第10話 シンシアと初めてのデート

 神聖ミューズ学園はファーフナー皇国が誇る大都市――水の都リンディウムに存在する。


 大陸中央を横断するリンディス河から引いてきた美しい水が都市中を巡り、白を基調とした通路や壁に太陽を反射して煌びやかな雰囲気。

 住民が日常的に歩く場所にはゴミ一つ落ちておらず、徹底された衛生管理が為された都市。


 その美しさから各国の王族も訪れる、観光名所としても名高い都市だ。


 また大陸中から貴族の子弟が集まる街ということもあり、皇国が誇る聖騎士団が都市を巡回し、最も治安が良く安全な街と言えよう。


「ほとんどの貴族にとってここは母校だし、この都市を戦場にするやつはいないからなぁ」


 定期的に戦争が起こる世界ではあるが、この街は城壁に守られていない。

 それはすなわち、ここが大陸中の貴族、王族にとって不可侵の場所であることを意味していた。


「ちょっと早すぎたか……」


 同じ寮に住んでいるとはいえ、今日はシンシアとの初デート。

 雰囲気を出すため待ち合わせは街でしようと約束し、俺は中央広場の時計の前に立つ。


 約束の一時間前からいるのだが、何度かここを通る人から待ちぼうけを食らった可哀想な人の目で見られてしまった。

 まあ仕方が無い。万が一でも彼女を待たせるわけにはいかないからな。


 あと三十分。緊張して待っていると……。


「え⁉ クロード様⁉」


 俺の姿に気付いたシンシアが驚いた表情をした。

 白のワンピースの上から蒼色のカーディガンを羽織った彼女は、誰もが手を伸ばして届かない、そんな深窓の令嬢にしか見えず、とても美しい。


「もう到着されていたのですね」

「先ほど着いたばかりですよ。シンシア様とのデートが楽しみすぎて、早く来てしまいました」

「そ、そうですか……」

「私服姿を見るのは初めてですが、よくお似合いですよ」


 にっこりと微笑むと、彼女は少し照れた顔をして顔を伏せる。


 恋愛の師匠であるリンディス王妃から、女性には真っ直ぐ想いを伝えるのが一番大切だと聞いていた。


 実際、この世界の貴族の女性たちにとって最大の娯楽は観劇だ。

 特に恋愛系の劇は大人気で、各国の王都で開催できるような劇団は大貴族と変わらぬ扱いを受ける。


 まあ俺自身はそこまで劇に興味があるわけではないが、その影響もあってストレートな言葉が一番相手の求める言葉になる、という理屈は理解出来た。


 だから俺は言葉を飾らず、遠回しにせず、まるで劇団員になったかのように彼女の手を取る。


「行きましょうか。今日はシンシア様に俺のことを知ってもらうための日ですが……それ以上に貴方に楽しんで貰いたい」

「……はい。よろしくお願い致します」


 我ながら気障な雰囲気過ぎるが、感触は悪く無さそうだ。


 この世界に転生して、大貴族の家の人間として育って十五年。

 そのうち、ソルト王の側近として色々と王国内部で動いていたこともあり、こんな所作もまあ、慣れたものである。



 今日は良い天気だったのが幸いした。

 しばらく美しい街を散歩をしながら、お互いのことを話していく。


「実はリンテンス家の神童が学園に入学すると父からも伺っていたので、どんな人なのか気になっていたのですよ」

「神童、なんて俺には過大評価ですよ。両親がちょっとはしゃいでいただけです」

「ですが、三歳で魔法を自在に操り、五歳ですでに新たな領地運用の基盤を作ったと」

「あー……それはかなり誇張されています」

「そうなのですか?」


 隣を歩くシンシアが首を傾げる。

 男なら見栄を張ってなんぼだと思うが、さすがに魔法を自在に操るなどは言い過ぎだった。


「ええ。魔法は奥深いものです。今の俺でもまだ極めたというにはほど遠いのに、三歳で自在に操ったは言い過ぎすぎですね」

「しかし八歳であの英雄王ソルト様に認められたのは事実ですよね?」

「弟子にはされましたね」


 まあ実際、それが俺の神童という地位を盤石にする決め手になったわけだが。

 ソルト王は魔法使いとして史上最高の天才とまで言われていて、大賢者と呼ばれるような相手すら教えを請いに来たらしい。


 それでも彼の弟子にはなれず、誰一人認められることがなかった。


 そんな中、まだ幼い頃の俺が弟子になったと王宮で広まり、そして神童というのがただ親馬鹿ゆえの言葉でなかったということで、貴族界隈に広まったのだ。


「領地運用の基盤を作ったというのも、別に大したことしたわけではありませんよ。たまたま本で見た知識を伝えただけですし、子どもが言ったから珍しいだけで、専門家がきちんと精査すれば誰でも出来た話です」

「謙遜が過ぎますよ。未知に対して最初の一歩を踏み出すことがみんな恐ろしく、間違えることを怖がります。だからその先に足を踏み出せる貴方はやはり神童だったのです」

「はは、ありがとうございます」


 シンシアはそう言ってくれるが、まあ俺の場合前世で答え合わせが終わったあとのことを提案してきただけだから、そこまで言われると少し申し訳なさも感じてしまう。


 当時は自分がこの世界のイレギュラーであることを自覚していたので、あまりやり過ぎてはいけないと思っていた。


 必要だったのは神童という言葉だけということもあり、必要最低限の知識を両親に提案したのだ。


 逆に魔法関係はもう手加減なしで、赤ん坊の頃から魔力を練り続けてきたこともあり、かなり多い。

 というより多分、現時点で世界最強クラスだと思う。


「俺は領地経営より、魔法を極める方が楽しくて良いですね」

「私も魔法は好きですよ。王宮作法を覚えるよりも……」


 少しだけ暗い声。

 公爵令嬢ともなれば、王族に嫁ぐために色々と勉強してきたはずだ。

 特に王妃となる場合、自国の作法だけでなく他国の言語、その文化なども必要で……。


「シンシア様はまだ婚約者はおられないですよね?」

「はい。ですけど……」

「っと、失礼しました。こんな話を外でするわけにもいきませんし、お店に入りましょうか」


 元々予約していた店に着いたので、中に入る。

 公爵令嬢と侯爵子息の二人ということもあり、貴族御用達で防音にも優れた個室を選んだ。


 食事が来るまで、そのままシンシアと話し、知っていることを摺り合わせていく。


「学園を卒業したら、私はレーベン公爵家のライゼン様と婚約しなければならないのです」

「公爵家……ですか」


 まあ知ってたけど。

 ライゼン・レーベンはシンシアと同じ三年生であり、まあ女癖の悪い男だが魔法の才能はトップクラス。

 それこそ原作シンシアルートでは中ボスとして登場する程度には実力もある。


 家の権力、そして実力があるからと学園でも好き放題しており、よく正義感の強いシンシアと対立もしていたそうだ。


「正直私は、彼のことを好いていません……ですが王国の未来を考えれば、彼との婚約は必要なことだとも思っています」


 だが現状あまりにも王家の力が強すぎるということもあり、公爵家同士での繋がりを強化したいということで、政略結婚をしようと両家で画策されているらしい。


 オルガン王国は大国だ。

 その上、ソルト王という希代の王が上に立ったら、権力者である公爵家が焦るのもわかるし、貴族の力を上げようとするのも理解出来た。


 まあだからと言って、シンシアを取られるわけにはいかないけどな。


「シンシア様。先日も言いましたが、俺は貴方を愛しています」

「っ――⁉ だ、だからどうしてそんな……一目惚れということは顔と身体が目当てでなのでしょう?」

「それは否定しません!」

「えぇ……」


 いやだってそこは本当だし。

 ただまあそれだけじゃない。俺は彼女の清廉な魂に惹かれているのだから。


「俺は貴方のことを昔から知っていました。その上で、こうして学園で出会い、やはり惹かれているのです」

「そ、そうですか……でも先ほども言った通り、学園を卒業したら私は――」

「ライゼンと婚約? そんなの関係ありませんね。欲しい物は力ずくで奪えと師であるソルト王にも言われましたから!」


 この世界は貴族社会が浸透している。

 つまり、そういう事に対するやり方があるのだ。


「俺はライゼンに決闘を申し込みます。そして勝ち、シンシア様との婚約の約束を破棄させます」

「え……?」


 プライドで生きている貴族たちだ。

 決闘という手段を使えば、大抵のことは通る。


「その後、また俺とデートしてくれますか?」

「で、ですがライゼン様の強さは本物です。彼はすでにオルガン王国の騎士団に内定もしていて、いくら神童と言われる貴方でも三年生の彼には――」

「昨日も言ったじゃないですか。シンシア様……俺は強いですよ」


 だから聞きたいのは、そんな話ではない。


「貴方の瞳を曇らせる敵は俺が倒します。だからもっと、俺を見てください。俺を、知ってください」

「あ、う……」

「決闘に勝ったら、また俺とデート、してくれますか?」

「……はい」


 シンシアは顔を真っ赤にして、そう頷く。

 よし、あとは決闘に勝つだけだな。


 どちらにしても学園で好き放題しているライゼンはいずれ叩き潰す予定だったので、それが早まっただけ。

 さっそく休日明けに、決闘を申し込もう。

 

 まあその前に……。


「今日のデートを楽しみましょう」

「そうですね。ええ、せっかくなのでもっと貴方のことを教えてください」


 少し元気になったシンシアの笑顔は、やっぱり綺麗で可愛いなと思った。

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