お好きな数字は?

 ペンを手に取り、伏見は不満そうに唇を曲げた。

「そんな顔すんなよ。たぶん、こいつはずらすんだ」

「ずらす?」

 ペンを寄こせと小川は手を伸ばした。伏見が放り投げたペンを小川は見事にキャッチした。

「落とさないのかよ」

 不満げに言った伏見に笑いかけてから、小川は「あ」から順に「ん」までひらがなを書いた。

「高校生にもなって、ひらがなのお勉強か」

 伏見の言葉を流して、小川はペン先で「の」の部分を叩いた。

「好きな数字を言ってくれ」

「2兆7000億3400万とんで99円」

「でかいな、てか、円ってなんだよ」

「日本の通貨単位だ」

「それは知ってる。数がでかすぎる。一桁で頼む」

「じゃあ、0だ」

 伏見らしいひねくれた答えに小川は苦笑する。

「すまん、ふっさんの性格を知っていれば予想できた答えだ。0だとまずいから、そうだな、3にしよう」

 待て、と伏見は手を出す。

「なんで0は駄目なんだ。一桁の数字だろ。仲間はずれにすんなって。かわいそうだろ」

 0に同情する伏見に小川は告げる。

「ゼロは元々、仲間はずれなんだ。そもそも、ゼロという概念自体が特殊で画期的なんだよ」

「わからん。というか数学の話はやめないか。宿題だけで充分だ」

「ふっさんは大学入試があるんだから、宿題の他に受験勉強しないと駄目だろ」

 伏見の口から息が漏れた。相棒の肩に手を置いて小川は言う。

「0じゃ駄目なんだ。0だと暗号にならない」

 いいか、と小川は“の”から「いち、にい、さん」と数を数えて“ね”、“ぬ”、“に”とペン先を左に移動させていく。

「見たように三つ戻した。これで“の”が“に”に変換された。同じようにして“のにりちやそかせへまもぬはねこのかねたひ”の二文字目“に”を三つずらすとどうなる?」

 伏見は文字の上で指を滑らす。

「“へ”か」

「お次は三文字目、“り”だ。三つ戻すと?」

「“ら”、“よ”、“ゆ”。“ゆ”だ」

 よし、と小川はペンを置いた。

「じゃあ、ふっさん、こうして変換された三文字を続けて読むと……」

「に、へ、ゆ、だな」

「どうやら、ずらすのは三つではないらしい。“にへゆ”なんて意味が通らないからな」

 待て待て待て、と伏見は机を叩く。

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