可能性の話

「一番、可能性が高いのは“見た”んだろうな」

「じゃあなんで警察に突き出さない?」

「その場で取り押さえることができなかったんだろ」

「違うな。突き出せないんだよ。おっさんだって、なんとなく想像してるんだろ? 犯人はうちの生徒だから、先生は警察に突き出せないんだ。騒ぎになるのが嫌なんだ」

 険しい顔で伏見は言い放った。

「あんまり大人に対して辛らつになんなよ。生徒の将来を考えてのことだろう」

 クールに小川は受け流す。

「自分のクラスの生徒なのかもな」

「先走るなよ。もし本当に保身で犯人をかばっているなら、なんで原はこんなことをしたんだ」

 小川は暗号文を指で叩いた。

「それは……」

「意味がないだろ。お前みたいな熱血に火をつけて、なんの得になる?」

 答えられない伏見に小川は続ける。

「それもこんな回りくどい方法で。この暗号は解けなかった可能性があるんだぞ。だいたい、俺と違って普通の高校生は暇じゃない。夏は勉強の季節だ。意味不明なひらがなの羅列にしか見えないもんを暗号かもしれないと思って、解読に取り組む暇があったら、英単語の一つでも覚えている」

「贖罪だ。完全に黙っているのは良心がとがめる。だから、こんな方法で告白することで懺悔した」

「懺悔? 謎を解け、解かないと誰かが死ぬぞ、と脅迫めいたことをしてくるやつが?  理解できんな」

「それならあれだ。先生は犯人の生徒の名前がわからなかった。だから、生徒の俺たちに解明を託した」

「顔写真つきの名簿なり資料があるだろ」

「じゃあ、うちの生徒じゃないんだ。同世代の俺たちならば、中学校が同じとか、なんらかのネットワークがあると思って……」

 自分でも苦しい推測だと思ったらしく、伏見は言葉を濁した。

「いや、ふっさんの指摘は案外、いい線いってるかもしれない」

 驚いた顔で伏見は小川を見た。

「さっき俺は原が犯人を“見た”可能性が高いとした。でも、原が犯人を知る方法は他にもある。わかるか」

 伏見は激しく首を振った。

「自白する手紙なりメールなりを受け取った。あるいは電話を受けた」

「そうか、それなら先生は犯人の顔まではわからない。でも、おっさん。だからって、俺らに暗号で謎を解けと迫る理由はいまだに不明だぞ」

「表立って教師が生徒を疑うことはできんだろう。猫事件の犯人探しを教師がしているなんてできない。だから、生徒に依頼した。そうは考えられないだろうか」

 伏見は難しい顔をして黙っている。

「納得してないみたいだな。じゃあ、これはどうだろう。原は猫事件の犯人を知っている。なぜならば……」

「なぜならば?」

「自分が犯人だから」

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