第2話

 貴族令息令嬢達は十三歳から十五歳の三年間、縮小社会を経験するという名目の元、王都の学園へ入る。そこでマナーを身に着けたり、周囲と切磋琢磨して自分を磨き合ったり、将来に繋がる人脈を繋げたりと、重視されるのだ。その為、学園を出るまでは成人としてみなされない、言ってしまえば学園さえ出れば大人の仲間入りのように見られる事になる。

 だからこそ、公爵や侯爵と言った高位貴族は十歳頃に婚約者を決めて、学園生活で仲を深めて知識を補い合い支えあうのだ。


 五年間。そう、五年もの間、婚約者だったのだ。それが一年前、ポッとヒロインが出てきたら、こんな簡単に捨てられるなんて……月日は無情だ。否、この場合、無情なのはゲームシナリオか。


「シア様、もう邸につきます」

「あっ」


 フィンは、そう言うと尻尾と耳を素早く消した。何と無情!思わず涙目でフィンの方を向いてしまう。


「……見つかっては面倒なので」

「……そうね……」


 そう、この世界には聖獣や魔獣が居る。しかし、すでに聖獣は伝説の生き物とされ、実在しないものとして扱われている。まぁ、かく言う私も前世の記憶が戻る前はおとぎ話くらいにしか思っていなかった。今はしっかり実在していると理解はしているけれど!

 更にそれだけでなく、獣人に至っては人間以上に五感が鋭く、更に力もある為、脅威とされている。そのせいで、隷属の契約というものを行い、奴隷として扱っているのだ。だから、あまり獣人である耳や尻尾を人前では出さない。フィンが獣人である事を知っているのも、公爵邸の僅かな者だけだ。


 だって、私はフィンと隷属の契約なんて交わしていないのだから。


 それは、記憶が戻る前から、私には前世の影響が多大に出ていたせいだと思うけれど。





 物心つく前から、私は動物が大好きだった。特にもふもふしたものには目がなかった。怪我をしていれば、それが動物だろうと、獣人の変化した姿だろうと、お構いなしに拾ってきては両親に咎められたものだ。……咎められても治療し育てて、ずっと一緒に居たりしたのだけど。

 そんな私を見て、獣人の事や隷属の奴隷を教えてくれた両親だけれど、私は泣き喚き、それを断固として拒否したと言う。

 フィンに至ってもそうだ。私が十歳の時に虐められている子犬を助けたのが、フィンだった。当時、五歳くらいだったろうフィンは、人の姿で公爵邸に仕えたいと来てくれたのだが、門前払いされてた所を見つけた私が引き取った。あの子犬と同じ珍しい銀色をしていた為、もしかしてと思う気持ちもあったのだ。まぁ、見事正解だったわけだけど。

 その頃には両親も、私が無類の動物好きというのを優しい個性として尊重してくれていて、だけど国に謀反を疑われるのも困るという事で公爵邸の中であれば好きにして良いと理解してくれていた。だから、フィンはそのまま私の専属従者になったのだ。……してもらった、の方が正しいのかもしれないけれど。


 ――結果、それがシナリオを狂わせてると思う。


「シア様、つきましたよ」


 馬車を下りて、手を差し伸べるフィンの笑顔を見て、頬が緩む。

 ゲームの私に、専属従者は居なかった。居たとすれば、ただの従者だ。……赤い目という聖獣の証を持った、従者。

 どうして公爵家に仕えていたのかも分からないけれど、従者になっていた聖獣にまで裏切られる悪役令嬢ってどうなの!?ゲームとして楽しんでいた時は何とも思わなかったけど、実際この立場に立ったら疑問しか浮かばないよ!?

 けれど、聖獣が従者になるより前からフィンを専属従者にしていた事で変わった、ただ一つの事が私の心を救っているのは事実だ。


「……シア様?」

「あ、何でもないわ。大丈夫よ」

「何かいつもとご様子が……やはり、婚約撤回が……」

「いやそれは嬉しいんだけどね」


 なかなか馬車から降りようとしない私を不思議に思ったフィンが、そんな事を言い出す。まぁ、いきなり莫大な量の記憶が流れ込んできたようなものだから、正直混乱していてもおかしくないとは自分でも思う。意外と冷静なのは、自覚がなくとも、脳がそれだけパニックを起こしている気がする。


 さて、どうなる。


 フィンの手を取って、しっかり足を地につけて立つ。これから向かう先は両親の元。殿下の事を報告し、そして――私はどうなるのか。

 市井で平民として生活するのは問題ない。むしろそれで良いくらいだ。ただ資金は欲しいと思う。だって、私には前世の記憶でチート!とか、商売!とか、そうなる特技があれば良かったんだけど……この世界では無理なのだ。


 ――ただのしがない動画制作者に、デジカメやパソコン機器という道具がなければ何をどうしろと?



「おかえりなさいませ、お嬢様」


 早い帰宅に驚いたのか、執事の出迎えが少し遅れたが、そんな事は問題ではない。


「お父様はどこにいらっしゃるのかしら」

「旦那様でしたら、サロンで奥様とお茶をなさっております」


 執務室で仕事をしているのかと思えば、両親共に休憩しているとあれば好都合とでも言うのだろうか。私はお礼を言うと、そのままサロンに向かった。






「どうしたシア。卒業パーティに行ったばかりじゃないか」


 私がサロンへ声かけ、入室したと同時に驚いたお父様が声を上げる。お母様も驚き、淑女らしくない様子で口をポカンと開けてしまっている。


「実は、ディアス殿下に婚約破棄を言い渡されてしまいました」


 勧められたソファに座らず、その場で頭を下げて事実のみを伝える。両親に愛されていたとは思う。しかし、貴族令嬢としての務めは、また別なのだ。貴族である以上、それが仕事であり、家族愛より貴族として生きる方が大事なのだ。それはプライドやメンツというだけでなく、領民を守るという意味でもある。

 まぁ、とんでもない馬鹿一家の世襲制はたまったものじゃないとは思うけれど。


「……なんだと……?」


 お父様が、低く怒りをにじませた声を出した事に、一瞬肩がビクリと震えた。


「……どういう事かしら?……フィン?」


 お母様の冷たく感情のこもらない声に、頭を上げる事すら出来なかったのだが、問いかけは何故かフィンの方へかけられた事に安堵の息を漏らしてしまう。本当は私がきちんと受け答えをしなければいけないが、流石悪役令嬢、このまま追放になるのか。こんな両親の声を聞いたのは初めてで緊張と恐怖に震えてしまっている。

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