第37話
いきなり膨れ上がっただろう殺気に、身の毛がよだつ。騎士団や魔術師団の中でも、ヒッと息を呑む者や、膝から崩れ落ちる者まで出ている。民達も言葉をなくす中、目の前に対峙している二人は完全に腰が抜けたようで二人抱き合って震えている。
「フィン!行こう!」
ワイバーンを落ち着けさせないと。私はそう思って声をかける。これ以上、頭に血がのぼってしまう前に。話し合いが出来る間に。
「ミゼラ公爵令嬢……」
王太子殿下は私の名を呼ぶも、止める事はせずにフィンへ視線を向ける。私の意思を尊重した上で最終決定はフィンであると言わんばかりに。
「……私は、無力です」
しばらく王太子殿下とフィンの間で視線が交わされた後、苦しそうな表情で、ただ現状を語るかのように王太子殿下は口を開いた。その先には王族である自分の至らなさなのか、弟の過ちなのか……それとも両親に対しての事なのか……。
「私も無力だわ」
そう言って、私もフィンに視線を向けた。実際、私だってフィンが居なければ何も出来ない小娘だ。
そんな私達を見て、大きく息を吐いたフィンは、仕方ないなぁと呟いた。
「飛べるの?」
「任せて」
聖獣姿のフィンの背に乗って訊ねる。ワイバーンが居るのは上空で、地面をかけるだけでは到達しないのだ。最初から心配はしてなかったけれど、一応念の為に尋ねただけだ。相手は聖獣と言え、何でもかんでも出来るチートだと思っていたら出来ませんでした!なんて事があってもおかしくない。だけど、フィンから否定の言葉は出なかったから、ほぼチートな気がする。
フワッと上がった感覚がしたかと思ったら、そのままワイバーンの方へ一直線に向かう。犬に乗ったまま空飛んでる!な不思議感覚に思わず感嘆の声があがりそうだ。まるで夢みたい!気持ち良い~!
「シアか!助けにきたのか!」
「早く助けなさいよ!」
視認出来る距離に入ったのか、感激していた私に不愉快な声がかけられ思わず眉間に皺が寄った。しかも内容が内容だ。私にあんな事をしたのに、何故無条件に助けてもらえると思えるのか。
「邪魔」
不愉快だったのは私だけではなかったらしく、フィンは短く低い唸り声を出したかと思えば、すぐそう言って二人を王太子殿下の方へ球体ごと勢いよく吹っ飛ばした。
剛速球。そんな言葉が似合う程、時速100キロ程は出ていたのではないかと、思わず王太子殿下の方へ視線を向ける。既に球体が割れて出てきていた二人はグッタリとしていて、腰を抜かしているのか気を失っているのかは分からないが、すぐに騎士団によって拘束されていた。もう民達にも元凶だと知られているし、王族だからと言ってこのまま終わる事は出来ないだろう。
視線をワイバーンへ戻そうとしたら、深く頭を下げる王太子殿下が見えた。感謝か、それとも詫びなのか……。少なくとも、前世の記憶でも、あそこまで深く腰を曲げて頭を下げる行為というのは余程でない限り見る事がないほどで、周囲に居た人達も慌てふためいている様子なのは理解できた。
――あなたは……。
殺気が薄れ、驚愕の声が脳裏に響いた。ワイバーンの方へ視線を戻すと、フィンを凝視して目を見開いている。
――聖獣様!
ワイバーンの放った一言に、ザワリと周囲がざわついた。
騎士団や魔術師団達からも、まさか、でも……と言った声の後に、深く頭を下げている王太子殿下を見ては全て悟ったかのように次々と跪く人達が出てくる。民達の間でも、あの令嬢は!?伝説の生物が二匹も!?という声がここまで聞こえてくる。
思わず怯みそうになるも、私はしっかりとワイバーンの目を見て声をかける。
「大変なご無礼を働いてしまったようですね。申し訳ございません。ここはひとつ、穏便に解決する方法を頂けませんか」
そう、提示すべきは被害を受けたワイバーンだ。こちらから提示するなんて失礼な真似は重ねられない。お願いするような言葉で、しかし疑問形ではなくしっかりと、意思を伝えた。
――穏便に……だと!?
「はい。多大な無礼を働いた者が多数いたようですが、正直あなた様が召喚された事すら理解していなかった者達です。むしろこちらとしても混乱しているのです」
ワイバーンの目を見て正直に伝える。勝手に呼んだ馬鹿二人はともかくとして、攻撃をした者も悪いが、ほとんどの者は恐怖に逃げ惑っていただけだ。
「既にワイバーンとはこの世界で見られる事のない伝説上の生物。それがいきなり現れたら人間など恐怖と畏怖に支配されます」
――ふむ?確かに。
自分が強い個体である事は理解しているのか、少し落ち着いてきたワイバーンは周囲を眺め怯える民達を見て小さく頷く。
――……その提案を呑まなかった場合はどうなるのだ?娘は聖獣様の背に乗る事が出来る程の人物と見受けるが。
チラリとフィンの様子を見ながら、ワイバーンは私に問いかけてくる。
その内容を聞いたフィンが小さく唸れば、ワイバーンが少しのけぞったように見えた。ワイバーンより聖獣が上か……確かに、そうかもしれないけれど……ペットが最強になってるよ、驚きだよ。前世とは真逆どころか差が広がりすぎだよ……。
「何もありません」
――なんだと?
私の言葉に、ワイバーンは驚き、前のめりになって問いかけてくる。
「何も。ただ愚かなたった二人の為に、ここに生きる全ての生命がなくなるだけです。理由も分からず、何も悪くないのに、ただ巻き込まれる形で惨めに朽ちるだけです……私も」
「シア!?」
事実のみを、あえて悪い言葉で伝える。これで少しでもワイバーンの心に響いてくれればと願いながら。ただ、その言葉を聞いたフィンが驚いてワイバーンへ威嚇を始めたのは予想外でもあった。思わず落ち着いてと慌てて止めるが、ワイバーンは呆気にとられたように此方を見ている。
「分かってるだろうな?シアに手を出せば命はないと思え」
「フィン!」
折角今まで下出に出ていたのに、フィンの一言で台無しだ。もうこれは完全に脅迫となっている。穏便な解決とかじゃなくなってしまう!と焦っている私とは裏腹に、豪快な笑い声が脳内に響いてきた。
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