解熱剤


 そうかな、と倉坂が首を傾げる。伏見は不満そうな顔を向ける。

「よく考えてよ。毒入りの餌を食べちゃったら猫は苦しむわけでしょ。だったら、餌をあげているところも見られちゃマズいでしょ」

「だったら、人が来たら餌をやらずに立ち去ればいい」

「それこそ怪しくない? さっきまで餌をあげようとしていたのに人が来たら急に餌をあげないって。今の状況だと犯人だって自白しているようなもんだと思うけど」

 しばらく黙っていた小川が口を開く。

「そうなんだよなぁ。俺は知らなかったけど、みんな猫の事件のことは知ってるんだろ? そんな状況で猫に餌をやっている人がいたら、まぁ疑われるよな。でも犯人は捕まらない。よほどうまく立ち回っているんだなぁ」

「じゃあ、あれだ。犯人は猫の扱いに慣れているペットショップの店員だ」

 伏見が雑な推理を披露する。すぐに倉坂から反論をぶつけられる。

「どれだけ猫がなついていようと、毒を食べたら苦しむでしょ」

 伏見もひかない。

「だったら苦しまない毒だ」

「どんな毒? それ。毒っていうからには食べたら苦しいに決まってるでしょ」

 馬鹿にしたような目つきで倉坂は伏見を見た。

「お前、毒食ったことあんのかよ」

「ないけど。あ、風邪のとき、間違って解熱剤服んでひどい目にあったことはある。あれは地獄だった」

 はぁ、という顔をしてから伏見は言う。

「風邪なら解熱剤服むの当たり前だろ」

 倉坂は大きく手を振る。

「違う、違う。そのときは熱なかったの。なのに風邪薬じゃなくて解熱剤服んじゃったからさ。ガクガク震えた」

「馬鹿じゃねぇの」

 倉坂が言い返そうとしたタイミングで小川が口を開く。

「そうなんだよ、当たり前を疑う必要があるんだよ。当たり前に考えれば捕まりたくはない。捕まりたくないなら罠のほうが都合がいい。なのになんで罠にしないんだ? ま、これは罠が見つかっていないから罠にしていないという推測の上での話だが……」

「そんなの簡単じゃん。職務質問されて荷物から罠が見つかったら一発アウトだから」

「伏見、お前、罠って具体的にどんなもの想像してるんだ?」

「どうって……」

「ネズミ捕りやトラバサミじゃないんだぞ。毒入りの餌が入った容器だ。百円ショップで売っているプラスチックの箱に毒の餌を詰めておくだけでいい」

「それでも大量に持っていたら怪しい」

「一個でいいだろ」

「それじゃ効率が悪い」

「捕まらないことが重要だ。効率は無視しろ」

 しゃべるスピードが速くなっていく二人に倉坂が割って入った。

「待って待って、百均なんてそんなちゃんとしたものじゃなくてもいいじゃん」

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