【完結】婚約破棄された悪役令嬢は攻略対象のもふもふ従者に溺愛されます
かずき りり
第1話
「レティシア・ミゼラ公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!」
我が国の第二王子、ディアス・ヴィ・アルヴァン殿下が声高に叫んだ瞬間、私は強い既視感に襲われた……かと思ったら、膨大な記憶が雪崩こんできた。
脳を駆け巡る情報を処理しきれないのか、脈打つような頭痛に耐え、その場にしっかり立ち、殿下達に目を向ける。
――思い出した。
「よくも私の愛しいリディをいじめてくれたな!」
――ここは……乙女ゲームの世界。
私は周囲に素早く視線を駆け巡らせ、ゲームと明らかに異なる一点を確認すると、周囲にバレないように安堵の息をついた後に、再度しっかり殿下達へと目を向けた。
紫色の短髪に美しい濃い青い瞳。整った顔立ちをしたディアス殿下は、まさしくメイン攻略対象者で、可愛らしい女性の腰を引き寄せて、私を睨みつけている。ディアス殿下に寄り添っている女性は確かリディア・ファルス伯爵令嬢だ。ゆるふわしたピンクの髪に、こちらも美しい青い瞳だが、殿下より少し淡い色をしている。後ろには宰相補佐、騎士、魔術師、聖職者と見事に攻略対象者が並んでいる……ゲームのスチル通り。
ただ……一人だけ居ない。それがゲームとは異なる点。
しかしここはゲームではない、現実だ。私は今、ここで生きているという実感を再度持つ為にも、足にグッと力を入れ地を踏みしめる。ヒールでは安定しないのが何とも言えないけれど。そして公爵令嬢として美しいカーテシーを披露する。
「婚約撤回、受け入れます」
そう一言伝えると、踵を返して会場から出る。
破棄ではなく、撤回だ。そこだけは訂正する必要があるので、あえて言わさせてもらった。断罪、そしてエンディングなんてのはゲームの世界だけで、私の人生はまだまだ続くのだ。まぁ、実際の所としては悪役令嬢として追放され、その後の事なんてゲームで描かれていないので知らないけれど。それでも、そんな未来を甘んじて受ける意味も分からないし、何より1つだけでもゲームと違う箇所を見つけたら、それがある意味で希望に繋がった。
「シア様、お手をどうぞ」
「ありがとう、フィン」
白銀の髪をし、青い瞳をした十歳位の少年が私に差し伸べた手を取り、馬車に乗り、フィンが御者に声をかけ馬車を公爵邸へ走らせる。
まだ幼い少年なのに、フィンは私の専属従者として働く程に優秀なのだ。まぁ、私の専属従者なのは他にも理由があるのだけれど……。
「大丈夫ですか?シア様」
気遣うような瞳で私に問いかけてきたフィンへ、私は満面の笑みを見せる。
「問題ないわ!まだまだフィンと居られるしね!」
その一言に一瞬驚いたような顔をしたフィンだが、すぐに笑顔になる。
「シア様の幸せが一番大事です」
その笑顔と言葉に、私は思わずフィンを撫で繰り回したくなるのを必死で抑えた。
乙女ゲーム「恋加護」
前世、私が息抜き程度にハマっていた乙女ゲームだ。一般的な乙女ゲームと同じで、ヒロインであるリディア・ファルス伯爵令嬢が色んなルートで恋をしていく。その度に邪魔をするのが、メイン攻略者である第二王子ディアス・ヴィ・アルヴァン殿下の婚約者である、レティシア・ミゼラ公爵令嬢、つまり私だ。
しかも見事に何故か他の攻略対象ルートでも邪魔ばかりして、挙句最後は追放もしくは処刑となる悲しいエピソードを持っていたりするんだが……。運営、王道ばかり作ってないで、少しは違うものを作れ。なんて、悪役令嬢のその後なんて気にしてゲームしてなかった私は今になって思ってしまう。
前世はただの一般モブ子だった私からすれば、公爵令嬢として生活に苦しむ事なく、更に顔立ちも良い。ストレートでサラサラな緑の髪は腰まで美しく伸びているし、金色の瞳も気に入っている。それを追放如きで人生終わらせられてたまるか!というか、そもそも前世は美容に力を入れていないどころか生傷絶えなかった……。それでも幸せな人生であったと自信を持っていえるけれど、記憶を戻した今は気がかりな事もある。
そしてこの世界には魔法があり、聖獣や魔獣、更には獣人なんてものも存在する。
そして何より私がハマった理由は隠しルートだ。何と隠しルートで聖獣を攻略出来る。しかも、もふもふのフェンリルだ。難しいけれど隠しルートで獣人攻略なんて素敵!という事でファンが大絶賛したゲームでもあるが、その中の一人は確実に私である。
「シア様……お考え事ですか?」
ゲームの内容を頭の中で反芻していたら、私がショックを受けているのかと思ったのは心配そうな顔でフィンが声をかけてきた。
「まぁ……これからどうしようかと……」
ゲーム通りならば追放か処刑なのだけれど、少しでも歪みが生じているならば、全てその通りになるわけでもないだろう、なんて楽観的に考えている自分が居る。そもそも、前世は一般市民だったからこそ、別に市井で暮らす事にも抵抗はないんだけど……。
「あ」
「どうしました!?」
思わず呟いた一言に、フィンが食いつく。つい出た言葉だったんだけど、それは私の下心が芽生えたからなんだけれど……。
「フィンにお願いがあるの……アレして……?」
「うっ!」
いっそこのままお願いしてしまおうと上目遣いで懇願すると、フィンは照れたような顔をした後、俯いて小さく言った。
「……邸につくまでの間ですからね」
そう言ってふわりと目の前に現れたのは、白銀のサラサラふわふわした毛並みの尻尾。幼い頃からの……いえ、前世から私の大好物の、もふもふである!
「はぁあ~」
「ひゃん!」
問答無用で抱きしめて、顔を埋めて頬ずりすると、いきなりでビックリしたのかフィンが変な声を上げた。
そう。これはフィンの尻尾が現れたに過ぎない。ちなみに驚いたからなのか、今はフワフワもふもふな耳までも飛び出ている。何これ可愛すぎか。
「短い時間の間に堪能しなければ!」
「ちょ……!シア様!?」
めいっぱい顔を埋めて、大きく息を吸えば、さすがに恥ずかしすぎるのか、咎めたいけれど咎められないような困惑したフィンの声が聞こえる。残念ながら声だけで、表情が分からないのは、目の前にある尻尾へ思いっきり顔を埋めているからに他ならないのだけれど。それは無問題としておく。
「あ~……自由」
「シア様……」
私の呟きに、今度は少し悲しみの混じったような声が聞こえた。ずっと仕えてきてくれたフィンだからこそ、思うところはあるのだろう。
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