夏のはじまり

地獄とはエアコンのない夏

「地獄だ」

 教室の机にへばりつくようにして、小川万智はうめいた。

「なんだよ、また赤点か」

 前の席の伏見は椅子に背中を預けて言った。

「テストの点くらいで騒ぐかよ、今さら」と小川は胸を張る。

「ま、確かにな」

 小川と伏見、二人の通う高校はS県のなかでも、学力的には中の下の上に位置する。少なくとも大半のS県の人間はそのように評価している。

 学内で二人の成績はといえば、下の中。定期試験後の補習授業には一年生の頃から欠かさず出席をしている“学ぶ意欲にあふれた優秀な”学生だ。

「で、なにが地獄なんだ」

 まぁ聞け、というように小川は伏見の肩に手を置いた。

「実は、うちのエアコンが壊れた」

「なるほど、それは確かに。かわいそうにな」

「こうなったらヤケだ。町中のエアコンぶっ壊して回ってやる」

「そんなことしたら警察に捕まるぞ」

 ハッと小川の顔つきが変わった。

「そうか、その手があったか」




 

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