第3話

「卒業パーティの真っただ中、最後に入場した殿下は別の女性をエスコートし、その方の色を纏い、腰に手を回した状態でシア様に婚約破棄を言い渡していましたので、シア様は婚約撤回を受け入れておりました」


 ……事実だ。事実しか言っていない。だけれど、問題しかないどころか大問題でしかないと思えるのは、別視点からの意見をハッキリ口から出された言葉で聞いたからだろうか。


「何ですって!?節操なしが!」

「あのバカ王子が!人間性すらも学ばなかったのか!」


 思わず自分が怒鳴られてしまったのかと思ってビクリと身体が揺れたが、その内容は第二王子であるディアス殿下への暴言である事だと理解するのに、一瞬脳が戸惑った。本人が不在とは言え、十分不敬とされる内容という事もそうだが、ここまで言ってくれる両親から追放や処刑が想像つかないと言うのもある。


「更には、その阿婆擦れ伯爵令嬢に嫌がらせをしたなどと冤罪もかけていましたね」

「なんだと?」

「なんですって?」


 フィンの更なる一言で、部屋の温度が一気に下がったように寒気がした。


「……嫌がらせというのは……?」


 慎重に、落ち着いた声で言うお父様に緊張している事に気が付いたお母様が座るように促してくれる。私も、これから長話になるだろうと予測し、ソファに腰を下ろした。

 前世の記憶が戻った、と言っても、今までの事を忘れているわけではない。確かに殿下はいじめてくれたな!なんて事を言っていたけど、心当たりとしてあるのは……。


「そもそも殿下に心開いてなかったシアです。嫉妬から変な事をするわけではないでしょう」

「……はい」

「王命だったから仕方なく交わした婚約だしな」


 お母様は私の事を分かり切ってるのか、そんな事を言うので、つい苦笑しながら肯定してしまう。そしてお父様の言う通りだ。出来の悪い王子に、それなりの令嬢を、という事で白羽の矢が立ったというだけで、別に望んだ婚約だというわけでもない。勿論、臣籍降下する事にもなるのだから、それなりの爵位を持った家でなくてはいけないというのもある。今現在、第一王子が王太子として立太子しているのだから。


「そうですね。婚約者の居る男性に軽々しく触れてはならない。廊下を走ってはいけない。言葉使いを注意して、貴族の身分制度を理解する必要がある。高位貴族には下位貴族から声をかけてはいけない。許可なく愛称を呼んではいけな……」

「もういい」

「それは嫌がらせではなく、当然の事で、注意するシアはむしろ優しいというものです」


 私が行った行動を伝えると、お父様は頭を抱え俯き、お母様は目を更に鋭くしてそんな事を言い放った。……優しい、と言えば聞こえが良い。しかし、いじめという境界線は難しいと思う。

 実際、前世でもいじめの境界線は曖昧だった気がする。相手が嫌がれば虐めとも言うけれど、嫌な相手と付き合い続けるのも苦痛だし、離れると虐めとされたりもする。何とも難しい問題だとは思うけれど……。


「奥様の言う通りですよ」


 私が難しい顔をして考えていたからか、フィンが慰めの言葉をくれた。


「あとの事は任せて、ゆっくり休みなさい。いくら好いてない相手といえど、傷ついただろう」

「領地で療養なんてどう?しばらく王都を離れてゆっくりしてみるのも良いかもしれないわ」


 両親はそう言ってくれるが、そもそも私は傷物に値するだろう。そして高位貴族は皆婚約者持ちだ。この年で婚約者が居ないのは下位貴族だけになるだろう。これから先の婚姻すら望みがない。むしろ貴族令嬢としての仕事が出来ないのだ。


「……公爵家から追放とか……」

「そんな事するわけないだろう!」

「冗談でも止めて頂戴!」


 震えながらも絞り出したゲームエピソードの1つを口にしたら、両親が驚き、激怒するかのように言った。そんなに私達の愛情が伝わってなかったのか、と肩を落とす両親に、何とも申し訳ない気持ちにもなった。


「お願いがあるのですが……」

「どうした?」


 ゴクリと息を呑み、ゆっくり自分の想いを伝える。記憶が戻ったからこそ、思う事でもある。


「すでに公爵家と釣り合う家に婚約者の居ない者は居ないでしょう。傷物令嬢である事には変わりないですが、私は修道院に入りたくはありません」

「傷物令嬢だなんてっ!」


 私の言葉にお母様はそう言うが、お父様は唇を噛みしめた。実際、この先に縁談は難しいという事は理解しているのだろう。


「なので、市井に降りて生活しようと思います」

「何を言っているの!?」

「平民になるつもりか!?」


 両親は驚きのあまり、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。


「確かに、この機会で婚約の話は無くそうとは思うが……」

「絶好の機会ですもの……しかし……」


 両親的にも、あの王子とこれから先というのは考えていない事は嬉しい。しかし貴族令嬢としては大問題だ。更に平民として暮らすなんて公爵令嬢で更に元とは言え王族と婚約していた者には難しいという考えがあるのだろう。

 当たり前だと思う。今まで全て人に頼って生きていたようなものだ。それも見栄というのもあるが、経済を回すためというのもある。人を雇って、働き口を増やすのだ。だから自分で自分の事をしてしまえば、その人の仕事を奪ってしまう事にもなる、なんとも難しい世界。

 むしろそれが私としては嫌なのだ。前世とはあまりにかけ離れた価値観、世界。いくら今までの記憶があると言っても、違和感というか息苦しさは残るだろう。一般モブ子には厳しさしかない。あと貴族の面倒な言い回しや嫌味、好奇の目に噂話。メンタルがた落ちの病み子になる未来が目の前に広がる、というか、そんな未来しか見えない。療養したところで、面倒臭さしかないだろうと思うと、療養すら気が滅入るのだ。


「……とりあえず、今後の事はまた話し合うとして、今はゆっくり休みなさい」

「そうよ、今は冷静でいられないだけかもしれないわ」

「家族の時間を作る為にも、とっとと今回の追求責任を陛下にしてこよう」


 混乱していると思われて、執事を呼ばれて部屋へ連れていかれる。お父様はこれから王城へ行くつもりなのだろうか、先ぶれを出しているのが聞こえた。

 そう言われても私は混乱しているわけではないと思うのだけど……と思いながら、やはり今までの記憶があると言っても、湯あみを誰かにしてもらう事に違和感や羞恥心と言った、どうしようもない感情が沸き上がってきた。マッサージとかも気持ち良いし、洗い方も丁寧だけど、何て言うのだろう……自分でやらせて!と、どうしても思ってしまうのだ。

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