博士、魔物、猫、チャリ

 うーん、と小川を伸びをした。

「明日から夏休みか。なんかもう八月も十日はすぎている気がする。暑さのせいかな」

「とにかく、こいつだ」

 ぱん、と伏見は弁論台の上に右手を置いた。

「のにりちやそかせへまもぬはねこのかねたひ。並べ替えると、意味の通じる文が成立するのかも」

 伏見は鞄からノートを取り出し、ペンを走らせていく。

「博士(はかせ)、魔物(まもの)、猫(ねこ)、チャリ……」

 しばらく、文字を組み合わせてできる単語を伏見は書き連ねていく。やがて、ペンを放り投げた。

「あかん」

「いつから関西人になったんや、ふっさん」

「違う方法みたいだな」

 じっと伏見は小川を見た。

「なんかピンときてる顔をしてるように見えるけど。気のせいか」

「うーん、ただの落書きやペンの試し書きにしては長すぎるから、なんか暗号めいたものなんだろ。でも、そんな複雑なものじゃないはずだ。代表的な暗号の解読法を試していけば、見つかるだろ」

「たとえば?」

「たぬきのイラストが添えてある暗号文パターンかな」

 あぁ、と伏見は手を打った。

「タを抜くんだな。でも、この文にタはないし、その手のやつはたぬきだろうと“ゴ・ム”を消す消しゴムだろうと、消去する文字がやたら多いはずだ」

「だから、別の方法だな。意味のある文章の間に適当に文字を配置するパターンはどうだ?」

「何文字か飛ばして読む方法だな。にしちゃ短くないか」

 伏見の指摘を無視して小川は言う。

「すると、それぞれの文字に別の文字がないしは記号が割り当てられているパターンになる」

「ん? どういうこと?」

「これ、全部で何文字だ?」

 いち、にい、さん、と伏見は数を数えながら紙の上に指を滑らせる。

「二十だ」

「じゃ、適当に二十文字の文を考えてくれ」

 しばらくして伏見は言った。

「雨なので明日のプールはなくなりました」

「それ、二十文字か本当に?」

「自分で確かめろ、おっさん」

 小川は数を唱えながら指を折る。

「おう、本当だ。ちょっとノート借りるぞ。返せないけど」

 小川はこう書いた。


 アメナノデアシタノプールハナクナリマシタ


「なんでカタカナなんだ?」

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