第18話 雛鳥の様に
「あ、いた。ヒナー」
「…何だヒナか」
廊下を歩いていると、背後から見知った声がかけられて振り向けば、丁度声をかけてきた女子が勢い余ったのか俺の前で少々たたらを踏んで立ち止まるところだった。
「何か用か」
朝比奈緋南。志乃とは真逆のショートカットの活発女子。志乃の友達。そして古来より月城志乃を見守り続ける使命を負ったヒナの一族の片割れである。(本人談)…いつまでも成長しなさそうな一族だなぁ。
そしてもう片割れは俺、陽向賢一である。何か知らんけど巻き込まれた。
因みに、序列的にはヒナの俺よりヒナヒナの向こうの方が上らしい。
「志乃どこ?」
そして第一声がこれ。もはや志乃過激派である。
「何で俺に聞く」
「あ?何?アンタ知らないの?志乃一人にしてんの?」
何で喧嘩腰なんだよ。
「…知ってるけどさ」
「ほらぁ〜」
どやぁ。イラッとするニヤケ面。シバキたい、その笑顔。
「図書室にいるはずだぞ。…迎えに行くところだったけど、来るのか?」
「逆に行かないと思うの?」
「逆に何で俺が来ると思うと思う」
「ヒナヒナだからよ」
「頭いて〜」
この子疲れるよ〜。うんざりした顔を隠しもしない俺の後ろを、雛のようについてき始める朝比奈緋南。ヒナヒナヒナ。
「そういえばこないだのお祭りどうだった?志乃喜んでた?」
「あー…何か妙に楽しそうだった」
「ならいいのよ」
いいんだ。うんうんと訳知り顔で頷くヒナ。相変わらず志乃のこと大好きだなこいつ。俺だって…うん?いや何でもない。
「お前こそ、自分が一緒に行くとか言い出しそうなもんだが」
「あたし?…あたしはいいの。その前に存分にあの子を着せ替えて遊、楽しんだから」
「ふーん…」
「それよりアンタ。ちゃんと志乃の浴衣褒めてあげた?」
「………」
浴衣。
「…あー…」
「は?」
じろりと。剣呑な瞳が俺を貫く。
…そういえば、あの日の服装についてはノータッチだったかもしれない。
「いや、でもあいつ楽しそうだったし…」
「あの子はアンタがいれば樹海でも魔界でも笑ってるわよ。だからといって言わなくていい訳じゃないでしょうが」
ごもっとも。
完全に浮かれて抜け落ちていた愚かな頭をぽりぽりと雑に掻いた。
そんな俺も今の彼女にはイラッとするようで。
「全く。志乃はこれのどこが…」
「何か言ったか」
「無知蒙昧の頑冥不霊の亜爺下頷って言ったのこの愚痴無知野郎っ」
「畳み掛けやめろぉ…」
訳わからん。絶対そこまで言ってないし、俺にそこまでの理解を求めるなっつの。
■
「へーい。失礼しまーす」
「静かになさい」
「へい…」
図書室についた頃にはぼちぼちいい時間で、空は徐々に色を変えつつあった。
延々とこいつの軽口に付き合わされたせいで既にこっちは疲労困憊、満身創痍。精疲力じ…やべ、感染った。
既に鞄を持って出ていき始める生徒達のまばらな波に逆らって俺たちは二人で奥へと進む。
「あ、いた」
「…し……」
夕焼け射し込む窓辺で黙々と本をめくる文学少女。頬にかかる髪がうっとおしかったのか、さらりと彼女の白い手が髪を除けた。
まるで一つの絵画の様な光景が俺達の目の前に広がっていた。その神秘さと静謐さを合わせ持った空間に呑まれたのか、俺はついそこに足を踏み入れることを躊躇して二の足を踏んでしまう。
「志乃ー」
「………」
そして芸術を理解しない女がずけずけとその空間を一瞬でぶち壊して。
声に気付いた彼女が面を上げて俺達ヒナヒナを見る。目が合った。ふにゃりと、先程までの真剣な表情は影も形も無くす。
「何読んでたの」
「わ」
後ろからヒナにのしかかられて、志乃が堪らず声を上げる。顔を顰める志乃に窘められ、ごめんごめんと空々しい謝罪を口にするヒナを見ながら俺は机に置かれた表紙をチラリと覗き見る。
と、直後、極々自然な動きで本を持ち上げた志乃がその胸に本を抱えてしまい、タイトルがうまい具合に隠れてしまった。
…一瞬確かに“恐怖”って文字が見えた気がするんだが俺の気の所為だろうか。
「戻してくるね。ちょっと待ってて」
「あいあい。あ、じゃああたしも行く」
「よいよい」
そう言うと志乃とヒナは連れたって棚の奥へと引っ込んでいく。
ちらりと棚の分類を確認する。…ふむ、題材的にホラーって感じではないな。そっち系は反対側だしやっぱり気の所為か?
そうして、しばらく待ちぼうけて。…すぐそこの割には妙に時間かかるな。
「お待たせ」
「っおう」
何故か反対側から二人が戻ってきた。
「司書のお姉さんとちょっと話こんじゃった」
「…そうか」
まぁ、そういうこともあるか。
「寂しかった?」
「まさか」
「そっか」
そんな繊細な訳あるまいに。直後、ドスッと横からくり出された鋭い肘が俺の脇腹につき刺さる。
思わず呻きながら横を見れば、眉間に皺を寄せたヒナの姿。
「何だよ」
「そういうところよ」
「何だよ…」
何がだよ。
■
「ここのクレープがね、最近人気なのよ」
楽しそうに、和気藹々と。一人で姦しさを作り出せるかしまし女の後に続いて、連れてこられたのは駅前の広場。
その一角に停まる移動販売車の前は中々繁盛しており、目に見えて人が多い。
「へぇ」
「という訳で」
「ん?」
「あたしイチゴ」
「じゃあ私も。あ、チョコも」
「は?」
「よろー」
「わ」
そう言うとさっさと向かいの衣料品店に歩き出すヒナと腕を抱かれ連行される志乃。
それを呆然と見送った後、ゆっくりと後ろを見る。夕方にも関わらずそれなりの長蛇の列。そしてこの暑さ。
「…なるほど」
そういうことかい。
大きな溜息を一つ吐いて、俺は最後尾へと歩を進めた。
■
「ん〜美味しい」
「ね」
「それは重畳…」
公園にて。ベンチに座って汗を拭いながら、呑気にクレープを堪能する二人を俺は恨めしげに眺めていた。
「怒んないの。志乃のためよ」
「ありがとう賢くん」
「おう…」
あっつい。俺もとっととアイスを付けてもらったクレープに齧り付く。
冷たい。そして果物の甘さが俺に安らぎを届けてくれる。っぱ時代はクレープよ。
「賢くんは何味?」
「バナナ」
「美味しい?」
「ああ」
いつの間にか俺の前にしゃがんだ志乃が、頬杖をついてニコニコと俺を眺めている。
…………
「イチゴも美味しいよ」
「……そうか」
「うん」
……………
すっ。
「………何だよ」
「一口くーださーいな。もちろん、こっちもいいよ」
差し出されたイチゴクレープを一瞥する。…上部は志乃が既に口をつけている。これを口にするということはつまり。
「いらない?」
「ぅ………」
ニヤニヤ。その横にいるであろう女から凄く癇に障る気配がする。
「ほら」
「わーい」
そして俺は大人しくそれを差し出した。俺の手には先程まで志乃が食べていたイチゴクレープ。
「………」
視線だけを動かして志乃を見る。
「♪」
笑顔で俺のバナナを頬張る彼女に躊躇いなど微塵もない。…決して変な意味ではありませんよ。
彼女と手元を、視線が何度か行き来して。
「はぁ…」
結局、俺が意識し過ぎなんだろう。どことなく遣る瀬無さを感じながら俺もクレープを口にする。イチゴとチョコの甘い香りが鼻を突き抜けた。美味い。
「ん?」
気付けば、志乃がじっと俺を見つめていて。
「どうした」
「んーん?」
「ほれ」
「はい」
同じタイミングで互いのクレープを差し出したことに、思わず鼻を鳴らしてしまう。
そして、戻ってきたマイクレープを眺める。
「…………」
志乃は既にヒナの方へと振り返っており、その顔は見えない。
そして確かにそこにある、俺のとは違う小さな歯型。
「…変態かっつの」
色々と誤魔化す様に。俺は残ったクレープを大口開けて次々と放り込む。
…放り込み過ぎて汚いハムタロサンさんみたいになってしまったが、ご愛嬌ということで一つ。
「で、どう?志乃」
「うん」
「…ん?」
必死に咀嚼する中、繋がりが読めない話題が聞こえてきてそちらに目を向ければ、二人が肩を寄せ合って何やら頷き合っている。
「てことは…?」
「覚えた」
「つまり?」
「作れる」
は?
「さっすが志乃!そこにしびれるあこがれる〜」
「どや」
「ええ……」
俺の幼馴染はア◯ビス神か何か?
日々謎の進化を続ける幼馴染に思わず戦々恐々する、そんな日々の一幕だった。
「おや志乃さん。顔赤いの直りませんね?」
「気の所為じゃないかな」
「そ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます