第11話 決闘の前、釣り針に引っかかった敵

 シンシアとのデートはなかなか良い感触だったのではないだろうか。

 少なくとも俺自身の見せ方としてはほぼ完璧だったと思う。


 これであとはライゼンを叩きのめせば終わりだ。


「あの、ご主人様。さすがにレーベン公爵家が相手ではそう簡単にはいかないのでは……」

「ん? そう思うか?」

「はい……」


 デートを終えて凝った肩をミリーに揉んで貰いながら、今日の出来事を話したのだが、彼女からは不安げな声。

 

「これまでご主人様が潰してきたのは、たしかに大貴族の方々ですが次男以下で継承権の低い方々ばかり。その上オルガン王国よりも小さな国家でした。対してライゼン様といえば次期公爵であられますし、これまでとは立場も大きく異なります」

「まあそうだな。俺は会ったことないが、たしかにこれまでとは立場の違う相手だ」


 家格だけで見れば、レーベン公爵家はリンテンス家よりも上。

 この二つの家が互いに争えば、それだけで王国崩壊に繋がりかねないほどの規模になるのは間違いない。


「だからこそ、今回は良いチャンスになる」

「え?」

「正直ライゼンのやり方は気に食わないってのもあるけど、実は別件でな。ミリーもあいつの話は知ってるだろ?」

「あ、はい……その、女性を自分の玩具とでも思っているかのような扱いをして……力ずくで手に入れて飽きたら捨てるを繰り返していると。他国の令嬢もかなりの被害に合っているみたいですし……」

「これが結構問題になってるみたいで、どこかのタイミングで潰して欲しいと頼まれてたんだ」


 誰にと言われると、ソルト王とリンディス王妃の二人にである。

 さすがに悪評が立ちすぎているので、そろそろお灸を据える必要があるとのことで、入学前から依頼をされていた。


 もっとも、この情報を回したのが俺なので、仕掛け人は俺の方なのだが。


「相手が公爵家だと相応の理由付けが必要だが、糾弾すると家同士の問題になる。だが、公衆の面前で一人の女性を取り合った正式な決闘であれば、残りの怨嗟は全部俺一人が背負うことに出来るだろ?」

「でもそれだと……ご主人様が恨まれるのでは?」

「恨まれるのが筋書きなんだが、まあソルト王もリンディス王妃もそうならないのがわかってるんだろうな」

「どういうことでしょう?」


 不思議そうにしているミリーを自分の正面から膝の上に乗せると、そのままキスをする。


「ん……」


 ライゼン・レーベンは極悪人だ。

 それはこの『はでとる』というゲームでそういう役を与えられたからであるが、まあそれでもこの世界は現実世界。


 因果応報という言葉があるように、彼にはこれまで自分がやってきたことを存分に後悔してもらおう。


「俺の方が強いってことだよ」


 ボーとしているミリーの唇を離して、俺はそう言い切った。




 決闘を申し込むこと自体はそう難しいものではないが、こちらから仕掛けるのも味がない。

 ただ倒すだけよりも、徹底的に相手が調子に乗っているところを叩いた方がダメージも大きいからだ。


「だ、だからといってこれは、その、必要なのでしょうか……?」

「もちろんです。超重要事項ですよ」

「で、では……あーん」


 今なにをしているかと言うと、シンシアと昼食タイムである。


 彼女が出したステーキが、俺の口に運ばれる。

 美味しい。これまで食べたどんな宮廷料理よりも美味しい。


 恥ずかしがりながらも言ったことをやってくれるシンシア最高である。


「ほ、本当に必要なんですよね⁉」

「信じてください。こうして俺とイチャイチャしているところを見せつけて、向こうから仕掛けさせるのが大切なんです」


 この時点では、まだ公爵家同士の婚約は決まっていないとはいえ、ほぼ確約された未来。

 当然周囲はそのことを知っているだろう。


 現状で俺がライゼンに仕掛けてしまったら、やつは予定を奪われた被害者側になってしまうのだ。

 それは良くない。叩くなら徹底的に、惨めになるまでやる。


 こうして俺とのイチャイチャを周囲に見せれば、婚約の約束が彼女の本意ではないということがまず周囲に伝わるだろう。

 ここは学園だ。貴族社会の縮図であるが、同時に未熟な生徒たちの集まり。


 つまり、家同士の利害のことを頭でわかっていても、感情を優先してしまうのは仕方が無いのである。

 実際、周囲は完全に好奇の視線を向けていて、好意的だった。


 ちなみに、すでの俺の派閥を名乗っているやつらに、シンシア生徒会長はクロード・リンテンスに好意を寄せているという噂を流させて、この機会に外堀を埋めておいた。


「みんな俺たちのことを見てますよ。なにせあの高嶺の花であるミストラル公爵令嬢が、こうして男と一緒にいるのですから」

「う、うぅ……高嶺の花なんてことありませんよ。みんなライゼン様が恐ろしくて声をかけてこなかっただけかと思いますし……」

「じゃあシンシア様は、これまであまり男子生徒とお話されてこなかったのですか?」

「……入学当初はお声がけされることも多かったのですけど、どうやら裏で色々とやっていたようです」

「そうですか」

 

 それで生徒会長になれるだけの人望を得られたのも凄いよな。

 本人の魅力がそれだけ凄かったということなんだろう。


「あのクロード様? どうして私の手を触れるのですか?」

「俺、この手が好きなので」


 本当に努力家だもんなぁ……。

 彼女の掌には剣ダコが出来ていて、かなり硬い。


「こ、こんな女の子らしくない手がいいんですか?」

「だってこれ、努力の証じゃないですか」


 正直俺は、前世だとあまり努力という言葉は好きではなかった。 

 結果が伴わないことが多かったし、努力してもしなくても変わらないことが多かったから。


 だけどこの世界の俺は結果が出た。

 絶対に無理だと思っていた、世界を変えられたのは自信になった。


 だから、努力には意味があると思えるようになったのだ。


「努力が裏切らないとは言いませんが、努力した人のところには幸せが訪れて欲しいとは思ってます」

「……そうですね。私もそう思います」


 俺の言葉に共感してくれたのか、シンシアが微笑んでくれた。


「私も貴方の手は好き、かもしれません」


 最後ちょっと照れたからか、そんな言い方をしているが、俺としては最高の褒め言葉だ。


「おい貴様! 俺のシンシアになに勝手に触れてやがる!」

「あん?」

「っ――⁉」


 おっと、自分でも信じられないくらいドスの聞いた声を出して睨んでしまった。

 そのせいで金髪の如何にも不良のようなガタイのいい男が驚いた顔をしている。


「ああ……ライゼン様。初めまして」

「なんだその舐めた態度は! 俺様が誰かわかってんのか⁉」

「ライゼン様って言ってるじゃないですか。レーベン公爵家の、わかってますよ」


 とりあえず、目標が釣り糸に引っかかった。

 名残惜しいが、仕方が無いのでシンシアの手を離す。


「それで、シンシア様はまだ誰とも婚約をしていないはずでしたが、俺の女とはいったいどういう了見でしょうか?」

「はっ! テメェ一年だからって知らねぇって言い切るつもりか? その女は学園を卒業したら俺様と婚約するんだよ!」

「なるほど。では現時点ではまだ婚約してないということでいいですね?」

「おおよ! さすがに婚約したら遊びも出来ねぇからな!」


 そんな腐った言葉を平気で吐けるのも、こいつ以上の権力者がいないからだろう。

 とはいえ、おかげで食堂内のヘイトはかなり溜まっている。


 舞台は整った。


「ライゼン様。俺はシンシア様を愛しています。だからこそ、その言葉は許しがたい」

「はは、だからなんだ? まさかたかが侯爵家のガキが、この俺様相手に決闘でも申し込むつもりか? そんな――」


 俺がそう言い切った瞬間、空気が凍る。

 それくらい無謀なことをしているのだと思われているのだ。


「……なに?」


 実際、言われたライゼンですら怒るよりも戸惑いの方が大きい顔をしている。


「テメェ、本気で言ってんのか?」

「まさか、ここまで自身ありげに声を上げておいて、逃げるなんてことしませんよね?」

「はっ! 面白ぇじゃねぇか! そいつの前で地面に顔を埋めてグチャグチャにした後、ボロ雑巾みたいに捨ててやるよ!」


 言葉には想いが伝わる。

 それは良いも悪いも、どちらもだ。


 そしてこのライゼンの言葉の悪意は食堂を包み、周囲の生徒たちも気分が悪そうになっていた。

 伊達にシンシアルートの中ボスを張っていない。その実力は本物だろう。


「くくく、楽しみだぜ。学園にいる間に、その女が泣いて俺に懇願する様を見れるなんてなぁ。本当は卒業してから好き放題しようと思っていたが、手間が省けて――」

「黙れ」


 だが、たとえ相手が中ボスだろうと関係ない。

 なにせ俺はこの世界の主人公で、ラスボスに鍛えられた男だからな。


「口でやり合っても仕方ないだろ? 行こうぜ。叩き潰してやるよ」

「な――⁉ このクソが!」


 俺の悪意の篭もった言葉を直接受けたライゼンは一瞬後ずさりしかけ、その高いプライドからか前に踏み出す。


「クロード様……」

「シンシア様、心配しないで下さい」


 抱きしめるのは後。

 彼女を苦しめる原因となる敵を叩きのめしてからだ。


「勝ったら約束通り、またデートしてくださいね」

「……はい」


 そうして、俺とライゼンはギャラリーを引き連れて鍛錬場に向かうのであった。

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