不純な動機

「パラドックス?」

 伏見の語尾が上がる。

「それかな、英語じゃなくて漢字でいうと?」

「逆説?」

 ポンと小川は手を打つ。

「それな」

「お前が口にするな。ダサいぞ」

 渋い顔で伏見は小川を指差す。

「お前こそ、人の顔に指を向けるなよ。親の顔が見てみたいぜ」

「新しいの買えよ。お金ならあんだろ。俺と違って」

 にやりと伏見は笑った。

「しゃーないな、買い換えるしかないかぁ」

「いや、待て。あれを見ろ」

 伏見は窓の外を指差した。

「長屋がどうした」

 小川と伏見の通う亜藍学園では、教室のある建物とは別にある文化部室棟のことを「長屋」と呼んでいた。

「長屋の壁をよく見ろ、なにがある」

 はっ、と小川の表情が変わった。

「なるほど、お前の言いたいことはわかったぞ」

「これで俺たちもエアコンのある快適な夏が手に入る」


          ※ ※ ※ ※ ※ ※


 作動音をたてるエアコンの前で両手を掲げながら、小川は満足そうに言った。

「涼しいぜ」

「天国だな」

 三つ並べたパイプ椅子に寝転びながら、伏見も言う。

「しかし、お前、天才だな、伏見」

 冷たい空気を吸い込んで、小川は伏見を賞賛した。

「簡単な推理だよ。文化部棟の壁際にエアコンの室外機があるってことは、室内機もあるってことだろ」

「部室を手に入れれば、エアコンも手に入る」

 小川はうなりをあげる白い箱を指差した。

「部活動を立ち上げた理由が部室を手に入れることだなんて、とんでもなく不純な動機だけどな」

 小川は六畳ほどの狭い部屋の壁に手をあてて、感慨深そうに目を細めた。

「部室かぁ。いいな。なんか青春って感じがして」

「そうか? おおげさじゃないか?」

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