即答
「悪い」
即答だった。あまりのレスポンスに伏見は苦笑いのようなものを浮かべた。
「映画なら監督、小説なら作者か。作り手は料理人だ。アイデアという素材をいかにうまく味わってもらうか心血を注いでいる。それなのに作品そのものという形ではなく提供されたら、工夫が台無しだ」
「まぁ映画は監督だけの手でできるものではないし、小説もそうか。編集者とかいるしな。映画ならスタッフ」
伏見はどこかピントのずれた反応を示した。
「せっかくの料理に自分でソースかけたり妙な味付けをしたり、反対にソースつけずに食って不味いと言ったりするのと似たようなもんだよ、ネタばらしってやつは」
ちょっと落ち着け、というように伏見は上下に手を動かした。
「前もってなんの情報なしにエンタメを楽しむのがいいというのはわかる。ほら、映画で予告編とかテレビCMとかあるじゃん。たいがい、“すげぇ”とか“どうなっちゃうの”のシーンの寄せ集めなんだけどさ。たまに思うんだよ。せっかく、お金払って映画館行って観るんなら、大スクリーンで“すげぇ”と“どうなっちゃうの”に出会いたいよな、と」
「そういうことだよ。わかってんじゃないか」
「でもさ、そもそもCMがなきゃ存在すら知らない作品もある。予告編観て面白そうだからチケット買おうという映画もある。そう考えると……なぁ」
同意を求めるように伏見は小川を見た。
「なにがなぁだよ。ま、わからなくもない」
その直後、油断していた、と小川は痛感することになる。
「アルファベットで一番よく使われるのはEらしい」
「馬鹿っ」
してやったり、とばかりに伏見は舌を出す。小川は「こら」と口を動かした。
「でもさ、おっさん、これで同じ作品を思い浮かべていることがわかったじゃないか。話がしにくいから作品名を言うぞ」
しっ、と小川は口の前で指を立てた。
「壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が聞いているかわからん」
「例の透明人間か。考えすぎだよ、おっさん」
「それもある。なぁ、ふっさん、こんなことはないか。時々、自分は小説か映画の登場人物で、誰かに読まれたり見られたりしている気がする。こんなことはないか」
小川は狭い部室を見回した。
「あったけどさ。そんなのみんな、通過する経験だろ。いつまで中学生みたいなこと気にしてんだよ。暗号解読といこうぜ」
「そうだな、夏は短い」
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