免許がほしい

   ※ ※ ※ ※ ※


「売れそうなものあったか、ふっさん」

 小川の問いかけに伏見は首を振った。

「棚のたぐいはリサイクルショップに売っても二束三文だろうしな。車使わないと店に持って行くこともできない。値段がつけばまだいいほうで、引き取ってもらえなかったらガソリン代だけ損するしな」

 冷静に言ってから、小川はため息をつく。

「俺も免許欲しいな」

 くもの巣とほこりで汚れた天井を見上げて、伏見は言った。

「免許取るのだってお金はいるぞ。それにバイクしか取れないだろ。あれ、原付だっけ。なんか法律変わったんだっけ」

「知らん。でも、バイクでも原付でもいいよ。チャリンコじゃ行動範囲は限られる」

「維持費大変だけどなぁ」

「この弁論台って売れないのか……おい、おっさん。これ」

 伏見は台を指差す。

「こんなもん、あったっけ」

 台の上には紙切れがあった。

「いや、なかった」

「よな」

 二人とも怪訝な顔でお互いを見合う。

「職員室行くとき、鍵、かけて出たよな、ふっさん」

 小川の問いに伏見はうなづく。

「だよな。だって、戻ってきたとき、鍵を開けたのは……」

 小川は自分の顔を指差す。

「俺だし」

「怖いこと言うなよ、おっさん。じゃあ、こいつは誰がここに置いたんだ」

 伏見は紙を指差し、小川に顔を向ける。

「夏だし、季節柄、幽霊ってとこか」

 バタバタと伏見は激しく手を振る。

「勘弁してくれ。ヤクザのほうが実態あるだけまだましだ。連中は警察が捕まえられるけど、お化けはそうはいかない」

 嫌そうに顔をしかめる伏見を見て、小川は腹を抱える。

「そんなに笑うこともねぇだろ」

「いや、悪い。かわいいもんだなと」

「じゃあ、おっさんは怖いもんないのかよ」

 伏見の声は尖る。しばらく考えて、小川は口を開いた。

「お金と時間と健康。この三つがなくなることは怖いかなぁ」

「時間なんてのはいくらでもあるんだよ、少なくとも俺には」

 勝ち誇った顔の伏見に小川は指を突きつける。

「ふっさん、今の言葉、三十年後も言えるか」

「言えるよ」

 即答した伏見にふっと小川は表情を緩めた。

「伏見はまだ爺さん婆さん以外の葬式に出たことないだろ」

「……ないけどさ」

「だろうな。人間はいつか死ぬ。若いから死なないとは限らない。年齢に関係なく、死ぬときは死ぬんだよ」

 はっと伏見の顔が驚愕に染まる。

「まさか……病気……なのか」

「俺が?」

「文脈と状況を考えろ。ここに俺たち二人以外に誰がいるんだよ」

 伏見は部室を見回した。

「心配すんな。死ぬほど煙草吸っても死なないんだ。そう簡単に病気になるほど、俺はやわじゃない」

「ならいいけどさ」

 伏見は壁のほうを向いた。

「いいか、さっきの言葉、覚えてろよ。そして、三十年後、俺の前まで言いに来い」

「死んでなければ、そうしてやるよ」

 この話題はおしまい、と小川は手を打った。

「鍵のかかった部屋にこの紙がなぜ突如、出現したか、という謎なら不思議でもなんでもない。幽霊を持ち出すまでもないさ」

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