第8話 ヒロインに全力で結婚を申し込む

 神聖ミューズ魔法学園があるのは大陸中央、ファーフナー皇国。

 大陸中から貴族が集まり、魔法と貴族社会を学ぶための超名門校である。


 魔法を学ぶ、という部分に関しては若干形骸がしてしまったこともあるが、それでも貴族の子がここを卒業するかしないかでは、その後のキャリアに大きく変わってくる。


 集まるのは土地を持たない男爵家から王族まで様々。

 そんな中で生徒会長という学生の頂点に立つのは、ある意味で王族と婚姻関係を結ぶよりも難しいだろう。


 その偉業を成し遂げた者こそ、この目の前の白銀の少女――シンシア・ミストラル公爵令嬢なのである。


 ちなみに彼女と話したことはないが、同じオルガン王国の有力貴族なので名前と顔は知られているだろう。


「クロード様。リンテンス家の神童とも言われた貴方が、これはいったいどういうことですか?」


 声可愛いな。

 あとちょっと怒った感じにつり上がった目も可愛らしい。


 元々清楚系美少女という感じで、バリバリのキャリアウーマンとうよりは優しげな大人のお姉さんという感じで、可愛さが先に出てきてしまう。


 ちょっと悪いことして「クロード君、めっ」って怒られたい。


 いや怒られてるんだからもうちょっと真剣に聞いた方がいいと思うんだけどさ。

 でもめっちゃ可愛いのよ声。


 大きい声を出しているわけじゃないのに、何故か耳にすっと入ってくる感じ。

 聞かないと行けないような、そんな気分にさせられる。

 

 これが生徒会長のカリスマか……。


「……あの、聞いていますか?」

「ああ、申し訳ありません。シンシア様に見とれてました」


 俺は一度謝罪をすると、土下座をしている男たちの横を通って彼女に近づく。


 鼓動が周囲に聞こえるんじゃないかというくらい煩く、こんなに緊張しているのはソルト王と謁見をしたとき以来かも知れない。

 

 原作ヒロインはもちろん特別だと思っているが、それでも『だから』絶対に手に入れたいと思っているわけじゃない。


 やはりシンプルに可愛い女の子であることと、性格が良いとわかっていることが一番の理由で、そこにせっかくこの世界に転生したのだから、という部分が足されて余計に魅力的に思えているだけだ。


 だからもし性格が合わないとかであれば、もちろん普通の学友、もしくは見知った相手レベルの付き合いになる。


 ――そう思っていた。


「っ――」


 入学式で見たときも、一目で惚れてしまった。

 そして今、シンシアを間近で見ると、運命を感じてしまった。


 もうこれは遺伝子レベルで刷り込まれたものだ。

 俺という存在が、彼女と繋がることと本能で求めている。


 膝をつき、彼女の手を取って俺は見上げ――。


「結婚してください」

「事情を説明してください」

「あ、はい」


 めちゃくちゃ冷静に返されて、俺は我に返った。




「つまりクロード様は立場の弱い女子生徒たちを守っていた、ということですか」

「はい。学園ではこういったことが横行していると王妃様から伺っていたのですが……嫌いなんですよ、こういうの」

「……」


 結果的になんか変な組織が生まれてしまったことまで説明したところで、シンシアは考え事をするため黙り込む。


 こうして見ているだけでも眼福すぎるが、正直背景の絵面がちょっと嫌すぎる。

 なにせ男たちが土下座をしたままなのだから。


「……おいお前ら。明日からまた働いて貰うが、今日はもう帰って良いぞ」

「っ――⁉ は、はい!」

「これからよろしくお願い致します!」


 そうして立ち上がって、恐る恐る去って行く。

 さすがにこれで、女子生徒に強姦するようなやつはもう現れないだろう。

 

 まだ俺の怖さを知らないやつが明日以降も動くだろうが、それは全部叩き潰して終わりだ。


「……クロード様、誤解をしてしまい申し訳ありませんでした」

「気にしないで下さい。あの光景を見れば仕方が無いことです」


 なにせ男子生徒たちを土下座させて並べ、その前に立って笑っているような姿を見て、誤解するなと言う方が無理だろう。


 むしろ彼女の美しい瞳を汚してしまい、申し訳なさすら感じる。


「いいえ、やはり謝らせてください。新入生たちが受ける被害のことは知っていましたが、これまで見て見ぬ振りをしてきたことも……」


 シンシアは悔しそうな、もしくは泣きそうな表情を見せる。

 生徒会長として、このような蛮行をずっと見過ごしてきたことに対して、思うことがあるのだろう。


「そっちも気にしないでください。そもそも勘違いしちゃいけないのは、これはこの世界では普通のことで、俺がやってることの方がおかしいんですから」


 権力がなによりも重要視されるような世界だ。

 少なくとも、王が貴族に死ねと言えば三代先まで遡って首を斬られるし、貴族が平民を奴隷のように扱うのも普通にある光景。


 そんな中、シンシアのように理性を持って人として動ける者もいれば、ブロウのように獣のようになる者もいるという話。


 しかしこの獣になること自体、貴族としての特権でもあり、この世界では普通のことだった。


「ましてやここは各国の権力者が集まる学園ですからね。教師ですら手が出せないのに、生徒会長とはいえ一介の生徒ではどうにもならないでしょう」

「ですが貴方は、こうして動いたではありませんか」

「それは俺が……変なやつだからですよ」


 少しおどけたようにそう言うと、彼女はキョトンとした顔をする。

 そしてすぐにクスクスと笑い出した。


「変な人、ですか……ふふ、それはたしかにそうかもしれませんね」

「あ、笑うなんて酷い」


 あと可愛い。


「だって、力のない女子たちを守るために入学してすぐ行動したんですよ。もっと自分のことを称えても良いのに、よりによって変な人を名乗るなんて変な人ですよ」

「あの土下座は俺の趣味じゃないですけどね」

「ふ、ふふふ……」


 先ほどの光景を思い出して彼女も止められなくなってしまったのか、しばらくずっと笑い続ける。

 事情を知らずに見たら最低の光景だが、内情を知ればなかなか滑稽なのだろう。


 しばらく笑った後、シンシアは涙を拭いながら微笑んでくれた。


「たしかに貴方は変な人ですね」

「変な人は嫌いですか?」

「いいえ。貴方の行いは正義で、好感を覚えます」


 よし! 突然やばい光景を見られて睨まれたときはどうなるかと思ったが、結果オーライ!


「それじゃあ事情も説明出来たし、先ほどのお返事を」

「え?」


 なんのことかわかっていなさそうだが、俺としてはこの機会を逃すわけにはいかない。


「結婚してください」

「ちょ、え、えと……その、あの場を誤魔化すために言ったんじゃないんですか?」

「違いますよ。入学式で一目見て、ずっと婚約者になって欲しいって思ってたんですから!」


 もっと言えば、生まれる前から愛してたけど。


 俺はシンシアの目を真っ直ぐ見つめる。ここが勝負所だ。絶対に逸らさない。

 

「この目が嘘を言ってるように見えますか⁉」

「う、うぅぅー。み、見えないけど、でもぉ」


 シンシアの口調がちょっと言葉が崩れてきていた。

 ゲームでも普段はしっかりもののお姉さんという感じだったが、こうして押されると弱くなってしまうのは健在だな。


 俺の視線に耐えきれずに逸らし、瞳をキョロキョロさせながら恥ずかしそうに髪をいじっている。

 超可愛い。


「わ、私たちはまだ出会ったばかりだし、お互いのことを知らないと、その……」

「わかりました! それじゃあ俺のことを知ってください!」

「え?」


 俺はもうシンシアのことを知っているが、彼女は俺のことを知らない。

 つまり俺のことさえ知って貰えればオッケーということだ。


「今週末、学園が休みの日にデートをお願いします!」

「はい⁉」

「やった!」

「あ、いや今のは驚いただけで……」

「え……?」


 俺が絶望したような表情をすると、シンシアは気まずそうな顔をする。


「う、うぅぅ……クロード様はその、本当に私と結婚したいと思っているんですか? だって私、結構無骨ですし、その……」

「もちろんです! 学生だから婚約からでしょうけど、可能なら今すぐ婚約したいくらい愛してます!」

「な、なんでこんなに真っ直ぐ……でもこんなに自分の想いを伝えてくれる人は今までいなかったし……それにこの子ならもしかしたら……」


 まだ悩んでいるのは多分、彼女の婚約者になる予定だった男のことを考えているからだろう。


 典型的な悪役貴族でゲームでも敵として登場し、色んな悪事を働き主人公たちを苦しめた。

 シンシアルートの中ボス的な存在で、権力、実力たしかに厄介な存在ではある。


 公爵令嬢である彼女が悩む程度には家の力も大きいが……こっちだって家の規模で言えば負けていない。

 なによりバックにはラスボスの王様が控えてんだ。


 俺の恋路を邪魔するなら、正面から叩き潰してやる。


「シンシア様……俺は強いですよ」


 彼女の事情を知らないことになっているから、これだけしか言わない。

 両手で彼女の剣ダコの出来た手を握り、もう一度真っ直ぐ見つめた。


 ――あ、この子の手……。


 それで俺の想いは伝わったのか、俺の手を見て彼女はそう呟く。


「そしたら……週末空けておきます……」

「おっしゃぁ!」


 念願だったデートの約束を取り付けた俺は、もはや外面を取り繕うことすら忘れ本気でガッツポーズをしてしまう。

 だがいい。本当に嬉しい!


 こうしてはいられない、さっそく学園外のデートについて調べないと!

 たしかブロウがこのファーフナー皇国出身だから、色々と調べればいいだろう。


「それじゃあシンシア様。外までエスコートしますね」

「あ、はい……よろしくお願いします」


 彼女の手を再び握り、俺はそのまま倉庫に出て彼女を寮まで送り届けた。

 高嶺の花だった彼女のファンが多かったのか、それともあの悪役貴族の件か、色んな視線を感じたが知ったことではない。


 俺はこの世界に来てから今までで一番って言えるくらい最高の気分でその日を終え――。


「おらぁぁぁ! この獣どもがぁぁぁ!」

「「「ぎゃぁぁぁぁ⁉」」」


 翌日、翌々日とアホな貴族たちを成敗するのであった。

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