み出してしまったのだ。
「姉ちゃん」
「ごめん」
「姉ちゃん」
「すまないと、思ってます……!!」
幼馴染が放つ熱に負けた無様な姉は既に部屋の隅で縮こまって、震える情けない姿を俺の前に晒している。
しかし理由はそれだけではなく。
「お姉ちゃん」
「ひゃいっ」
ぐるんと、志乃の笑顔が勢いよく姉ちゃんに向けられた。怖っ。
「私、お姉ちゃんにも勝ちましたよね?」
「……はぃ…………」
次のターゲットに定められた姉ちゃんが名を呼ばれ、その身を跳ねさせる。志乃が一歩近付く度にその震えは勢いを増す。
「私、こんなの買ってみたんです」
そう言って志乃が取り出したのは、…………紐?違う。限りなく紐に近い下着だか水着だ。
「着てほしいなぁ」
「え」
「見てみたいなぁ」
「あ」
「お姉ちゃんは私にセクシーな服着せたいんだもんね?」
「はい」
そこはしっかり返事するんかい。
「じゃあ私もセクシーなお姉ちゃん見てもいいよね?」
「…あの、でも、それ、セクシーっていうか、…ドスケベっていうか、色々はみ出」
「私ドスケベお姉ちゃん大好き」
「あっ着る!…、いやでも流石に弟の前では……、あの…ね?」
安心しろ。俺も見たくない。だからこっちを見るな。だがこれは好機。
「それなら俺はこれで…」
「駄目だよ」
静かに退出しようとした俺の腕を志乃が掴む。…いや、力強っ。
「私ね。二人を並べたいの」
「「え」」
「侍らせて、真ん中に挟まれたいとずっと思ってた」
「急にとんでもない野望暴露すんじゃん」
「ど、ドスケベな私と弟を………!?」
ドスケベ言うな。
「……ちょっとトイレ行くだけだって」
「漏らして」
「漏らして!?」
真顔で何とんでもないこと言ってんだこいつぅ!!いかん。今の志乃は興奮しすぎて既におかしくなっている。まずは落ち着かせることから始めなくては。
「落ち着け志乃。いいか?俺が漏らしたら、お前は股を濡らしたお漏らし男とドスケベ女を側に侍らすことになるんだぞ?それでいいのか?」
「望むところだよ」
「………………そうか…………」
もう、何も言えねえ。
「流石志乃ちゃん……分かったわ。貴女がそこまでドスケベな覚悟を決めたと言うのなら私もドスケベになるわ……!!」
「流石お姉ちゃん。ドスケベ」
「まだよ!?」
収集つかねぇー!
立ち上がった姉ちゃんが服のボタンに勢いよく手を掛け、大人っぽい黒い下着がチラリと見えた瞬間。
「うぐぅ」
「「!?」」
志乃が鼻を押さえながらぶっ倒れた。興奮が遂に限界を迎えたらしい。しかしどことなくその顔は満足そうだった。
「…………」
「助かった……のか……?」
「………え?…私のドスケベシーンは?」
ねぇよ。
その後──
「…あのね、賢くんもドスケベになっていいんだよ…?」
「…熱あるぞお前」
ベッドの中で、側にいる俺の袖をいじらしく引っ張りながらムードの欠片も無い台詞をのたまう幼馴染の頭を撫でながら、治った時の彼女への対応に頭を悩ませる俺であった。
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