闇バイト

「ご冗談を。学費でカツカツなんです」

 笑みを浮かべて小川は答えた。

「貯金ありますよね」

「貯金というには恐れ多い」

 渋い顔であごを撫でる小川を前に、原は苦笑いを浮かべる。視線をずらすと、いかにも教師といった口調で言う。

「お金を得る方法はアルバイトだけだろうか、伏見」

「まさか先生、犯罪に手を染めろ、と」

 バ・カ・ヤ・ロ・ウ、と原の唇が動いた。さすがに他の教員の前であからさまな罵倒の言葉を口に出すことはためらわれたらしい。

「コンプライアンスとやらも面倒なものですね」

 教師に同情を示す小川の横で、伏見はいきりたっている。

「闇バイトしますよ、今、流行の。いいんですか、教え子が警察沙汰になるんですよ。マスコミにうちの学校の名前も出ますよ。先生の名前も住所もネットに出回るんですよ」

 ふっさん、ふっさん、と小川は伏見の肩を叩いた。真面目な顔で言う。

「あかん、犯罪は」

「そうだぞ、伏見。小川の言うとおりだ。よしなさい、闇バイトとやらは」

 はん、と伏見は嘲るように笑った。

「なんだ、結局、先生も我が身がかわいいんじゃないですか」

「いや、別に俺の名前や学校の名前が出るのが嫌だから闇バイトをやるなと言ってるんじゃない。犯罪だからやるな。ま、個人情報が出回るのも御免だがな」

 原は椅子に背を預ける。椅子がキイと鳴る。

「迷惑動画のときに思ったんだが、どうやって個人情報を手に入れるんだろうな」

 原は小川を見上げた。

「ま、身内か近しい人間経由なんでしょうね」

 目を閉じ、うむ、とうなづいてから原は言う。

「で、お漏らしした情報は無責任な人間とテクノロジーの手によって拡散していく。いったい誰が一番悪いのかと俺は考えてしまうよ。なぁ伏見、どう思う?」

 知りませんよ、と伏見は切り捨てた。

「あと、あれな。闇バイトって呼び方、あれもどうかと思うんだ、俺は」

 転がっていたペンを取ると、原はコンコンと机を叩いた。

「バイトっていうからお金をもらえると思うよな。でも、あれ、もらえないんだろ。そりゃそうだ。他人を利用して人様から犯罪で財産を奪おうって人間が、利用した人間に分け前を与えるわけはないもんな。仮にもらえたとしてもよく考えれば、いやちょっと考えれば自分の人生の利用料がバイト代程度ってのはおかしいわな」

「じゃあ闇ボランティアと呼びましょう」

 小川の提案に原は微笑んだ。俺にも言わせろと伏見が腕を伸ばす。

「それも駄目でしょ。なんかいいことに聞こえる。犯罪使い走り、そう、闇パシリにしましょう」

 満足そうに大きくうなづいて、原は言う。

「バイトは時間を売ることだ。君たちには他に売るものがなにもないのか」

「マンガなんか十冊売ってもせいぜい一〇〇円ってとこですよ」と伏見。

「部室になんかないのか」

 原の言葉に小川と伏見は顔を見合わせた。

「それだ」

 二人の声が職員室に響いた。

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