第27話 のっとわーすでー
「月城さんいいよな」
「いい…」
だらしなく鼻の下の伸びた友人の顔に、思わず呆れの感情を隠すことすらできなくて。ふう。俺は別にそんなことはないんだけどね。あんなに伸ばしたらもうゴム人間よ。
そして俺達は二人顔を突き合わせると、揃って教室の入口を見つめる。
『お待たせ賢くん』
そこにいるのは、後ろから前へと垂らしたポニーテールといつ如何なる時も身に纏っているお洒落なショールがトレードマークの我がクラスの癒し担当。
月城志乃。彼女がいるだけでそこが華やかになるような、そんな錯覚すら覚えるハイパーヒーリング効果は最早このクラスだけに留まらず。虎視眈々と彼女を狙っている獣共は後を絶たないものなのだが。
『ああ』
そんな彼女の何とも愛らしい声に応えて立ち上がるのは、ちょっぴり目付きの悪い彼女の幼馴染。そう、幼馴染。産まれたその日からずっと彼女の隣で生きてきたといううらやまけしからん野郎である。
「ええいくそ、あいつさえいなければ…」
「いなくてもチャンスなんざねえよ」
だって彼女俺達のことなんて眼中にないし。いや、別に態度が冷たいとかそういうことではないけど。俺達に対する笑顔とあいつに対する笑顔が全然違うもん。
例えるならば陰と陽、幼馴染と転校生、アニメと実写、クリスとゴリスくらい違う。へへ、自分で言っててよく分かんなくなってきた。
今までですら時々近づくのを思わず躊躇ってしまう様な桃色空間を形成していやがる時があったというのに、ここ最近はそれが更に顕著で。
『行こっか』
『…っ……』
月城さんが進んで奴の手をとって自分の手を重ね合わせる。だというのに、野郎気の抜けた表情でぼーっとしやがって。そんな可愛い幼馴染にぎゅっとしてもらえて自分がどれだけ幸せ者なのか分かってんのかっ。もう我慢ならねえ。やはり月城さんにはもっと相応しい人間がいるって教えてやらなくては。例えば俺のような
『…………?』
「ひぇっ」
ぎんっ。真後ろにいたはずだというのに俺の動きを察知したように静かに振り向いた奴の、こっちを貫くどころかぶち抜いて貫通するようなおっかない…いや眠そうな?視線が俺に向けられた。仮にもクラスメイトに向ける視線じゃねぇ。
ふ、ふふん。中々に修羅場を潜った目してるじゃないの。まあ、俺ほどではないけどね。
でもまぁ、ちょっとお腹の調子悪いし今日はこの程度にしてやろうかな。ウォール賢くんは中々に手強いみたいだし。
立ち上がった姿勢のまま固まっていた俺は、何事も無かったかの様に身体を逆再生して席についた。
「弱」
かっちーん。流石に切れた。なんだぁ?てめぇ…。
じゃあお前行けよ。お手本見せてみろよ。口では何とでも言えるんだよなぁー。どうせ出来ないくせによぉ〜。
「できらぁっ!」
俺の声無き声が届いたのか、友人は勢いよく立ち上がり
「月城ちゅわ〜ん」
媚びたキモイ声を出して
「ただいま」
秒で断られて帰ってきた。
余りの情けなさ。ギネス取れそう。見ろよ。賢くんもフラレRTAすぎて反応に困ってるよ。
「何アホやってるのよアンタ達」
そんな無様な負け犬共に声をかけるのは、渦中の人物と親しいかしまし乙女。朝比奈緋南は何とも呆れた顔で俺達の元へと歩いてくると、腰に手を当て失礼な溜息をつく。
「全く。最近一緒に遊べなくて寂しいならそう素直に言えばいいじゃない」
「「………」」
二人揃って言葉を失った。
本当さ、こいつは何で変なところでピュアっピュアなんだよ。良い子ちゃんかよ。可愛い。
しかしね、男の嫉妬という感情の醜悪さを分かっていないのよチミは。まだまだおこちゃまなのね、そういうところは。
やれやれ。ここは俺達が奴さんをいかに憎んでいるのかをよく言い聞かせないとなるまいね。
「べ、べっつに〜?男と男の友情より女を取るとか、それでいいんだよだなんて全然思ってないしぃ〜?」
「そうそう。もうホントお二人さん幸せそうで何よりでございますってゆーか?心が温かくなるよねクソがぁっ!!」
「お友達の鑑じゃないの」
違えし。
…でもまぁ、駄目元で今度またカラオケでも誘ってみるか。久々にあいつの人間っていいな(デスボイスver)聴きたくなってきたし。
最後にもう一度、横目であいつらを見る。つね変わらぬ笑顔と距離。夏の風物詩ならぬ我がクラスの風物詩といったところか。
その清々しいまでの不変の形はいっそ羨ましくなるほどで。奴らの熱さにかかれば乾いた心も逆に汗で輝きを取り戻すというか。…言ってて何だがキモいわそれ。呆れ半分微笑ましさ半分でふんすと鼻で笑った。
ま、つまりはだ。
「あぁ〜っ俺も彼女欲しいなぁああああああぁーー」
「大切に想う相手がいないことにはね。まぁ、ヒナは特殊だと思うけど」
「なら朝比奈っちゃん、俺は君を大切にしてもいいかNA?」
「チェンジで」
やっぱつれえわ。
■
「陽向、最近割と良くない?」
「いい…」
窓際で物憂げに黄昏れる男子を密かに見つめながら、私達は小さな溜息をついた。
あの顔はあれだね。今日はあんまり志乃に構ってもらえなくて寂しいのとか、そういう顔でしょ。決してお腹空いたなぁなんて呑気に考えてることはないはずだよ決して。全くどこまでも幼馴染一筋だなんて、きゅんきゅんしちゃうね。そういうところだよ。
やはり確かな護るべきものがある男の子っていうのはいい。不思議な魅力があるというか。願わくばその想いがこれからも
「それはそれとしてNTRっていいわよね」
「予想外すぎて返事に困るよ」
思わず頬杖ついた顔がずり落ちちゃったよ。あれぇ?微笑ましい二人を後方から見守ろうねうふふ的な話しじゃなかったの?
…そう言えばこの子、昔から人のもの羨ましがる傾向あったっけ。いやでもまさかそこまでの境地に達していたなんて、いつの間に。
「私、志乃に負けず劣らず大きいじゃない?」
「…………そうだね」
「え、何いたたたたたたた」
そう言って友人が自分の胸を片手で寄せ上げ見せつけてくる。…これはあれか。遠回しに喧嘩売られているのか。上等だよ、無駄乳が。詰まったもの残らず絞り取ってやるよ。
鷲掴んだそれをぎりぎりと思う存分握りしめていると、友人の強烈なヘッドバットが襲いかかり、おでこから煙を上げて私はあえなくダウンする。
はい仕切り直し。
「でさ、陽向って絶対巨乳好きでしょ」
「失礼すぎるよ」
グーで殴られても文句言えないよ。
「あの顔は巨乳好きな顔よ」
「そうだね」
「そうかなぁ」
それ巨乳が好きなんじゃなくて志乃ちゃんの胸が好きなんじゃ…。
意気揚々と立ち上がり、陽向くんの下へ向かおうとする友人の手を引っ掴んで引き止める。この子何言ってるんだろう。さては彼氏が出来ないからやけになってるな?
「ちょっと揉ませてやればワンパンよ」
「んなアホな」
「これはね、あの二人の絆を試す一つの試練なのよっ」
「やめておいた方がいいんじゃないかな」
「「……………」」
…何かさっきから不思議だったけど、やけに相槌が多くない?ここには私達二人しかいないはずなのに。向こうも同じことを思ったのだろう。似たようなタイミングでお互いの顔を見て。
「やめておいた方がいいんじゃないかなぁ」
「「……………」」
机の下側から覗き込む様に志乃ちゃんがいた。
ハッスルハッスルしていた友人がもれなく綺麗に停止する。
「し、…志乃、さん」
「志乃さんだよ」
汗をだらだら流しながら友人が彼女の名前を呼べば、いつも通りのにこやかスマイルが返ってくる。わぁ、何て綺麗な笑顔なんだろう。私感動して身体の震えが止まらないや。というわけで。
「私ちょっとトイレ」
「あズルいっ」
ちょっと冷えてきたみたいだしここらで一つ退散させてもらいまひょ。そう思って素早く立ち上がった私の腕をすかさず志乃ちゃんが笑顔のまま掴んで机に引き戻す。
「え」
「漏らして」
「漏らして!?」
笑顔で何言ってんのこの子ぉ!!私何もしてないじゃん!寧ろ暴走する友人止めてた側じゃん!!
私が必死に抜け出そうとしてもその手はびくともしない。力強いっ。
そして彼女は変わらない笑顔で友人と向かい合う。
「ね」
「………はい」
「揉ませるの?」
「いえ、その…まぁ、陽向くんならいいかなって。えへ?」
「へぇ」
さっむ。寒いよ。めっちゃ寒いんだ。助けてお母さん。助けてパトラッシュ(愛犬)。
「あのね」
「………はい」
「賢くんのこと、好き?」
「え、まぁ…悪くない、ですかね」
「じゃあ、駄目」
その言葉に私達は静かに肩を震わせた。
じゃあ。
添えられたその言葉はまるで、まるで本気ならば許すと言っているようなものではないか。どうしてそんな
「悪くない程度なら、駄目。この人しかいないって思ったなら、その時揉ませてあげて?」
ああもう、またこの子は。
「そしたら私も安心できる。譲らないけど」
そう言ったこの子の顔は笑っているのに、私達の遥か向こう、どこか遠いところを見つめているような儚い顔で。
…見たくないな、と思った。
たまにあるこの子のこういう、何かを諦めた顔を見ると、泣きたくなるくらい不安になって。
「志乃ーーっ!」
「わ」
一瞬の目配せを済ませて、私達は一息に志乃ちゃんに飛びかかった。
虚をつかれた彼女が目を真ん丸くして私達に揉みくちゃにされる。
「重い…」
「私達の愛だよ。重くて当然だね」
「ついでに陽向に送る分も全部使ったわ。大事になさい。味が無くなるまで噛み締めなさい。いや、無くなっても噛み締めまくりなさい」
「……ふふ、長生きしなきゃね」
うん。やっぱりこの子はこういう可愛らしい顔をしてないとね。
大丈夫だよ。この町のジジババ無駄に元気なんだから、そこで生まれ育った志乃ちゃんが元気じゃない理由ないじゃない。
わちゃわちゃする志乃ちゃんの頭の上で私達はお互いを見て、歯を見せながら笑い合う。
何だかんだ言ったところで、私達はこの二人が笑っているところが好きなのだ。
ちょっぴり欲を言うならば、私達もその隣でこれからも一緒に馬鹿やれたらいいね。なんてね。
「ごめんね、冗談だから!そんな拗ねないの!!」
「拗ねてないよ」
「アメちゃん食べる?」
「それとも揉む?」
「あんた無いじゃん」
「なんだぁ?てめぇ……」
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