第5話 悪役かませ犬をボコボコにする
殴る、殴る、殴る!
本来こうした集団に対して一人で戦う場合、相手側のリーダーを最初の奇襲で倒すというのがセオリーだ。
だがそもそも、この世界は地球と違って能力の差が大きい。
主人公スペックで子どもの頃から鍛え続けてきた俺が、たかが遊びほうけていたクソガキどもに負けるはずもなく、一人一人順番に殴り飛ばした。
こんなやつら、魔法を使うまでもない。
肉体言語で徹底的に恐怖をたたき込んでやる。
「ちょ、俺は伯爵家の……」
「知るかぁぁぁ!」
「ぐべぇ⁉」
そうして最後に残ったやつも殴ったあと、逃げようとするやつの頭は踏みつけて気絶させていく。
これで意識があるのは、首謀者のコイツだけだ。
「チン……キノコみたいな頭しやがって」
さすがに女の子もいる場で単語を控えたが、このリーダーっぽいやつの頭を一言で表現するならまさにチンコだろう。
それを一端無視して、涙を浮かべながら呆然としているミリーに近づく。
見たところ、下着姿だし多少の暴力は振るわれているようだが、大事な部分は守られているようにも思う。
「ミリー、大丈夫だったか?」
「あぁ、ご主人様……」
「とりあえずこれを羽織れ」
ミリーの制服は無理矢理脱がされたせいかボロボロになっているため、俺の上着を渡す。
そしてすぐ視線をチン――キノコみたいな頭をしたクソガキに向けた。
「あ、あぁぁ……いてぇ、いてぇよぉぉ。ち、畜生ぉぉぉ……っ!」
性懲りも無くまだ逃げようとしているが、そんなことを俺が許すはずがない。
逃げ出そうとしたキノコ頭の首根っこを掴むと、思い切り引っ張って地面に倒す。
「おいクソガキ。人の女に手を出したんだ。相応の覚悟は出来てるんだろうなぁ」
「ひぅ⁉ な、なんなんだよお前はぁ! 俺はドマード伯爵の四男、ブロウ・ドマードだぞ! わかっているのか⁉」
「ほぉ……」
そういえばそんな名前だったな。
ドマード伯爵といえば、オルガン王国の隣にあるファーフナー皇国の辺境伯であり、武闘派として有名だ。
だが俺が知っている理由は、こいつが『はでとる』のチュートリアルでミリーを陥れたゲス野郎だったから。
「わ、わかったら謝罪しろ! いや、そんなことじゃ許さない! お前の親も友人もみんな奴隷にして辱めて一生クソみたいな人生を――」
「ちなみに俺はリンテンス家の人間だぞ。名前はクロード」
「え……?」
俺の名を聞いた瞬間、ブロウが固まる。
「……く、クロード……リンテンス……? オルガン王国の、侯爵家の?」
「ああ。それで間違いない」
「あの、神童クロード?」
「だな」
その言葉を聞いた瞬間、ブロウの顔色がどんどんと青ざめ、汗がダラダラと流れ始める。
お互いの立場の差をようやく理解したのだろう。
この世界において、オルガン王国と言えば大陸でもっとも強大な軍事国家。
そのうえ、リンテンス侯爵家というのは南方軍の総司令官を兼任しており、どの国からも恐れられている武の象徴だ。
リンテンス侯爵家が動くとき、大陸情勢が大きく変わるとすら言われている。
ゲームでもオルガン王国が大陸制覇に乗り出すと、父上が先陣を切って他国を荒らし回っていた。
しかもリンテンス家の人間は一人一人が一騎当千と呼ばれ、俺はその中でさらに神童とまで呼ばれていた存在だ。
じゃあなぜその家出身の主人公が戦争で敵対していたのかというと、まあ結局のところ世界とヒロインのためって話で……。
「ゆ、許してください! クロード様とはつゆ知らず大変なご無礼を!」
考え事に耽っていると、ブロウが土下座をして謝罪し始めた。
土下座ってあるんだ。まあ元が日本のゲームだしあってもおかしくないか。
「俺と、俺の家族と、友人をみんな奴隷にして辱めるんだっけ? それはファーフナー皇国からオルガン王国に対する宣戦布告と受け取って構わないのか?」
「ひぅ⁉ ……知らなかったんです!」
「ドマード伯爵って言えば、ファーフナー皇国の北方が領土だったよなぁ?」
ファーフナー皇国は小さい。
この学園の名前にもなっている聖女ミューズの生まれた土地であり、ミューズ教の総本山がなければとっくにどこかの国に吸収されていてもおかしくない程度の小国だ。
領土にしても、国内すべてを合わせてようやくリンテンス侯爵領と同程度。
ファーフナー皇国全体とリンテンス領が戦争をしたってうちが勝つのに、たかが伯爵一領程度では勝負にもならないだろう。
いくら辺境伯と言っても、所詮小国の貴族でしかないドマード家など、大国の侯爵家であるうちが本気になれば滅ぼすことなど容易い。
とはいえ、さすがにガキ同士のケンカで領土を滅ぼすなどまで言う気はなかった。
それに、こういうやつはこれから使えるしな。
「なに、所詮学生同士のいざこざだ。これ以上コトを大きくするつもりはないさ」
「あ、ありがとうございます!」
俺が笑顔を見せると、ブロウはホッとした様子。
「ところで、お前みたいなクソ野郎はまだ他にもたくさんいるのか?」
だとしたらこれ以上俺の女を手出しさえないように、先に潰しておきたいところだが。
「え……えっと……わかりません。俺も入学したばっかりなので……」
「へぇ……」
「ひっ⁉」
――嘘を吐けば殺す。誤魔化そうとしても殺す。俺の言うことは絶対だ。
ラスボスにも匹敵する魔力を纏った俺が、耳元でそう囁くと、ブロウは怯えたように涙と鼻水で顔を歪ませる。
笑顔の裏に隠れた冷たい視線を感じたのだろう。
ブロウは怯えたように頭を下げた。
「だ、だいたい俺らみたいなのって集まるものなので! 今後なにかあれば全部教えます! 貴方様の手足となってなんでも言うことを聞きます! だから何卒! その、殺さないで!」
「……」
コイツの言うことはあながち間違っていないと思う。
こういう輩はつるむもので、そうして悪いこともみんなでやれば怖くないという精神でやらかすものだ。
それに権力が集まれば、弱者は泣き寝入りをするしかない。
「よし。チンコ潰されるか、二度とこんなことをしないと誓った上で、なにかあれば被害をゼロにするために命がけで動くか、今すぐ決めろ」
「二度とこんなこといたしません!」
良い労働力を手に入れられたな。
ミリーを連れて倉庫から出る。
彼女の制服はボロボロでスカートも汚れているが、俺の上着を着ていることもあってなんとか見栄えだけは整えられた。
「あの……」
「なんだ?」
「助けてくださり、ありがとうございました」
まだ恐怖が抜けていないからか、声は震えている。
それに俺という後ろ盾を得て忘れていたが、貧乏男爵などこの学園では食い物でしかないことを、思い出したらしい。
「次からは俺の名前を出せ。まだ入学して間もないから広まっていないが、それでも多少の効果はあるだろ」
男爵令嬢の言葉を聞いて止まるかわからないが、何度か繰り返せば広まるはずだ。
それに今日ブロウには言いくるめていおいたから、これ以上俺の物に手出しをするようなやつもいないだろう。
「……ご主人様は、クロード様はどうしてこんな私に良くして下さるのですか?」
「今朝言った通り、美人で気立ての良い女子生徒をたくさん俺の婚約者にするためだ」
「だってそれ、私じゃなくたって良いじゃないですか……」
振り向くと、不安そうな顔で俺を見上げてくる。
「私は不安なんです。いつ捨てられるかわからなくて、捨てられたらどんな目に合うかわかってしまって……」
「……」
ああそうか。
ミリーは俺が彼女を自分の物にしていることが、上級貴族の道楽とでも思っているんだな。
そして飽きたら捨てられる、とでも思っているのだろう。
まあそれは否定しない。
もしミリーがゲームのチュートリアルで出てくるようなキャラじゃなかったら、俺は多分コイツに興味すら覚えていないのだから。
だがそれは所詮もしもの話。
事実として、俺はこの世界がゲームを元にしたものだということを知っており、かつ彼女がその登場人物で思い出深い相手であるのは間違いない。
たとえ本人が身に覚えがなくても、それが俺にとっての真実であり、俺だけが知っていればそれでいいことなのだが――。
「お願いします! 絶対に捨てないという証明を下さい!」
彼女の不安はそれでは消えない。
「そうじゃないなら……いっそもうここで――」
「わかった」
「え?」
「このまま俺の部屋に行くぞ」
このまま足を止めてしまっていては、ミリーの格好を気取られてしまうかもしれない。
そうならないように、俺は彼女の手を掴むと早足で進んでいく。
「あ、えと、その……先に一度着替えたいのですけど……身体も拭きたいし……」
「そんなもの関係ない」
「関係ありますよ! え、そんないきなりの急展開とかありですか⁉」
戸惑うミリーを無視して、少し強めに引っ張る。
幸い、寮までの帰り道で他の生徒がミリーの格好に気付くことは無く、そのまま部屋に入った。
「そこに座れ」
ベッドに彼女を放り投げると、勢い余って横になってしまう。
先ほども見た白い下着が露わになり、倉庫の時のような緊急事態ではない状況で見てしまった為に思わずガン見してしまった。
「っ――証明が欲しいんだったな」
「あ……あ……」
ミリーは戸惑いを隠せないまま、コクリと頷いた。
ベッドで横になっているせいで普段は隠れている瞳も見えていて、顔が真っ赤だ。
「よし、なら――」
そして俺はさっそく昨日用意した契約書を取り出すと持ってきているハンコを押す。
「これが証拠だ。あとはお前が押したら契約完了。リンテンス侯爵家の名において、この契約は双方の合意なしに一方的に破ることは……どうしたその顔?」
昨日の時点ではまだ契約書を交わしていなかったので、今日の主従関係は口約束だった。
だから証明を用意してやったのに、なぜかふくれっ面をしている。
「知りません! そもそも乙女の覚悟をなんだと思ってるんですか!」
「え……?」
ミリーは勢いよくベッドから飛び降りると、怒ったように契約書を奪い――そのままキスをしてきた。
「んな⁉」
動揺した俺を、さらに覆い被さるように押し倒してくる。
まさかこのタイミングで襲われるなんて思わず、俺は床に倒れてしまった。
「こんなことをする悪い私でも、貴方はきっと守ってくれるんですね」
反射的に彼女を抱き寄せて頭が怪我をしないように抑えたからか、そんなことを言ってくる。
目の前にいるミリーは、髪で隠れた瞳が露わになって、トロンとした雰囲気でこちらを見つめていた。
「……愛人契約も含めちゃ、駄目ですか?」
「いや、その……愛人どころか俺にはまだ婚約者すらいないんだが?」
「これからたくさん増えるじゃないですか。だってご主人様の魅力を知ったら、どんな女の子も貴方のことを放っておけません。だからそのうちの、端っこの一人でいいので……」
というかミリーさん。なんだか瞳が肉食獣のように怖いんですが……?
あと俺は攻められるより攻めたい派なんですけど……。
ついでに言うと、俺はここまでお膳立てされて手を引っ込めるような男じゃない……なぜなら!
「俺は主人公だからな!」
自分に言い聞かせるように、そう声を上げてミリーを力強く抱きしめ――。
この夜、俺は大人になった。
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