必要項目にご記入下さい

 伏見の背中に小川は声をかける。

「部室が快適なことは演劇部室のおかげで証明された。いよいよ俺たちも部活動を立ち上げ、部室というエアコンのある快適な空間をのある夏休みを手に入れようというところだが、一つ、問題がある」

「なんだ。申請用紙なら職員室でもらえるって話だけど。入部希望者も二人いればいいんだろ?」

 伏見は自分と小川とを交互に指さしてから、手でひたいの汗をぬぐった。

「その紙に書かなければいけない項目がある。俺たちは何部をつくればいいんだろう」

 一瞬、「あ」と口を開いた伏見だったが、すぐにいつもの顔に戻り言う。

「何部だっていいだろう。俺たちは別に本気で部活をやりたいわけじゃないんだ。そうだな、将棋部はどうだ」

「ダメだ、もう存在する」

「じゃあ囲碁部」

「それもある」

「まじか。二つとも聞いたことないけどな。ならチェス部だ。さすがにチェス部はないだろ」

 どうなんだ、と伏見は小川の顔を見る。

「ない。だが、チェスだと問題がある。もしチェス部に入りたいというやつが出てきたらやばい」

「丁重にお断りすればいいだけじゃないのか」

 小川は首を振った。

「断るにはそれなりの口実が必要だろう」

「部員は足りてます、じゃダメなのか」

「二人しかいないのに、か? 同じ相手とずっと対局してるのか?」

「あー、そうか。面倒くさいな」

 ゴリゴリと伏見は頭をかいた。

「マイナーで誰の興味もひかず、入部希望者も現れない。そんな部じゃないとダメなんだ」

「じゃあカバディだ」

 カバディ、カバディ、カバディと伏見は連呼する。息が切れるまで待ってから小川は言う。

「俺の知識は適当だが、カバディは二人でやるスポーツじゃない」

 呼吸を整えてから伏見は言う。

「なるほど。ってか、俺が息続かなくなるまで泳がせたな」

 文句を無視して小川は言う。

「同じ理屈でセパタクローもダメだ」

「そもそも、セパタクロー部ならあるだろ」

 伏見の言葉に小川は目をパチパチさせた。

「あんの? マジで?」

「マジで」

「とにかく、だ。入部希望者は出てこないうえで、活動内容の報告書は適当にでっち上げられる程度、俺たちが知っているか、嘘八百を並べ立てても誰からも突っ込まれないジャンル。それを探す必要がある」

「麻雀は?」

 へっと小川は笑う。

「確かに詳しいがメジャーすぎる。入部希望者が溢れかえるかもしれん。そもそも教員連中のウケが悪そうだ」

「あいつらだってやってるくせに」

 うむ、とうなづいてから小川は続ける。

「同じ理由で花札部もポーカー部もダメだ」

「名目は七並べ部ってことにすればいいじゃないか」

 コツンと小川は伏見の頭を叩いた。

「そういう問題じゃない」

「そっか、なにか部活をつくって部室を手に入れたら、そこでポーカーやればいいだけか。そうだな。すまん、問題の本質を見失っていた」

 そこじゃない、と思ったが小川はその点には触れず言った。

「適当な報告書をつくれるぼんやりしたジャンルがいい」

「じゃ文化人類学研究会とかでよくね? 妖怪研究会は?」

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