第8話
「それでも、放っておけない」
「シア……」
ギュっと、フィンの手を掴んで言う。
「獣人のフィンが居たら警戒心も緩まないかな?せめて手当だけでも出来ないかな?」
私の言葉に、獣人の彼は目を見開き、フィンはどこか寂しそうで懐かしげな表情をした。
知った命を散らせたくない。というか、私は本当に動物が好きで。見て見ぬふりが出来なくて。新しい家族の元で幸せに暮らしているのを見ると安心出来て、人間と動物の心の絆というものを確信していたのだ。
「……森の奥深くに、隠れ里のようなものがあるんだ……」
ポツリと、獣人の彼は言葉を紡いだ。
この森は確かに広い。そして冒険者ですら奥深くにまでは足を踏み入れない。自分は逃げまどって、こんな所まで来てしまったけれど、と彼は言った。確かに、方向を1つ間違うだけで死んでしまう程に広い森ならば、隠れるのもありだろう。 獣人は人間よりも方向感覚や五感も良いから、人間には分からない何かで迷う事なく生活が出来るという事だろうか。
「案内して!」
「シア!さすがにダメだから!」
「俺も反対だ……恩人が死ぬ所を見たくない」
「シアは殺させないよ?」
死ぬ事が確定する程、敵視されてるんですかと、思わず背中に汗が流れる。フィンが守ってくれるようだけれど、そうなるとフィンを危険に晒してしまう事になるわけで……それだけは絶対に避けたい私は、他に方法がないか考えた。
「それに食べる物もどうするんだ?」
そう言った獣人の言葉に疑問を持ちつつも話を聞くと、森の中では野菜もなかなか育たない環境にあるという。人型を上手く取れる人が外へ出て買う事もあるほどで、それこそ人間にバレる危険性もあり、実際帰って来なかった人も居ると言う。
「ならば自分の分は自分で買い出しを……」
「シアが森に入り込んだ時点で命はないでしょう」
恐ろしい事をフィンが言うけれど、確かにそうだ。人間でしかない私は方向感覚が分からない。この森を正しい方向で進むなんて無理だ。いっそ道しるべを、と思ってしまうけれど、そうなると隠れ里を危険に晒す事になる。
何これ、問題しか沸き上がってこないじゃないか。解決策はどこ?
ぐぅううう~。
そんな事を考えていると、お腹のなる音が聞こえた。……2人分。
「そう言えば夕飯の途中だったね、シア。テントに戻ろう。もう日も落ちてきたし」
そう言って手を差し伸べてくれるフィンだけれど、私は思いっきりお腹の音を聞かれて恥ずかしさに俯いてしまう。というか、もう一人は……そう思ってチラリと獣人を見てみると、彼もお腹を押さえていた。
「よかったら、一緒にどう?」
「良いのか!?」
声をかけると、嬉しそうに獣人は顔をあげた。怪我をした動物はジッとして怪我が治るのを待つとも言う。ずっと食べてなかったのだろう。むしろ狩りだって出来ないだろうし。
テントに戻ってきた私達は、食事を再開する。フィンは獣人の分も用意してくれた。
「えっと、今更だけど、私はシア。そしてフィンよ」
今更ながら名前を名乗る。一緒に食事をしても良いと思ってくれているのなら、それはきっとそれなりに心を許してくれた証拠だと思うから。案の定、彼からも答えが返ってきた。
「俺はエアロだ。……本当にありがとう」
エアロと名乗った彼は美味い、こんな温かい飯にありつけるなんてと涙を浮かべながら、がっついている。獣人とこうやって仲良くなれる事に対して嬉しく思う。むしろ栄養状態とか大丈夫なんだろうか、なんて変な心配までしてしまう。
「獣人達は魔法を使えないの?」
思わず聞いた。フィンは色んな魔法を使って色んな事をしている。数人が隠れ住んでいる場所だとしても、何かしら方法があるのではないのだろうか。
「人間もそうだと思うが、魔力の有無は個人差による。それに俺たちは身体能力が高い分、魔力制御が苦手というか、身体のみで何とかしてしまうからな」
それを人は脳みそ筋肉、略して脳筋と言う。
という言葉が喉元まで出かかって、飲み込んだ。本能のままに生きるところは獣に近いのか、と思ってしまったが、それならばフィンは……。
そこまで考えて、一応私は公爵令嬢であった事を考えると、深く考える事を放棄した。幼い子どもに厳しい訓練をしたとか……ありえそうで本当に怖い。
食事の後、エアロは隠れ里の皆が心配していると思うから戻ると言って、森の奥深くへ走って行った。その脚力はやはりサーバルキャットだな、と思える程に速く、その姿が見えなくなるまで見送った。
私達は、翌朝には予定通り村へ行き、そこで空き家を借り、討伐や採取依頼をしながら細々と生活していたりするのだが……。
「よっ!シア!フィン!」
「エアロ!また来たの!?」
変わった事と言えば、たまに森の中で薬草とか探しているとエアロが現れる事だ。
「ここに来るまでの間、危険もあるだろう」
「まぁ、そうだけど。狩りのついでってのもあるし、人間と知り合いってのも何か嬉しくて」
エアロはそう言って牙が見える程に笑った。
「……知り合い、ですからね」
「こえぇよ、フィン」
睨みつけるようなフィンの眼差しにも慣れたのか、エアロもエアロで言い返している。知り合いって何か遠い存在な気がするんだけど……。
「友達ではないのね……」
思わず私がそう口にしてしまえば、二人は勢いよく私の方を向いた。フィンは驚いたような、だけど愕然とした表情をして。エアロは驚きつつも顔面蒼白な顔をして。
「ごめんなさい。そんなに嫌だとは……」
そこまで拒絶されるのかと、私もショックを受けて俯いてしまう。フィンも人間が獣人と友達になるなんてあり得ないと思っているのだろうか。
「嫌じゃねぇよ!?」
「私も獣人のお友達欲しかったんだけど……というか、友達いないし」
落ち込む私を見て、二人は慌てる。よく考えれば私に友達は居ない。記憶が戻る前の事も覚えているが、家同士の付き合いで……と言った感じで、本音を言えるような友達は居なかった。全てが上辺だけ。
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