第5話

 一体、私はフィンの何を知っていたのだろうと思う。

 幼い頃からずっと一緒に居た、というか仕えてくれていた。だけれど、私はフィンの事を何も知らないのではないだろうかと思える……というか、絶対知らない。そんな光景が目の前に広がった。


「大丈夫?シア」


 笑顔で手を出してくれるフィンは、いつもと変わらず可愛らしく私の大切なもふもふ……否、従者ではなくなった、私の一番身近な友人というより親友に近い位置だと思ってはいるのだけど……。

 チラリと横に目を向けると、そこには心臓と思われる位置を的確に貫かれた大型魔獣が転がっている。

 ……あれだけ大型な魔獣って、強いのでは?

 そんな考えが頭に過ってはフィンの心配をする自分と、腰が抜けて立てずに頭が混乱している自分とがせめぎ合っている。


「シア?」


 一向に動こうとしない私に怪訝な表情を浮かべるフィンに、私は慌てて言葉を紡ぐ。


「腰が抜けて……きゃぁ!?」


 そんな事を私が言えば、いきなりフィンが私を横抱きにする。一体こんな幼い体のどこにそんな力が!?と思えてしまい、余計に混乱する。




 ◇




 あれから、旅の準備も乗合馬車の手配も全て私が起きる頃にはフィンが終えていた。情けない事に私はただフィンに言われるがまま着いて行く事しかできず、子どもにここまでさせている事が前世年齢含めて大人になる私は情けなさがこみあげていた。

 王都から離れ、乗合馬車を乗り換え、辺境行きの馬車を探す町でフィンが旅費や生活費を稼ぐと言い出し、冒険者登録をしてきた。ついでに私も登録する!と言っても、薬草の採取とかしか出来ないけれど、何もしないよりはマシだと登録して、一緒に森へ採取に来たのだ。

 つい薬草採取という初めての経験に夢中となった私の前に、大型の魔獣がいきなり現れ驚き腰を抜かした瞬間、フィンが氷の槍を出現させて瞬殺した。


「フィン……攻撃魔法なんて仕えたのね?」

「シアの護衛も兼ねてたから、武術や魔術の心得はそれなりにあるよ」


 初耳だ。というか、幼い子どもに厳しい指導教育をしていたわけではないよね。仮にも公爵家だ、ありえる……。


「まぁ、魔術の方が得意だけど」


 うん、私は使えないけど、瞬間的に発動させる事もピンポイントで貫く事も……更に言うのであれば貫けるだけの強度を保つ事も難しい事だった筈なんだけど……フィンはサラっと言ってのける。

 これ、フィン一人で魔獣の討伐依頼をこなしてる方が収入になるのでは……?と思ってしまう私は、ますます自分が情けなくて自己嫌悪に陥ってしまう。

 前世の記憶が戻っても、ただの一般モブ子で、挙句機械系統がない世界では何も出来ない。そして今は公爵令嬢という周囲に頼り生きてきたような存在だ。


「何か……すみません……」

「大丈夫。シアは俺が守るから」


 満面の笑みでフィンはそう言うけれど、子どもにそんな事を言わせてしまう自分に、余計情けなさが生まれてしまった。






「シア、ちょっと旅費を貯めるのに、もうしばらくこの町に滞在したいんだけど」

「どうしたの?」


 数日この町で滞在しつつ、辺境の村へ向かう馬車を探しながら討伐依頼や採集依頼をこなしていた私達だったが、いきなりフィンがそんな事を言い出した。旅費というか、お金ならそれなりに稼いでいる筈なんだけど……。


「辺境行きの乗合馬車がないみたいで、馬車を雇うにはお金が足りないんだよね。申し訳ない。商人も戻ってきたところみたいで、次に行くのは1か月以上先だって言うから」

「じゃあ徒歩かー」

「……は?」


 私の言葉に、フィンが驚いような呆れたような声を上げた。対等な立場として敬語を止めたフィンだけれど、それなりに私を敬っているような感じだったのだけれど、今のは完全に素が出ていたと言っても良いだろう。何言ってんですか?と言わんばかりの空気を感じる。


「いや、ほら。歩いて1か月もかからないだろうし、なら歩いた方が早いかなって」

「……その間は野宿ですが?」

「……簡単な魔法程度なら使える事が分かったし?」

「日常生活の魔法程度ですよね」


 何かしら冷たいオーラを感じる気がする。というか敬語に戻ってるフィンが若干怖い。まぁ正直、野宿と言ってもアウトドア程度の感覚しかないのだけれど、一体どんなものなのか想像もつかないのは確かだ。というか、理由はそれだけではなく……。


「早く王都から離れて、きちんと生活を送れるようになりたいのだけれど……」


 ポツリと零れた本音に、フィンがため息をつくと、分かったと言って買い物に出かけて行った。私も行こうと思ったけれど、荷物が多くなる事と、それに伴いマジックバッグなる容量が沢山ある収納鞄を買ってくると一人で出かけて行った。

 一人ポツンと残された部屋で考える。平民になりたいと言っても、平民の知識なんて全くなくて。前世の記憶だって役に立たなくて。

 と、そこまで考えて思い出す。知識は何者にも奪えない財産になるという事を。知識や技術、経験といった自分の中にだけ蓄えられるものは、どれだけあっても邪魔にならない事を。公爵令嬢としての知識も邪魔にならなければ、これから平民としての知識もいれていけば良いのだ。


「そうと決まれば!」


 せめて、私も何か自信が持て生活できるように。薬草等の採集がもっとスムーズに出来るように。医療機器といったものがない、この世界で治療の知識も必要だろう。主に討伐依頼を行うフィンの為にも。

 そう思って、私は本屋に向かう。図書館と言うものがあれば、そこで読むのもありだろう。何もしないより、何かしら自分に蓄えようと私は私で行動を起こしていこうと決めた。

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