第40話 昼のスパルタと夜のスパルタ
飛竜の言うのはこの世界の移動方法の中でも最速だ。
馬車であれば一月はかかる道中でも三日で辿り着き、俺たちはセリカの実家があるエシュリオン帝国レオニダス領にやって来ていた。
夏休みに入る前から事前に来訪予定は手紙で伝えていたがどうなるか……。
そう思っていたが、飛竜を止めるスペースも用意してくれているので、どうやら歓迎してくれるらしい。
セリカと手を繋ぎながら飛竜から降りると、レオニダス領の騎士たちが整然と並んでいる。
質実剛健という言葉を体現するようなそれは、格好良いと思った。
「そういえばクロード、なんで最初がうちなんだ?」
「ん?」
「こういうときは普通家格の高いところからだし、それならレオナやシンシアの方が上だろ? 」
「いや俺、こういうの家格で順番とか決める気ないし。対外的にはレオナが正妻するけど、みんな同じだけ愛するつもりだからな」
これが小国だったら別だが、オルガン王国は大陸随一の大国。
その姫が嫁いだのに正妻でない、というのはあまりにも外聞が悪いので、そこは仕方ない。
それにセリカもオルガン王国に次ぐ大国、エシュリオン帝国の伯爵令嬢。
彼女以上の家柄の人間など、わずかしかいないくらいには上位貴族だ。
繋いでいた手を離し、抱き寄せるように腰に回す。
「ちゃんと全員幸せにする。それが俺の責任だから」
「……うん」
世界の命運を背負う責任に比べれば、なんてやりがいのある責任だろうか。
なんかヤバいことがあってもソルト王が解決してくれるし、これ以上この世界で大変なことなんて起きないだろうから全力で謳歌させてもらおう。
執事に案内されて馬車に乗り、やって来たのはレオニダス伯爵領の大都市スパルタ。
ゲームだと遠くて舞台にならなかった国だが、いやもう名前だけで中々怖い部分がある。
そしてこの世界では実際、スパルタの精強さは大陸中に広まっていた。
数万の敵軍を三百人で倒したと言われると誇張に聞こえるが、実際この世界ではあり得る話だ。
もし本当に大陸で戦争が起きるとしたら、オルガン王国にとって最も危険な勢力の一つと言えるだろう。
まあそれも、俺とセリカの婚約があれば可能性もほとんどないと思うが……。
「あ、そういえばクロードに言い忘れてたんだが」
「ん?」
「うちってアタシのことを溺愛してるから、ちょっと大変かも」
その言葉の意味を、このあと俺は実感する。
案内人が明らかに城から離れていくから、嫌な予感はしていたんだ。
連れて来られたのは闘技場。
そこで待ち受けていたのは、極限まで身体を鍛え上げてきた上半身裸な十人のマッチョたち。
「我らのリカちゃんを奪おうって不届き者は貴様か!」
「リカちゃんが欲しければ!」
「我らレオニダス十兄弟と各部隊三十人を倒してから行け!」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ」」」」
立ちはだかるセリカの兄たちが各々が武器を持って襲いかかってくる。
「多い多い多い! あとどいつもこいつも普通に強えぇぇ!」
一騎当千、というような戦士達が三百人。
これまで戦ってきた学生たちとは比べものにならない敵が迫ってくる。
そちらもやっかいだが、なによりもセリカの兄たちが強い。
一人一人がオルガン王国の騎士団長クラス。
つまりゲームでは終盤に出てくるボスクラス。
カルラ姉さんほどじゃないにしても、今の俺をして簡単に倒せる相手ではない。
なんだよこれ、いきなりボスラッシュって最悪だろ!
あと見た目がいやだ!
「魔術を使うなど軟弱軟弱ぅぅぅ!」
「我らに認めて欲しければ身体をぶつけるが良い!」
「それが出来ぬ男に、リカちゃんを渡しはしないぞ!」
俺はセリカを嫁にすることを認めて貰わないといけないのに、そんなことを言われたら魔術使えねぇじゃん!
「……くそがぁぁぁ! 俺はリカちゃんを幸せにするって約束したんだ! やってやんよぉぉぉ!」
「お前らみんなアタシをリカちゃんって呼ぶなよぉぉぉ!」
拳を握り、上半身マッチョの男たちに向かって飛び出した。
そして――。
「か、勝った……」
三百のスパルタ兵を倒し、セリカの兄であるレオニダス十兄弟を下した俺が天に腕を上げると、周囲から大歓声が巻き起こる。
声が野太いなぁ……。
「見事……」
「貴様なら、我らの大切なリカちゃんを任せられる……」
フラフラになりながらも立ち上がり、十兄弟が一人一人ハグしてくる。
汗が凄いし筋肉が凄い……。
だがこれも通らなければならない試練だと思い、俺も同じようにハグしていく。
「皆さんが本当に大切に想っているのはよくわかりました。これからは俺が彼女を幸せに――」
「まだだぁぁぁ!」
ドン! と地面が揺れる。
叫び声がした方がを見ると、より屈強な一人の兵。
「「「親父!」」」
「親父ぃ⁉」
ってことはあれがセリカの父親でレオニダス伯爵か⁉
てかまだ出てくんの⁉
「ワシのリカちゃんは、絶対に嫁に出んぞぉぉぉ!」
「威圧がカルラ姉さんくらいあるんだがこれマジで魔術無しでやんのかよぉぉ!」
「ワシはそんなこと言わん! 全力でかかってこぉぉぉい!」
あ、それなら魔術使っても良いのか。
とはいえ、認めて貰いたいならせめてステゴロだろう。
というわけで身体強化だけを全力で施して――。
「娘さんを、俺に下さいぃぃぃぃ!」
「誰にもやらぁぁぁん!」
俺とレオニダス伯爵、二人の顔面に同時に拳が突き刺さり、戦いが始まった。
そして結果は――。
「む、無念……これはもう、認めるしか……」
そう言ってレオニダス伯爵は倒れる。
「勝った……」
かつてないほどボロボロになったが、勝利を掴んだ俺はセリカのところまで歩いて行くと、観客席から飛び込んできた彼女を受け止める。
「クロード! 大丈夫――ん⁉」
衆人観衆の中でキスをすると満足感が凄すぎて、このまま死んでも良いかもしれない。
セリカがバンバンと背中を叩いてくるが、ちょっとご褒美が欲しいから離す気は無かった。
しばらくずっとキスを続け、口を離した頃にはセリカの顔はもう恥ずかしそうに真っ赤になって瞳も潤んでいる。
「おま、ばかぁ……」
「これで正式に俺の婚約者だな」
「ん……それは嬉しいけど……」
ああ、可愛い。
今日の夜は我慢出来そうにないなこれ。
俺を認めてくれた兄弟たちから歓待を受け、そのままセリカと夜のスパルタを楽しむのであった。
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