第15話 新しいヒロインの登場

 俺が逃げないようにするためか、リーダー格の女子生徒が前、そして後ろに残り二人の男子生徒が歩き、囲うようにして二年生の教室があるエリアまで案内される。


 このヤンキーみたいな上級生たちは多分原作キャラじゃない。

 もしかしたらモブキャラとして居たかもしれないが、立ち絵はなかったはずだ。


 ただ、こういう人が集まるグループのことは知っていた。


「ここだよ」


 目的も告げず、先頭を歩く女子生徒はそう言うと、2-Dと書かれた教室中に入る。


「セリカ様! クロード・リンテンス様を連れて来ました!」


 先頭の女子生徒がそう声を上げると、中に入るとギラついた雰囲気を纏った生徒たちが一斉にこちらを見る。

 誰も彼もが制服を着崩して、目つきが悪い。


 いやだから、ここって由緒溢れる貴族の集まる学園だから。

 ヤンキー漫画に出てくる不良学校とは違うから。


 なんでここだけ世界観が違うんだよ。

 いやまあ、この二年生たちは本来の歴史でも、その勢力ごとに自分たちの世界観を作っちゃうんだけどさ。

 

 さて、まあそんな周囲はいったん置いておいて、俺は女子生徒が話しかけた相手を見る。


 オルガン王国の王女であるレオナに比べると、少しくすんだ長い金髪に、蒼色の瞳。

 服装は制服なのだが、かなり改造してあるようでスカート丈が長い。

 その上からマントを羽織るように上着をかけていて、机に腰をかけている。


 座っているからわかりづらいが、体型はかなり小柄。


 なので最初に連想する動物は、小さなライオン。

 まあイメージコンセプトがそんな感じらしいが、一目で想像させてくるような格好良い感じの美少女だ。


 彼女の名はセリカ・レオニダス。

 オルガン王国に次ぐ大国、エシュリオン帝国の伯爵令嬢であり、原作ではリカちゃんなんて愛称でファンから愛されていたヒロインである。


 ちなみにその小さな身体とは裏腹にバリバリの肉体派で、味方キャラの中でも近接戦闘力はシンシアに匹敵するほど強く、お世話になったユーザーも多かった。


「来たか。悪かったな、ここまで呼びつけて」

「いえいえ。かの有名なレオニダス伯爵家のご令嬢からのお呼び出しともなれば、どこに居ても駆けつけますとも」

「……アタシは、そういう上っ面な言葉は嫌いだ」


 少し睨まれて、そういえばそうだったと思い出す。

 教室だと周囲の貴族の子たちに合わせて上辺を取り繕うような会話をしていたから、ついこんな感じになってしまったが、彼女は相手の本質をよく見ているから悪手だった。


 イメージがライオンと言うとおり、群れを大切にして守る少女。

 だが感情を見せるのが少し下手で、ぱっと見はクールっぽくも見える。


 ただまあ、愛称があるようにゲームを進めて好感度を上げていくと、かなり可愛らしい一面も見せて……。


「これは失礼しました。それでリカちゃん、俺になんのご用ですか?」

「……いきなりフランクすぎるだろ。というか次その呼び方したら殺すぞ」

「失礼、口が滑りました」


 一回目は許してくれるんだ。

 普通こんな舐めた態度を取ったら決闘モノだが、キレやすそうな見た目しているが原作通りかなり優しい性格をしているらしい。


 セリカの俺を見る目が警戒したものから、呆れたものに変わったが、結果オーライとしておこう。


「はぁ……まあいい。お前には礼を言おうと思ってな」

「礼?」

「ああ。あのレーベン家のクソ野郎を追い出してくれた件な。あれはアタシたちから見ても邪魔だったが、さすがに手を出せなかったから潰してくれて助かった」

「別に気にしなくてもいいですよ。シンシアと王国のためだったので」

「たとえそうだとしても、だ。この学園じゃハグレ者は居心地が悪い。そんな中であいつはよくターゲットにしてきたから……」


 そう言うと、彼女は机から下りて頭を下げる。


「助かった」

「「「セリカ様⁉」」」


 まさか派閥の長である張本人から頭を下げられるとは思わず、俺も驚きを隠せない。

 貴族とはプライドの塊だ。

 この世界で十五年も生きていればこれが普通なことくらい俺だってわかっている。


 たとえ原作キャラでもそのしがらみからは逃れられないと思っていた。

 だから正直、こうして俺に向かって頭を下げる彼女の姿は想像の埒外だ。


 だがもっと驚いているのは、彼女を慕って集まった部下たちだろう。


 ハグレ者、と本人が言ったようにレオの部下はみんなこの貴族学園に馴染めなくて、だけど実家の意向にも逆らえずに苦しい想いをしてきた生徒たち。


 それをセリカが纏めて出来た派閥であり、彼女はそんな仲間たちを部下ではなく家族と称して守ってきた。

 そして彼らもまた、セリカこそ自分たち家族の大黒柱であり、尊敬すべき母のように思って来たはずだ。


 だからこそ、こうして頭を下げさせた俺に対する態度は厳しくなり、視線が鋭くなる。


「おい、こいつに突っかかるのは禁止だって言っただろ」


 だがそれも、顔上げたセリカが周囲を睨むことで、戸惑いに変わる。


「で、でもセリカ様に……」

「家族が危ない目に合う前に憂いを断ってくれたんだから礼こそすれ、敵意を向けるなんて以ての外だ!」

「は、はい! その……すみませんでした」

「謝るのはアタシじゃない」


 そう言うと、セリカの部下たちは一斉に俺に頭を下げる。

 

「ご無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした!」

「「「申し訳ありませんでした!」」」

「あ、ああ……別にいいですから……」


 頭の下げ方がヤクザなのはなんなの?

 このゲームの開発者、実はそっち系の人なの?


 とりあえず、セリカの一喝によって彼女たちから敵意はなくなり、それに満足したのか彼女は頷くと再び俺を見る。


「こいつらも悪気があってじゃないんだけどな」


 やんちゃな子どもを相手にしている母親みたいな雰囲気。

 実際、原作でも彼女は仲間同士のトラブルや喧嘩の仲裁によく入り、最後は甘やかさせていて、パーティーのママみたいな人だったっけ。


 もう十五年以上も前の話なので若干うろ覚えだが、それでもメインヒロインだからなんとか覚えていられた。


「本当は呼び出すんじゃなくて、アタシから行って頭を下げるべきだと思ったんだけどさ。さすがに今の情勢で周囲に舐められるわけにはいかないって言われてよ」

「ああ、二年生は勢力争いとか大変ですもんね」

「人ごとみたいに言うけど、その中心はお前だぞ?」

「この学園で俺をどうにか出来るやつなんていませんから」


 いや、レオナはちょっと厄介だけど……。

 もし性欲に負けたら最後、せっかく味方にしたラスボスが再び敵になるという恐怖が待ってるし。


「自信満々だなぁ」

「事実ですよ。ライゼンとの戦い、セリカ様も見てくれたでしょ?」

「見てたよ。だから二年はピリピリしてる。お前がどこかの勢力に入ったら、それだけで今のバランスが一気に崩れるってな」

「心配無用ですよ。俺はどこかの勢力に入る気はないです」


 せっかく当面の目的だったシンシアとは恋人になれたのだ。

 もちろん俺の将来の夢であるハーレムのため、新しいヒロインたちとの交流は不可欠だが、それでも今はシンシアのことを見ていたい。


「シンシアと学園を過ごせる時間は、一年しかありませんからね」

「ああ、そういえば生徒会長と恋人になったんだったな。うん、恋人を大切にするのはいいことだ」


 ニカっと小さな八重歯を見せて笑う姿は魅力的だ。

 正直、かなり惹かれてしまう。

 

「セリカ様は婚約者などはいないんですか?」


 そう言った瞬間、周囲がまたぴりついた。

 お前なに聞いてくれてんだゴラァ! みたいな感じの質問だったらしい。

 

 だが当の本人は気にした様子は無く、苦笑するばかり。


「父上から作れって言われてるけど、今はこいつらが無事に卒業出来るまで守らないとだからなぁ」

「「「っ――⁉」」」


 まあこの辺りは原作でも一緒か。

 この後色んなイベントを経てセリカは仲間になり、そして学園卒業後に一気に進展するのだが……。


 やっぱり可愛いんだよなぁ。


 改めて見ると、本当に可愛い。

 初めてロリっぽさとママっぽさを合わせたやつの性癖はヤバいと思う。


 もう今すぐにでも俺の婚約者にしたいと思うくらい。

 改めて思うが、原作キャラは魅力的だ。


 こうして直に会うと強烈な運命を感じてしまうし、なにより他のまだ見ない原作キャラに対するよりは友愛を感じてしまう。


 とはいえ、流石に今すぐ行動しない。

 この学園戦国時代では多くの原作キャラの思惑が交差するし、下手を打てばそれだけ失敗に繋がるかもしれないからだ。


「とりあえず、お前がどこかの派閥に入らないと聞けて安心したよ」

「もし入るって言ったら、どうしてました?」

「そりゃもちろん――」


 小さなステップ。

 そして目の前で止められる拳。


「アタシの拳骨が飛んでたな」

「はは、それは痛そうですね」


 今の動き一つ見るだけでも、相当な鍛錬をしているのがわかる。

 さすがにソルト王に鍛えられてきた俺ほどじゃないにしても、今の学園で彼女に勝てる可能性がある生徒なんてシンシアと他の四天王くらいのものだろう。


「とりあえず、どの派閥にも入らないです。ただちょっと厄介なことが一つありまして……」

「厄介なこと?」

「レオナ様が動こうとしてるんですよね」


 教室にいるセリカ派閥の生徒たちに緊張が走る。

 レオナの強者コレクターっぷりは国外まで有名だからな。

 むしろ今までちゃんとソルト王の言うことを聞いて大人しくしていた事の方が驚きだ。


「だからセリカ様も気を付けて下さい」

「情報助かる。まあアタシたちも簡単に取り込まれないよう、上手く立ち回るさ」

「はい。派閥には入れませんが、応援はしてますよ」


 なにせ可愛いからな。

 推しヒロインなのでいずれまた、正式にお付き合いをしたい。

 

 そうして俺はセリカとの交流を終えて、教室から出る。

 

「まあ前倒しに色々と動いてるみたいだけど、なんとかなるだろ」


 当面はシンシアと学園でイチャイチャするのを第一に考えて、あとはこれまで少し放置気味だった、クラスメイトとの交流もだな。

 せっかくヒロインもいるんだから、そろそろそっちも動かないと。


 生まれてすぐに世界の命運を背負って、死ぬ気で頑張ってきた俺の今の目標。

 それは最高に可愛い恋人たちと、学園生活をエンジョイすること。

 

「出来るだけ良い青春を送るぞー」


 そんな鼻歌を歌いながら、自分の寮へと戻っていくのであった。

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