第4話
広い邸に1人や2人起きていたところで、小さい音になんて気が付くわけもない。警備の人が居るけれど、一体ここで何年暮らしていると思っているのだ。……と言っても、抜け出すなんて事はしたことないけれど。
置手紙を机の上に置き、簡素なワンピースに着替えて、少しの手荷物だけを持って、部屋を抜け出す。それはまるで家出するような高揚感があるのだけど、きっとそう生半可なものではないだろう。申し訳程度に宝石類も持たせてもらった。いきなり仕事が見つかるとは思えないから、少しの間、生活する費用とする為だ。その事についての断りや、私を貴族籍から抜いて欲しい事も書いてある。
髪の毛を服や帽子で隠し、裏門へ向かう。そこにも警備の人が居るだろうけれど、いきなり親が倒れたから帰る侍女辺りを演じれば良いかと思う。とりあえず見つかって困るのは執事長や私の侍女達で……。
「シア様?」
いきなり背後からかけられた声に、ビクリと身体が揺れる。そのまま返事をする事も出来ず、振り返る事も出来ない。だってこの声はフィンのものだ。私と常に一緒に居たのだから、どう足掻いたところで既に私だと断言しているのに逃げられる筈もない。
邸から出る事も叶わない、初の家出計画。そりゃそうか、前世でも家出なんてしたことないしな、なんて溜息を洩らしフィンの方へ向こうとしたら、それを遮るかのようにフィンが声をあげた。
「少々お待ちください。お供いたします」
そう言って踵を返そうとしたフィンは、あ、と小さく声を上げた後、失礼しますと言って私の手を繋いだ。
「置いていかれては困るので……俺はずっと貴女の傍に居たい」
可愛い!と、つい叫びそうになってしまう。胸キュンするような台詞なんだけど十歳男児。いや、私はショタコンではないのだけれど、それでもこの可愛さには萌えてしまう。
「嬉しい。……でも良いの?今の生活を捨てても」
「俺は貴女に仕えたくて、ミゼラ公爵家に来たんですよ。仕えているのはミゼラ公爵ではなく、シア様です」
私を真っすぐ見つめる、フィンの瞳に嘘はない。フィンが居れば、それだけで心強い。今までずっと一緒に居たのだ。いきなり一人で戸惑って生活する事を考えれば、何て幸せな事だろう。
「ありがとう!」
笑顔でそう言えば、フィンは驚いたかのような顔をした後、そっぽ向いてしまった。少しだけ耳が赤いのを見て、まだまだ純情だな、なんて思ってしまう。
フィンは部屋へ戻ると素早く着替えをした後に、小さな手荷物1つだけを持って、すぐに出てきた。
「あれ?早かったわね?」
「シア様が平民になると願い出た後から、すぐ用意していました」
荷造りとかしなくて大丈夫なのだろうかと心配して声をかけたのだが、まさかの返事に私が驚きを隠せなかった。……え?私の行動、そんな先読み出来るものなの?
フィンのお陰で裏口から、すんなり抜け出す事も出来た。夜中だと言う事で今はまだ王都に留まり、明日の早朝から準備をして、乗合馬車で王都を出て行こうと言う事になった。私的に目指すのは国境近くにある辺境の村だと伝えたら、特に何を言うでもなくフィンは賛同してくれた。ただ、田舎でのんびりしたかった、という思いつきだった。
「何か……申し訳ない」
「お仕えしているのですから、当たり前ですよ」
宿の手配から地図の用意まで、全てフィンにやってもらった為に自己嫌悪の渦に陥った。自分1人だった場合、ここまでスムーズに動けただろうか。否、無理だ。そもそも宿の場所を探すだけで迷子になる想像しか出来ない。
「むしろ一部屋しか取れなくて申し訳なく思います」
今、フィンの耳が出ていたら確実に下がっていただろう。珍しく見せる落ち込んだ表情にこちらが申し訳なく思ってしまう。むしろ仕方がないだろう、いきなりこんな深夜に宿を探すにしても、空いてただけありがたい。雨風凌げて眠る場所があれば良い方なのだ!
「俺は床で寝ますから、ベッド使って下さい」
「いやいやいや、何言ってんの!?」
従者的には一緒の部屋なんてあり得ないし、言ってる事は理解できるのだけれど、前世の記憶的に十歳の子どもを床で寝かせるなんて罪悪感が半端ない!
「しかし、まだ嫁入り前のシア様に……」
「一緒に寝れば良いじゃない!というか、もう敬語とかも止めて欲しい。私は平民になるのだから、もうそんなの関係ないわ!」
あれだこれだとマナーに縛られ、自由がなく、言葉の裏には棘があり、付け入る隙を見せたら悪評を流される世界からはオサラバだ。それが貴族と言ってしまえば、それまでだけれど、絨毯とかに座ってゴロゴロしたい。床に座る文化である日本人としての記憶がある以上、正直憧れる。
「しかし……」
何かを言いかけたフィンだが、顎に指を置き、視線を下げて考えた後に、言葉を放った。
「……貴族令嬢ではないなら、遠慮は要らない……?」
「そうよ!遠慮なんて要らないわ!私の事もシアと呼んでね」
フィンの言葉にそう返す。まだ幼い子どもに、どれだけ遠慮という我慢を強いていたのだろうか、本当に心が痛む。
ベッドの中に入って端により、空いたスペースに来るようにポンポンと、そこを叩く。吸い寄せられるかのようにフィンもベッドに片足を乗せると、真剣な目でこちらを見た。
「その言葉に二言はないね?……シア」
「勿論よ!」
すんなりと受け入れてくれたフィンに安堵する。しかし、私はきっちり下心を持っているのだ!
「出来れば、獣化してくれると嬉しいのだけれど!」
もふもふな犬と一緒に寝たい!貴族令嬢であれば絶対出来ない事だけど、今ならば問題なく、犬と一緒に寝る事も出来るのだ!
ちなみに、私のその言葉で何故かフィンはガックリと肩を落とした後、大人しく獣化した。
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