鍵のかかった部屋の扉が開く


  ※ ※ ※


 無事にミステリ研究会の設立申請書は通った。部室も割り当てられた。

 弁論部というプレートのさしてある扉の前で伏見は訊ねる。

「よく原がミステリ好きだと気づいたな」

「教材だと言ってたが、ペーパーバックの下の本は日本語の文庫本だ。もしかして内容を確認するために日本語に翻訳されたものを用意したのかと思ったが、それも違った。パーパーバックのタイトルが“The Siamese Twin Mystery ”だったのに、文庫のほうは一部しか見えなかったがなんちゃら“の事件簿”だった。少なくとも文庫のほうは趣味なんだなと思ったんだよ。お前に気づかせたくて視線を送っていたんだけど、伝わらなかったみたいだな」

「わかるかよ、そんなの」

 伏見は口をとがらす。

「謎部という名前がまさかあの局面で生きてくるとはな。正直、ビックリだ」

「とにかく、俺たちは城を手に入れたわけだ」

 伏見は部室の鍵を顔の前に掲げて、にっと笑った。

「弁論部ね。昔はそんなのがあったんだな」

 小川が日に焼けて変色した弁論部と印刷されたプレートを親指で押し上げた。ふうっと息をかけて、プレートがさしてあった枠の埃を吹き飛ばす。

「新しいのつくってもらわないとな」

 弁論部のプレートを手にした小川に伏見は声をかける。

「必要か?」

 あきれたように小川が口にする。

「いるだろ。偽物なんだから、それっぽくしておかないとまずい」

 小川が伏見を指さして、一言。

「一理、ある」

「だろ」と伏見は得意げだ。

 ドアノブの鍵穴にキーをさそうとした伏見の表情が変わった。

「なんだよ」

「いや、プレートのあったところは掃除してなかったのに、ノブはきれいなんだなって」

「まぁ人間というものはノブがあれば握りたくなる生き物だからな。廊下で立ってしゃべっているときに誰かがなんとなくノブを握れば埃は落ち……」

 バンとなにかを叩きつけるような音がした。二人は顔を見合わせる。

「今の、この部屋の中からじゃなかったか?」

 伏見の問いに小川は戸惑いながらもうなづく。

「あぁ、そう聞こえた。聞こえたけど、気のせいだろ。だって、中に誰かいるわけがない。隣の部屋だ」

 旧弁論部室の両隣は落語研究会とバードウォッチング部の部屋だ。落研のほうは人がいるらしく、笑い声が聞こえてくる。対してバードウォッチング部のほうは静かだ。

「落研の誰かがハリセンで叩かれでもしたんだろ」

 隣の部屋を指さしながらも、「本当にそうか」と小川は思っていた。

「中に誰かがいたとしたら出て行ってもらおう。今日から、ここは俺たちの場所なんだから」

 伏見は鍵をさす。ゆっくりとドアが開かれた。

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