職員室へ行こう

「なんでそんなこと?」

 当惑顔の伏見に「知るかよ」と小川は告げる。

「理由なんてのはちゃんと推理できない。仕事のストレスを犯罪で解消しているのかもしれない。宗教上の理由かもしれん。宇宙からの電波がそうしろと告げているのかもしれないし、前世で猫に村を滅ぼされたのかもしれん」

「本気で言ってるのか」

 伏見は怒っているようだった。

「電波がどうの前世がどうのというのから、原犯人説まで冗談だ。思い付きだ」

「ならいいけどよ」

「ということだから、原をからかいに行こうぜ」




 職員室で二人は思わぬ話を聞かされることになる。

「原先生? 急用とか言って出て行ったけど。君たちも急ぎの用件?」

 英語科のベテラン、金村が扇子をぱたぱたさせながら言う。

「そうですか、いや、夏の課題でちょっと質問がありまして」

 言ってしまってから小川は失言に気付く。

 にっと金村は笑う。ヘビースモーカーらしく、黄色い歯だ。

「感心ですねぇ。小川くんは勉強のほうはもうどうでもよくて、高校生活だけを楽しんでいるのかと思いましたけれど。歳をとっても私だって英語教師。どんな生徒であれ、生徒の質問には答えますよ」

「でも、金村先生は私たちを担当されていないでしょう。原先生にも面子というものがあるでしょうから」

 あはは、と金村は声を出して笑う。

「さすがは小川くんだ。伏見も見習いなさい。こういう大人なところを」

 伏見は笑いをこらえるようにしていた。小川の視線に気付いたらしく、慌てたように伏見は言う。

「で、原先生はどちらへ」

 顎にさすり、金村はうなった。

「それがな」

 金村の顔色が変わる。

 なにかあったらしいと小川は不安になる。

「もしかしたら、ご家族の誰かが事故に遭ったか、ご病気になられたか……」

 金村の歯切れは悪い。

「どういうことですか、金村先生」

「電話があったんだよ、学校に。取り次いだのは私じゃないから詳しいことはわからないけどね。電話を受けて妙に深刻な顔になったしな。途中から声を低くして、周りに会話の内容を知られないように配慮してたみたいだし。あれは悪い知らせに違いない」

 小川と伏見は顔を見合わせた。

「でも、そう深刻なことでもないかもしれないな」

「どうしてです?」

「いや、ペットのことを気にする余裕があるくらいだ。本当に緊急事態ならば、ペットのことなんか気にしないだろ」

 動物を飼っている人を敵に回しかねないことを口にし、金村は扇子で胸元を扇いだ。

「ペット……ですか」

 小川の声のトーンは落ちる。

 救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

 金村は窓のほうに顔を向けて言う。

「多いなぁ、今年。去年もか」

「救急車ですか」と伏見。金村はうなづく。

「熱中症だろうな。我々の頃は熱射病とか日射病とか言ってましたな。伏見は知らんだろ」

「それはそうと、ペットとはどういうことですか」

 小川が訊ねると、ふうと息を吐き、金村は言った。

「そう、猫がどうとか言ってたからね」

 小川と伏見は再び顔を見合わせた。

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