第23話 カルラ姉さんと二人きりで……
翌日、俺はカルラ姉さんに呼び出されて説教室に連れ込まれた。
「さてリンテンス、なぜ私が怒っているか、わかるか?」
「えっと……俺が危ないことして心配してる、とか?」
「たとえ空から隕石が堕ちてこようと、どうせ生き残る貴様を心配しない」
おかしいな。まるで人外みたいな言い方だ。
そもそもこの人だって隕石が堕ちてきたらぶった切るくらいしそうなのに。
「心配してくれないカルラ姉さん、酷い」
「学園内ではブルーローズ先生だ」
ぎろりと睨まれるが、個室なので授業中よりは張り詰めてる空気が緩い。
「学園で恋愛するのは大いに結構。せっかくの青春だ、存分に楽しめ。神童などと呼ばれてきたが、お前が尋常でない努力をしてきたこともずっと見て来たからよく理解しているし、ようやく得た平穏をお前には楽しむ資格がある」
「ですよね。あいた!」
自然に同意したら拳骨された。
「調子に乗るな。力を好き勝手使って良い理由にはならないぞこの馬鹿者が」
「うぐ……」
カルラ姉さんとは八歳のときに出会い、すでに七年の付き合いだ。
俺の魔法の師匠はソルト王だが、公務で忙しいため実際に細かいところを見て来たのはこの王国最高戦力であるブルーローズの称号を持った彼女である。
そんなこともあり、俺にとっては本物の姉のようで、怒られるとどうしても逆らう気が起きないのだ。
「王にも無闇に力を使うなと言われてるだろうに……答えてみろ、お前が力を使うときは?」
「自分の家族や仲間が傷つけられたとき……です」
「そうだ。敵には鉄槌を、味方には祝福を。強き力を持った者は自分の力を抑える義務がある。まあ、貴族のほとんどはそんなもの守らないやつらばかりだがな」
呆れたように溜め息を吐くが、まあ気持ちはわかる。
大抵の男子は権力の低い家柄の女子を手籠めにしようとするし、女子は女子で裏での内部争いと権力を笠にした対応が酷い。
たまにミリーから聞くそれは、男の俺からしたらわけがわからずドン引きしてしまうような事もたくさんあった。
「まあお前もレオナ王女に目を付けられてるから仕方が無いが……はあ、王にどう報告したものか」
本質的に苦労人タイプのカルラ姉さんは、アンニュイな溜め息がよく似合う。
「さっさとチクって手綱を握れる男と婚約させちゃおう」
「そんなこと言ったら、お前が婚約させられるぞ」
「解せぬ……」
なんで俺なんかのことそんなに気に入ってるんだよ。
王様なんてデメリットさえなければ、見た目最高であの性格もなんか可愛いからすぐ婚約者にするのに。
「とりあえず、不意打ちなんて下らないことはもうするな。自分の品位を下げるだけだ」
「わかったよ。この派閥戦争には参加するけど」
なにせ放っておくとトラブルの元だからな。
俺は危険予知活動に余念がない男だから、潰すやつは先に潰しておきたいのである。
「なにをそんなに拘ってる? ミストラル公爵令嬢と恋人になったんだから、学園を楽しめば良いじゃないか。過去はもう返ってこないのだぞ」
「俺はね、この学園で出来るだけたくさんの婚約者を手に入れたいんだ」
カルラ姉さんには嘘が吐けないから、今までずっと黙ってきた事実を伝えると、唖然とした顔をする。
そして理解出来たからか、頭を抑えて悩ましい顔をした。
「つまり、この派閥戦争はそれを目的に?」
「元々は参加せずに潰すだけのつもりだったけど、この状況になったならとことん利用させて貰うよ」
「お前をそんな風に育てた覚えはないが……いやだが、国の将来のことを考えたら……」
ごめんね、育てられる前に出来た性格なんだこれ。
カルラ姉さんは未だに過去の婚約者に操を捧げているので、こういうことにはちょっと弱い。
ただ国を思う気持ちは誰よりも強いので、納得はしてくれそうだ。
「つまり、結局のところ自分の欲望のために争いを過激化させるということか」
腰に差した剣をチャキッと音を立てさせながら持つ。
ヤバい……色々と悩んだ結果、結構本気で怒っているらしい。
「ま、待った! そもそも俺がなにもしなかったらこの派閥争いの未来が危ないから、俺が参入してるだけだって」
「ほう……続けろ」
咄嗟に口に出た適当な言葉だが、ここで止めるわけにはいかない。
必死に脳内をフル回転させながら、言葉を紡いでいく。
「こ、これまでは四天王の四人で拮抗してたけど、ここからはそうはいかない。レオナ王女が集めた派閥が最大になると、他の四天王たちも危機感を覚えるからだ」
そうしてこの後に待っているであろう状況を説明する。
四天王たちはそれぞれ考える。
レオナ率いる反リンテンス派を倒すにはどうしたらいいか。
これまで二学年のほとんどは四天王のどこかの戦力に入っていたが、それも奪われ初めている。
これ以上弱体化すれば、レオナに一気に呑み込まれてしまう以上、動くのは早い方が良い。
その結果、本来は三年生まで待たれていたはずの四天王同士の戦いが早まる。
勝てば戦力が増強され、どこか一個を奪えばそのまま他の二つを倒せば良い。
そうすればいくら反リンテンス派が強大でも、所詮は烏合の衆。
倒せない道理はない、と考えるだろう。
「それはわかる。だがそこにお前が介入する必要はないだろう」
「いやいや、キモは反リンテンス派だ。あれは俺を倒すために集められてるんだから、どんどん大きくなる」
「お前が噂を流すなどして裏で糸を引いていると聞いたが?」
げ、そんなことまで掴んでるのかよ。
まあそれは事実だが、それはそれ、これはこれ。
「奴らの目的は俺を倒すことだけど、もちろん倒せるはずがない。となると戦力増強のために二学年たちを吸収しようとするし、タイミングによっては上手くいくだろう。そしたら出来上がるのは、かつてない規模の大派閥」
「……」
「それを率いるのはレオナ王女。目的はともかく、それぞれの国からしたら、これは明確な侵略行為だ。なにせ大国の王女が、それぞれの貴族家を従えるんだから。各国は危機感を覚えるし、下手したら大陸の未来を歪ませて世界大戦が始まりかねない」
「まあ、一理あるな……」
よし。カルラ姉さんは戦いこそ否定しないが、戦争反対派だ。
実際ありえない未来ではないからこそ、納得してくれた。
「というわけで、俺の出番だ。俺の目的は学園の可愛い女の子たちを婚約者にすることだけだし、派閥争いには興味がない。厄介な反リンテンス派は潰すけど、あとは適当に弱らせながら勢力を維持していけば、誰も辛い思いをしないってことだね」
畳みかけるように早口で話してしまったが、これで納得してくれるだろう。
だってカルラ姉さんは結構チョロ……いやそんなことを思っちゃ駄目だな。
「……お前の言い分はわかった。まったく、昔は可愛かったのに口ばっかり達者になって……」
呆れた感じだが、ちょっと表情が優しげだ。
まあ先ほどまでの言葉も、俺のことを心配してのことだろう。
「やるからにはしっかり収めてみろ。中途半端は許さんぞ」
「つまり、片っ端から可愛い女子を手に入れろってことだね……あいた」
また拳骨を食らった。
俺は大抵の攻撃にはダメージが入らないはずなんだけど、カルラ姉さんのは妙に痛い。
「レオナ王女が満足するまで付き合ってやれということだ。事の発端はあの方なのだからな。間違っても、世界大戦が始まるような真似はしてくれるなよ」
「了解」
反リンテンス派なんてものを作ってくれたんだから、仕返しはしっかりやってやるさ。
――しかし恋人か……私もいつまでも過去を引き摺らず、前を向くべきなのだろうか……?
説教室から出たとき、そんな声が背後から聞こえた。
それを俺は聞こえない振りをして、そのまま廊下を歩く。
しばらくすると、見覚えのある男子生徒が駆け寄ってきた。
アイアン子爵のところの……名前は忘れたがブロウみたいに女子生徒を襲っていた主犯格の一人だ。
こいつもいつの間にか俺の派閥に入って、そこそこ動いていたみたいだが……。
「リンテンス様! ご報告があります!」
「どうした? というかそういうのはブロウの役目じゃ――」
「ブロウは前線を維持するために残ったため俺が来ました! 突然ニ学年のやつらに襲いかかられ、追い詰められています!」
慌てた様子で声を上げるが、どうやら派閥戦争のルールを無視して襲いかかってきたやつらがいるらしい。
「……相手はどこだ?」
「オウカ・イガラシ率いるサムライ・イガラシ派です! やつら、リンテンス様がいないところを強襲してきて……」
なるほど。たしかに原作通りの彼女なら、そういうこともするか。
「案内しろ」
「は、はい!」
一学年と二学年の実力差を考えれば、どこまで保つかわからないが……。
俺の身内に手を出したこと、後悔させてやろう。
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