涼しい顔で言いなさんな

            ※ ※ ※ ※


「ないぞ」

 涼しい顔で原は告げた。鼻息荒く伏見は詰め寄る。

「どうしてですか。演劇部室にはあったじゃないですか。俺たちもエアコンのある部屋に移らせてください」

「ないよ」

「どうしてです、どうしてエアコンのある部屋とない部屋があるんですか。そして、さっきから涼しい顔で言うのやめてもらえますか」

 まくしたてる伏見に原は言う。

「まぁ涼しいからな、この部屋は」

「職員室にはエアコンがあって、部室にエアコンがないのは差別です」

「なぁ小川、少しこいつを黙らせてくれないか」

 助けを求めるように原は小川を見る。

「無理ですよ」

「冷たい人だなぁ。それに対してこっちは熱くなってる」

「うまいこと言ってる場合じゃないですよ、先生。説明してもらえないことにはこっちも納得できません」

「簡単な話なんだ。元々、文化部室棟には一台もエアコンがなかった。それぞれの部が必要に応じて予算で買って取り付けたんだ。廃部になった弁論部の部屋には、そもそもエアコンがなかった。そういうことなんだよ。弁論部なんて部活をやろうなんて硬派な連中はクーラーなぞ軟弱だという思考を持っていたのかもしれんし、弁論部があった頃は今みたいに異常に暑くなかったかもしれない」

 伏見は原の腕にすがりつき、「買ってください」と連呼する。その様子に気づいた職員たちがクスクスと笑っている。

「やめろ、暑苦しい」

「冗談やめてくださいよ。こんなにエアコンがガンガン効いている部屋にいるくせに。ほら、あそこ」

 伏見は社会科教員たちの席のほうを指さす。

「誰の席かは知りませんけど、椅子にかかっているの膝掛けですよね」

 そうだが、と原はデスクに肘をついた。

「膝掛けって冬の季語ですよ、確か。今、サマーですよ。英語教師にお尋ねするのもなんですけど、サマーって日本語でなんですか」

 面倒くさそうに「夏」と原は答えた。

「大正解です、夏ですよ。夏の炬燵、冬の扇子みたいな四字熟語ありましたよね。なんです、夏に膝掛けって、季節が違いますよね。クーラーの風に揺れてる膝掛けよ。って句を詠んだら怒られるでしょ。季が違うって。こっちはね、あんまり暑くって気が狂いそうなんですよ」

「仕方ないだろ。職員室は広いんだから、隅々まで冷やすには設定温度下げないといけないんだ。そうなりゃ寒すぎる場所だって出てくるさ」

「仕方ないとはなんです、仕方ないとは。それが教師の言うことですか」

「じゃあ買ったらいいじゃないか。二人でお金出して」

「そんなお金があったらね、苦労しませんよ」

「お金がなければ、手に入れるしかないな」と原はそっけない。

「学業優先の高校生にバイトしろと?」

 絡んでくる伏見をいなして、原は小川を見る。

「お金なら、あるでしょ」

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