第26話 恋人が増えました
四天王オウカ・イガラシ敗北。
貴族は噂話が好きだが、その子どもたちも同様ですぐに噂は駆け巡る。
「ご主人様、昨日のことはもう知れ渡ってるみたいですね」
「まあこれ見れば、なぁ」
授業が終わり、適当に学園内をぶらつきながら足を止めて後ろを見る。
ざわざわとこちらを見ている者たちが視線を逸らす中、三歩ほど下がったところにオウカが機嫌良さそうについてきていた。
「旦那様、如何致しましたか?」
先日の狂犬が嘘のように落ち着いたような雰囲気。
まあ元々彼女は戦闘中以外はクールだが、剣のような鋭さはなく包み込むような優しさが混ざっている。
こうして改めて見ると、雪のように白い髪に灼眼の瞳はとても綺麗だ。
自分の恋人になったからか、敵だったときには感じなかった愛おしさもある。
そのせいか、昨日は俺も獣のように盛って止められなくなってしまったが……。
「いや……身体は大丈夫か?」
「はい。旦那様の温かいお心を頂け、某の身に宿る鬼もずいぶんと大人しくしております」
「そ、そうか……」
オウカの言葉に、また周囲がざわざわとする。
まあそういう意味だと捉えるよな。実際そういうこともしているし。
「まあいい。お前はもう俺の女なんだから、堂々と横に並べ」
「……それでは、失礼して」
そっと前に出てくる。
なんというか、着物を着ていたらお淑やかなお姫様とも思わせる仕草だ。
――これが、ああなるんだもんなぁ。
修羅の国である東方ジパングのサムライはみな、その身体に鬼を宿している。
普通ならそれを調伏することで一人前とみなされて成人となるのだが、オウカの宿した鬼は神と呼ばれるほどに強く、今の彼女一人では抑えることが出来なかった。
凶暴すぎる力を解放してしまえば相手を殺してしまう可能性もある。
未来ならいざ知らず、学生のライゼン程度では彼女の中の鬼を止められないと判断したのだろう。
――それにあの男は女を自分の装飾品としか思っておりませぬ故。
それを言われて、俺も人のこと言えないから気を付けようと思った。
いやマジで、俺の場合なまじ力を持ってしまって好き勝手出来る分、相手を傷つけることも簡単に出来てしまうからな。
少なくとも、恩人であるソルト王やカルラ姉さん、それにリンディス王妃と目を合わせられないような人生にはならないようにしよう。
「そういえば、カルラ姉さんだと駄目だったのか?」
現時点で、というより未来を含めて世界でも最強クラスの女傑だ。
しかもソルト王曰く、俺と出会ってから実力の伸びが凄まじいらしく、出会った頃の自分であればもう勝てないと言うほど。
原作でも無双を極めたソルト王にそこまで言わせるカルラ姉さんは化け物だけど、実際両方の力を見た限りだとオウカの鬼神も止められたはずだ。
「ブルーローズ殿には一学園の時に挑もうと思ったのですが、一年待てと言われました。そうすればお前を調伏出来る者が現れる、と」
「……なるほど」
まあ色々と政治的な判断だろう。
ちょっと掌で泳がされてる気もするが、おかげさまで俺もオウカも幸せなわけだから万々歳である。
「そういえば、その裏切り者は切らなくて良いのですか?」
「裏切り者?」
そう言って彼女の視線を辿ると、ミリーを見ていた。
「裏切ったのか?」
「いいえ?」
「某たちに旦那様の派閥が集まる場所を教え、襲わせるように唆したのはその女狐です」
オウカは厳しめな視線をミリーに向けるが、彼女は悪いことなどなにもしてないと平然な表情。
ああ、なるほど。
俺がカルラ姉さんに説教されてて妙に良いタイミングだと思ったが、ミリーの仕業だったのか。
「復讐と俺のため、どっちだ?」
「もちろんご主人様のためですよ」
「なら許す」
「あ、でも正直あの人たちはもっと痛い目合えばいいのにとも思ってました」
にっこりとミリーは笑う。
「まあ、今回ので終わりにしろよ」
「はい」
まあミリーの立場であれば仕方ないよな。
もしブロウたちに対してまだわだかまりがあって、それゆえにオウカを使ったのであれば今後も危ういから派閥から切らなければならなかったが……。
多分、彼女というより俺の派閥の女子たちに対するパフォーマンスも兼ねていたのだろう。
痛い目に合い、女子たちの溜飲も下がったはずだ。
とりあえずこれで終わり。
今後やらなければいいだろう。
「……ふむ、某の勘違いでしたか」
「勘違いというより、ミリーは俺が学園の美少女たちを沢山婚約者にしたいって知ってるから、そうなれるように動いただけだ」
「美少女……」
なんで今更照れてるんだよ。
誰がどう見ても美少女だろうに。
「だがまあ、それでブロウたちは怪我を負ったわけだから罰は必要だよな」
「え?」
俺はミリ-のおでこに掌を当てると、そのまま上に上げる。
前髪に隠されていた可愛らしい瞳が驚いたように丸く見開かれ、一気に自分の状況を理解して顔を紅くする。
周囲の学生たちもまさかここまで美少女だとは思わなかったのか、驚いた気配を感じた。
「ご、ご主人様ー! これは駄目です! 恥ずかしいです!」
「罰だから素直に受けろ」
「ほほう、これはなんとも愛らしい。これなら普段から前髪を上げれば良いのでは?」
「無理です! 死んじゃいます!」
俺の手から逃げだそうとバタバタするが、罰なのでもちろん逃がさない。
「俺もそう思うんだが、まあ目隠し娘がたまに瞳を見せるからいいってのもまたアリだなって」
「なるほど……先日の下着の件と同じですな」
「そうそう」
しばらくそんなことをして遊んだ後、解放してやると借りてきた猫のように警戒心を露わにしてしまった。
まあこんなミリーも可愛いからちょっと眺めてよう。
「そういえばライゼンは女を装飾品としか見てないって言ってたが、俺もやってること似たようなものだと思うんだけどなにか違いがあるのか?」
そう言うとオウカはきょとんとした顔をする。
見ればミリーも似たような表情。
なぜそんなこともわからないのか、と言いたげだ。
「愛があるかどうか、に決まっているではありませんか」
「そうですよご主人様。相手を大切にしようとする心は伝わるものです。ご主人様は私たちをただお気に入りの玩具のように思っているのですか?」
「いや、そんなことはないが……」
「それが答えですな」
「ええ」
女性陣二人から真っ直ぐそう言われると、少し照れてしまう。
そうか、もし内情を知っている人間から見たらゲームのお気に入りキャラを集めていると言われても仕方が無いと思っていたが、俺はちゃんと彼女たちを大切に思っていられたか。
「ですがご主人様。私は所詮使用人の身なので優先順位は下にしてください。平等に扱おうとする気持ちは嬉しいですが、分はわきまえなければなりません」
「某は旦那様が望むならなんでも構わないが?」
「駄目です。ここの線引きがなければ、私たちは生きていけないのですから」
この貴族世界で彼女の立ち位置、それに経験してきたことを考えたらそう言うのもわかる。
それがミリーの望みなら、叶えてやるのが主人の役目だろう。
「わかった。そこはきちんとする」
「はい」
「うむ……主人を諫める事の出来るミリーは誠に忠臣だな。某も気に入った」
「あ、ありがとうございます」
俺の婚約者や可愛いメイドが仲良くやってくれるなら、これ以上のことはないな。
こういう風に俺が見えていないところを調整してくれる存在がいると、俺としても安心してハーレムを作れ――。
なんか腕に包帯巻いて足を引きずりながらやってくるブロウが見えるんだが。
「リンテンス様! ご報告があります! 特ネ……ごはぁ!」
途中で力尽きたブロウが血を吐いて地面に倒れた。
「なんでそんな無理してまでそのネタやるんだよ!」
「へ、へへへ……この役はもう、誰にも渡せ、ないんです……あのアイアン子爵、なんかにも……ね」
起こして聞くと、そんなことを言ってくる。
ブロウにとっては大切なことなのかもしれないが、ぶっちゃけ俺にとってはどうでもいいことなんだが……。
「まあ一応聞こう。なにがあった?」
「三つ巴、です……四天王三つの派閥が同時に戦争を始める、そうで……勝った者が総取り……」
そしてブロウは途中で力尽きた。
まあ悪いやつだったけど、最近は結構頑張ってるから今度なにか褒美をやろう。
「さぁて、それじゃあ派閥戦争に乱入しに行くかぁ」
「旦那様、某も! 某もついていきます!」
俺一人で暴れるつもりだったが、楽しそうに手を上げる恋人の顔を曇らせるわけにもいかない。
「良いけど、誰も殺すなよ」
「鬼神は調伏されたので、大丈夫です!」
「ならよし! ついてこい!」
「はい。ふふふ、今宵も我が剣は血に飢えておる」
夜どこか真っ昼間だけどな。
あと血に飢えるな。殺すな。ネタだとわかってるけどノリでやり過ぎないかちょっと心配だ。
「お二人とも楽しそうですねぇ」
少し呆れ気味のミリーに、俺たちは笑う。
「じゃあ行ってくる」
「行って参ります」
倒れたブロウはミリーに任せ、俺たちはウッキウキの気分で戦場へと向かっていった。
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