第7話

「あぁ~やっぱもふもふ最高!」


 私がそんな事を叫べば、フィンの視線から逃れるように顔を俯かせていたサーバルキャットが顔を上げ、フィンを見ると目を見開き、いきなり立ち上がった。


「獣人!?」

「え」


 サーバルキャットから放たれた人の言葉に、呆気にとられた私だが、次の瞬間には目を見開いた。だって、さっきまでサーバルキャットの姿だったのが、今は獣人の姿になっているのだから。


「え?え?えぇ?」


 状況把握に頭が回らない私はフィンの方を見ると、フィンは驚いた様子もなく、ただ鋭く冷たい目線をサーバルキャットだった獣人に向けている。ある意味で威嚇的に見えるのは気のせいだろうか。獣人同士でも動物のような嫉妬はあるのか……?

 というか、そうじゃない。そうじゃないよ、そこじゃないよ。

 と、必死に脳内を働かせると、身体中の血液が私の顔に集まってくるのを自覚した。

 待って、本当に待って。これは……。

 このままでは不名誉な汚名が自分についてしまうと、私は思わず土下座の体制を取った。


「もふもふして申し訳ありませんでしたー!」

「そこかよ!?てか謝罪!?」


 淑女にあるまじき行為。獣姿だったとは言え、人の形を取れる獣人相手に、私は痴女のような行動に出てしまったわけだ。前世ならセクハラで訴えられる。てかもう、恥ずかしくて黒歴史的に死ねる。

 頭を膝に乗せて、身体中を撫で回して抱きしめたわけで……。


「私、変態!?」

「シア!?」


 思わず叫んだ言葉に、フィンが私を慰めるように抱きしめ、サーバルキャットだった獣人に対し唸って威嚇する。


「え?えぇ!?変態じゃない!大丈夫だ!ってか俺が悪いの!?」


 何故か焦ったように慰めの言葉をかけられるが、自分のやった事が恥ずかしい私は、しばらくフィンの胸から顔を上げる事が出来なかった。




「……大変申し訳ございませんでした」

「いや……俺こそ……?」


 落ち着いた頃に、お互い謝りあう……というか、獣人の彼は疑問形ではある。それはフィンの鋭く冷たい目線のせいかもしれないけれど。というか、確実にそうだろう。フィンの方をチラチラ様子を伺っている事から分かる。


「で、何でこんな場所で獣化していたんですか?紛らわしい」


 最後の一文を特に底辺から響く冷たい声で言い放つフィンに、ビクリと身体を一瞬震わせてから、ヤケになったように顔をそっぽ向けて獣人の彼は口を開く。


「人間に見つかると色々面倒じゃねーか。怪我して動けなかったし」

「そうね、あれだけの傷だと……」

「そもそも!獣化した獣人かもしれねーのに、よく手当したな……?」


 怪訝そうな目で彼はそう私に言うが、私は何の事だと思ってキョトンとした顔をしてしまう。その表情を見た彼は、ため息をつくと頭を抱えた。


「……まぁ、獣人を連れてるくらいだしな……隷属の契約もしないで」

「あ」


 そこで私は、獣人の扱いがどういったものかという事を思い出した。ずっとフィンと一緒に居たし、前世の記憶の影響か、私自身そういった差別意識が全くなかった為に、すっかり忘れてしまっていた。


「獣人は人間から隠れ住んでると聞いてるが?」


 話題をそらすかのようにフィンが問いかけてくれた。その言葉に、彼の目は怒りに染まったように鋭くなった。


「そうだよ!人間に見つかったら、どんな目にあうか!……でも、生きるためには狩りが必要だ……」


 人間を心の底から嫌い、軽蔑しているのだろう事が分かる。しかし、勢いをなくした後半の言葉から、いくら人間より優れている部分があったとしても、隠れての生活は大変なのかもしれない。

 チラリとこちらを見た後、彼は聞き伝えられてる人間や、知ってる人間とは違うようだけど……と言って、視線を彷徨わせている。私に対してどう接して良いのかも分からず戸惑っているのだろう。


「狩りの最中に怪我を?」

「そうだよ……動ける奴が狩りをするんだ」


 ならば、動けない人もそれなりに多いのではないだろうか。足を怪我してしまえば、それだけで戦力外になってしまうし、腕が動かなくなってもそうだ。というか……何というか……。


「大変じゃない!薬草はあるの!?治療はどうしてるの!?」


 思わず前のめりになって聞く私の勢いに、彼はのけぞる。隠れ住んでいるというのならば、治療設備が整っているとも言い難いのではないだろうか。


「薬草なんてないし、基本自然治癒というか自己治癒……」

「治療に行くわ!」


 完全に野生として生活している人達の自己免疫力に頼るのを無くしてはいけないのかもしれないけれど、手術みたいな高位技術ではなく薬草手当や生活魔法の回復程度ならば、そこまで邪魔にはならないだろう。


「いや、危険だしダメだから!」

「危険?」

「シア。獣人は人間に敵意を持ってる」


 彼は私の申し出を断った。その理由をフィンが教えてくれた。確かに、私達人間が獣人に対して酷い扱いをしている以上、彼らにとって人間という括りで敵としてみなされていても当たり前だろう。理解できる、けど、私的にそれを無視する事は出来ない。


 前世の記憶が私の感情を支配する。

 私は、前世では猫や犬の保護活動をしていた。しかし仕事をしながらの保護活動は難しいものもあった。そこで私は動画を撮ってインターネットに流す事で収益を得ていたのだ。

 保護活動の宣伝にもなり、里親募集も出来、更に収入も得られる!たまに品物で寄付される事もあり、仕事をしなくても生活出来るようになったらなったで、私は更に活動範囲を広めていたくらいだ。

 一番可愛がっていたのは、最初に拾って飼ってきた白いアメリカネスキモードッグだ。真冬と名付けて、いつも一緒に行動していた。飼い主を喜ばせる事が大好きで、友好的だけれど警戒心が強く縄張り意識も強い為、大声でよく吠えると聞いたが、真冬は吠える事がなかった。それどころか、他の保護した犬猫に対して家族のような情を向けてくれていたのだ。

 だからこそ、私は保護活動が出来たのだ。そして、そんな私だからこそ……。

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