ネタばらしはいかん

 天井を見上げた伏見に小川は声をかける。

「どうした? 難しい顔して」

「いや、なんかあったなって。暗号を解くのに文に出てくる記号の数をヒントにする映画だかドラマだか」

「たぶん、そいつはあれだ……」

 言いよどむ小川を伏見がからかう。

「なんだよ、名前が思い出せないのか。若年性の認知症か」

 慌てて小川は手を振る。

「馬鹿。さすがに早すぎる。お前が言っているのはあれだなという作品名はわかるんだ。でも、万が一、それが外れていた場合、俺はお前にネタばらしをしてしまうことになる」

 伏見は首をひねる。あー、と小川は頭をかいた。

「お前にも伝わるように具体的に話そう。なにか適当に小説のタイトルっぽいものをでっちあげてくれ」

 しばらく天井を見上げるようにしてから、ぼそりと伏見は口にする。

「“吾輩は犬でない”」

 小川は顔をしかめた。

「なんだよ、文句あんのかよ」

「ない。けど、センスもないな」

「適当にひねりだせと言われたから従っただけだ。文句言うなよ」

 不機嫌そうに伏見は告げた。

「まあいいや。話を戻す。たとえば、俺が『伏見が言っている暗号の出てくる作品は“吾輩は犬でない”だろ』と教えたとする」

「ふむ」

「でも、お前は『いや、違う。そんな千円札のおっさんの書いた話みたいなタイトルじゃなかった』となったとする。でもって、『そうだ思い出した。俺が言いたかった作品の題名は“三十三四郎”だ』と俺に伝えたとする。ここに悲劇が生まれた」

 右に左にと盛大に伏見は首をひねる。

「わからんか」

「わからん」

 短く息を吐いてから、小川は解説を始める。

「俺のせいでお前はまだ読んでいない“吾輩は犬でない”と“三十三四郎”には似たような暗号解読法が用いられていることを知り、反対にお前が“三十三四郎”というタイトルを口に出したことで俺はまだ読んでいない“三十三四郎”の内容をなんとなく想像できてしまい、読む楽しみが減る。というわけだ」

「なぁ、ネタばらし? ネタバレ? それってそんなに悪いことか?」

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