第20話 主導権は渡さないまま利用する

 あれから一週間、派閥の勢いは止まることなく増え続け、学園史上最大の規模に膨れ上がっているらしい。


「レオナ王女め、反リンテンス派閥とか俺に対する嫌がらせ以外のなにものでもないもん作りやがって……」

「なんだか食堂が殺気立ってるというか、睨まれてますね」

「あれがそうなんだろ」


 今日は休日だが、寮に住んでいる俺たちは外出の申請を出さない限りは学園の食堂で昼を食べることになる。

 ミリー、それにアリスと一緒に食堂に入ると、その場にいた半分くらいの男から睨まれてた。


「クロード君も大変だねぇ」

「お前も原因の一人だからな」

「あ、はは……」


 少し引き攣った笑い。

 まあ自分のファンクラブなんてものが出来て、しかもこんな感じの過激派みたいなやつらばかりだったら顔が引き攣るのもわからないではない。


「でも良いの? ご飯誘ってくれたのは嬉しいけど、火に油を注ぐようにしかならないよ?」

「いいんだよ。あいつらに対する嫌がらせだから」

「ああ、なるほど。というか、そんなことするから反リンテンス派閥が増えるんじゃないかなぁ……」


 いやだってムカつくし。


 俺だって男だからあいつらの気持ちがわからないとは言わないが、その敵意を俺に向けるなら話は別だ。


 やるなら徹底的に、全面戦争してやる。


 とまあ、感情的なこともあるが、それとは別にアリスを連れて来たのにはもちろん理由があった。


「それでミリー、首尾はどうだ?」

「はい、いちおうブロウ様たちを使って噂を流し始めて、反リンテンス派の規模は膨れ上がってきています」

「噂?」


 俺の作戦を知らないアリスが首を傾げるが、俺はただ不敵に笑う。

 こうなったら、この状況を逆手にとって俺の都合の良い形に持って行ってやるつもりだ。


「この学園でファンクラブがあるような人気の女子は、俺が狙っているって嘘の話を流した」

「……え?」

「つまりアリス、お前も俺に狙われてるのに一緒にいるってことは、周りからはそう言う目で見られているってことだ」

「え、ええぇ⁉ わ、私そんなの知らないよ!」

「ああ、男子生徒を中心に流させてるから、まだそこまで噂が回ってないだけだろ」


 どんなに気さくに思えても、アリスは泣く子も黙る公爵令嬢。

 取り巻きの令嬢たちも高位だし、男子に至っては彼女と交流を持てるだけの家柄のやつは数少ない。


 男子生徒と交流がある令嬢はともかく、上位の令嬢になればなるほど噂が回ってくるのは遅いということ。


「あの、ご主人様の真意は伺っていますが本当にこれ、大丈夫なんでしょうか?」

「問題無い。元よりやることは変わらないからな」

 

 もちろんシンシアには現在の状況を伝えて、最後にはちゃんと女子たちにも謝るということも含めて真摯に説明したら、理解を得られた。


 この世界は複数の女性を娶ることを許されているとはいえ、誰もが良いと思うわけじゃないからな。


 特に第一夫人かどうするか、という部分に関しては結構シビアな問題があるので、注意をしなければならない。


 まあそこを考えるのはもっと後の話。

 今は理想かつ平穏な学園生活を送るために、下準備をしなければ。


「どういうこと?」

「要するに、これが自然だと思われる状況を意図的に作ったんだよ」


 たとえば遊び人が彼女をとっかえひっかえしても、周りは嫌悪感を抱いてもなんとなく受け入れる。

 だが、これが真面目が取り柄みたいな男だったら、正面から強い非難が飛び交うだろう。


 俺は地位と名誉があり、それに見合った動きをしてるというのが自然な状況を作り、女子たちに受け入れられやすい空気を作ったのだ。


「はー、なるほどぉ……」

「というわけでアリス、引き続き俺の恋人の振り、頼んだぞ」

「え、えぇぇ……でも私、まだクロード君のことそんなに知らないし……」


 振りだって言ってるのに、満更でない雰囲気。

 まあこいつ、セクハラ親父みたいなことする割には中身が乙女だからな。


 このあたりは原作通りだし、今がチャンスだから畳みかける。


「まあ嫌だったら言ってくれ。お前は大切な友人だし、もし他に好きな男がいるなら協力もする」

「あ、いや……ん、別に好きな相手が、いるわけじゃないけど……」


 チラチラと、ちょっと構って欲しそうに見ながら言ってくる 

 もしこの世界がゲームだったら、この時点で結構好感度ゲージが高くなってるはずだ。


「まあ、どうしてもっていうなら、恋人の振り手伝ってあげてもいいよ……」

「どうしても」

「わ、そんな真剣な目で言うんだ……」

「アリスのことが好きだからな」

「あわわわ……」


 チョロい、とは言わない。

 これに関してはこの学園とか世界側に問題があるからだ。


 自分で言うのもなんだが、俺は学園の中で地位も名誉も実力も間違いなく最上位の立ち位置にいる、超優良物件。


 そして在学中に婚約者を見つけるのが普通のこの世界において、地位の高い女性ほどそれが難しい。


 なにせ政略結婚を考えつつも、周囲は恋愛結婚をしていくためどうしても感情が揺れ動く。

 なのに残念ながらブロウたちを見ればわかるとおり、地位の高い男ほど厄介な傾向にもあった。


 その点、俺は噂話と男子生徒をしばき回している点はともかく、シンシアとの仲睦まじい様子は学園でも知られており、ちゃんと恋人を大切にするとわかっている。


 つまり、男子からしたら最悪な恋敵、女子からしたら最高の玉の輿相手というわけだ。


 そしてアリスからしても、地位などを気にしなくて良い俺は一緒に居て楽な相手。

 そうじゃなければ、他の令嬢みたいに太鼓持ちの取り巻きたちと一緒に居るだろう。


 まあとにかく、彼女から見ても俺との婚約は決して悪い結果にはならないどころか、最高の相手というわけで……。


「じゃあ早速、周囲に見せつけてやろう」

「え?」

「これ、食べさせて」

「えっと、みんな見てるよ?」


 なにせ噂の二人だからな。

 こいつらには証人になってもらわないと。


「う、うー」

「恥ずかしいことないって。恋人同士なら当たり前当たり前」

「わ、わかったよぉ……は、はい、あーん」


 照れながら、俺の方が身長が高いため上目遣いでフォークを持ってくる。

 もちろん俺は口を開けてそれを食べ――。


「今度は俺の番だな」

「は、はい……」


 いつもの元気さが嘘のように、顔を真っ赤にして小さな口を開ける。

 目を閉じているので、このままキス出来そうだ。


「このままキスしたい」

「ふあ⁉」

「あ、すまん本音が零れた」

「そ、そんな冗談言うなら、もうしないよ!」


 本音だって言ってるのに……。


 俺らのやり取りを見て、血涙を流しているやつら。

 なるほど、こいつらがアリス様を愛でる会とかいうやつだな。

 ざまあ見ろ。


 とはいえ、まだ全体の十分の一ほどか……。

 まあシンシアやセリカ、それにオウカといった原作でも美人で評判だった令嬢たちはまだまだいるし、ファンクラブも分散しているのだろう。


「なあミリー、目的を達成するために必要なものがなにか、わかるか?」

「え? 計画を立てる事でしょうか……?」

「それも大切だな。だが俺はなによりも主導権を自分に置くことだと思っている。そしてそれを絶対にやり遂げるっていう、強い意思」


 俺はこのヤバい世界で生き残ってみせるという強い意志をもって動いてきた。

 誰かが勝手に助けてくれるなんて思わない。


 たとえラスボスでも、で動いて貰う。

 偶然や幸運に頼るのは本当に最後の最後。


 そういう風に生きてきたから、この世界の未来を変えられたのだ。


「こうなったらとことん敵になってやろうじゃないか」


 所詮は学園を卒業したら会わなくなるような家ばかり。

 そのうえ家督を継ぐようなやつはほんの一握りで、ほとんどが次男以下だから家同士の問題に発展することも無い。


 だったら噂の通りやってやる。

 この学園でファンクラブが出来るような美女たちは全員俺の婚約者にしてやるさ!


「くくく。誰を敵に回したか、教えてやる!」

「うわぁ……クロード君、すっごい悪い顔してる」

「格好良いですご主人様」


 わざと周囲に聞こえるように言うと、食堂が殺気立つ。

 これで明日からまた噂の密度が濃くなって――。

 

「リンテンス様! ご報告があります! 特ネ――!」

「端的に」

「二学年のロイド率いるマックール派とセリカ率いるレオニダス派がぶつかり合いました!」


 食堂に入ってきたブロウの言葉に、俺はニヤリと笑う。

 これが俺の知っている展開だからだ。


 どう足掻いても原作通りに動くなら、それも利用してやる!

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