第6話

 フィンは危険な事さえしなければと言ってくれたので、私は町の子ども達へと孤児院のようなものに併設されて作られた図書館のようなものや本屋にも行って、必要だと思われる知識を入れた。フィンの準備が終わる間に、平民の暮らしを見たり、職業や薬草類、簡単な医療に関しても読み漁った。まだまだ足りないと思った分に関しては書籍を購入してきて、これで私も役に立てる!……と思っていた時が、あったのです。


「シア、夕飯できたよ」

「あ……うん。ありがとう」


 明日には村に着く。その前に少し回り道をして立ち寄った森の中で、私はフィンが用意してくれたテントの前で休んでいた。勿論、ご飯の用意もフィンである。更に言うなら焚火を起こしてくれたのもフィンだ。あれ?至れり尽くせりじゃないか?

 今までの旅路を振り返ってみても、そうだ。湖や川があれば汗を流すのにお風呂のような樽にお湯を用意してくれたのはフィンで、ご飯の材料から用意、そして寝ずの番をするのもフィンだった。更に言うならフィンは怪我1つしていないので、手当という行為も一切していない。


「そういえば、どうしてこの森に寄ったの?」


 ふと気になった事を聞いてみた。フィンの性格的に、真っすぐ安全で最速に辿り着く道を選ぶと思っていたからだ。


「道なりに行っても水浴びする場所もなかったし、ギルドの情報や地図を見る限り、村での討伐依頼や薬草採取は、この森になりそうだったから下見を兼ねた食糧調達」

「なるほど……」


 結構しっかりと下準備や知識を入れてるフィンに驚きを隠せない。そこらの大人より余程しっかりしている。


「ちなみに、この森は広くて、抜けた先は隣国だったりするから奥まで入っちゃダメだよ。……まぁ抜け出す前に遭難するけど」

「絶対離れないでね!」


 思わずフィンに抱き着いてしまうダメな大人、悪役令嬢な自分。しかし森なんて初めて入ったけれど、木々ばかりで、すでに方向性すら分からない。フィンが居なければ帰り道すら既に分からない。方位磁石なんてものがあれば別だろうけど、確かに磁力が狂ったら迷子になるっていう意味が理解できる。


「絶対離れないから」


 そう言って優しく微笑むフィンだが、その瞳がどこか怪しげに光っている気がする。そんな時、ガサリと草木の鳴る音がした。

 フィンが素早く私を背に隠し、音のした方に視線を向けるが、何かが出てくる様子もない。


「魔獣が襲ってくるわけではないのか……?」


 シア様はそこで待っていて下さいと言われるが、一人残されるのも嫌なのでフィンの邪魔にならないように付いて行く。草木を分け入り少し入ると、そこに居たのは――。


「……サーバルキャット……?」


 猫のような、しかしそれ以上の大きな体を持つ動物の名前が思わず漏れた。

 眠っているのか。しかし警戒心は強い筈だと思い、私はじっとその姿を見つめると、体の下に血だまりのようなものが出来ているのが見えた。


「大変!」

「シア!危険だ!」


 思わず近寄ろうとした私の腕をフィンが掴んだけれど、思わず私はそれを振りほどいた。


「でも!このままじゃこの子が死んじゃう!」


 様子を見ながら一歩、また一歩と近づく。途中から唸り声が聞こえるが動こうとしない為、大丈夫だよと声をかけながら近づく。興奮して暴れたり逃げる様子もない事から、私はゆっくりと歩みを進める。

 大丈夫、大丈夫だ。前世での事を思い出せ私!

 そう自分に言いながらサーバルキャットのようなものに手を差し伸べるも、抵抗するような暴れるようなそぶりを見せない。それどころか、どこか諦めたかのように唸る事すらも止めてしまった。

 そっと体に触れて確認をすると、足に大きな怪我をしている事が分かった。これじゃ逃げたくても逃げられない。


「シア……」

「フィン!毛布と薬草を頂戴!」


 何かを言おうとしたフィンに対して、焦りのあまり大きな声で返してしまったけれど、フィンはすぐにマジックバックから取り出してくれた。

 怖くないよ、と言いながら、少しでも安心してもらえるよう毛布に包む。怪我をしている部分だけは外に出して、薬草の準備をする。

 フィンに使う事がなかったから、色んな薬草がまだ残ったままだ。だけれど私に動物の医療知識はない……この世界において、だけど。否、向こうの世界でもしっかり理解していたわけではない。結局その道のプロというか、獣医さんのお世話になる事ばかりだったのだから。

 サーバルキャットの頭を私の膝に乗せると、ジッとこちらを伺っている瞳と目が合った。ニコリと微笑みかけ、大丈夫と繰り返しながら、その頭を撫でる。

 いきなり大きな動きをする事なく、ゆっくりと驚かさないように動き、手当を進めていく。傷もそこまで深くはないようだ。ただ、これで歩くのは無理だろうし、しばらく安静にする必要もあるだろう。





「できたっ」


 嬉しくて、つい大きな声を出しそうになったところを、ぐっと我慢する。これで大丈夫だろうと思うけれど、念のために簡単な治癒魔法をかけておく。日常生活で起こる怪我くらいなら治せる程度なのだけど……この世界には獣医なんてものは存在しないし、せめてもの気休めだ。感染症等にかかってしまえば命がない。


「っ!」


 かけられた魔法に、サーバルキャットが驚いたように目を見開いて頭を上げた。うん、可愛い。


「……シア……」


 可愛くて思わずサーバルキャットの頭を撫でまくっていたら、後方から少し拗ねたようなフィンの声が聞こえた。


 獣人とは言え、やはり犬の部分はどこかにあるのだろうか。フィンは睨みつけるような目で、私の膝の上で撫でまわされているサーバルキャットを見ているせいか、サーバルキャットの視線がどこか彷徨っているような気がする。うん、居心地が悪いのだろうな。先住民が後から入ってきたものに嫉妬してしまうのは、よくある話だ。保護猫的なものでだけど。しかし私としては膝の上に居るもふもふを手放したくない気持ちがあるわけで……。


「フィン、おいで」


 そう言って手を差し出すと、一瞬驚いた顔をしたフィンだったが、そのまま頭を撫でてと言わんばかりに差し出すように近づけてきた。その姿に、既視感を覚えつつ、サーバルキャットの頭を優しく抱きしめるようにしたまま、フィンの頭を撫でると、嬉しそうな顔をする。


「フィンが一番よ」

「っ!?」


 笑顔でそう言うと、フィンが目を見開き、尻尾と耳が飛び出した。その瞬間を見逃さず、すかさず私は耳をもふもふする。

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