第40話

「ダリスに変な女を寄越そうものなら許さないから」


 一瞬にして空気が凍った。

 まさかのフィンから……聖獣からのお言葉だ。視線を彷徨わせる貴族や、俯く大臣達が見える。ただでさえ王太子妃の座を狙う人は多かった筈。更に聖獣から国王にと言われたのであれば、今すぐにでも跡継ぎを!という気持ちが急いても仕方ない。それが貴族というものだし、中には我が娘こそ!と思っていてもおかしくはない。大臣達に至っては隣国の姫君を含め数人ピックアップしていてもおかしくなさそうだ。


「……人間は不貞を働きすぎだからな。不貞を働くなど言語道断。政略にすればするだけ不貞を犯す確率は増えるだろう」

「フィン!」


 国王陛下を視線を定め、睨みつけているフィンに対して咎めるような口調で呼ぶ。地味に古傷抉られてるから!好きではなくても、相手に不貞働かれると、プライドとか色々傷ついてるから!一応!自分の価値めっちゃ下がった気するから!思い出させないで欲しい。


「これで擦り寄るだけしか能のない貴族は淘汰されると思う」


 ボソリと返すフィンの言葉に、一応王太子殿下の事を考えて言ってくれたのだと思える。

 まだ見ぬ子孫の為にと思い、血を……地位やお金を後世へ残す事は確かに貴族の務めとも言えるが、脳がなければ民の上に立つ貴族として全く意味がない。擦り寄るしか出来ない寄生虫は、むしろ害悪とも言える。それらが王太子殿下につかないよう、あえて先に牽制したのだろう。

 ……本当に優秀です……。聖獣様々です。






 流石、人間の臨機応変さと言う所だろうか。地位を持つ貴族達が各々に動き出し始める。王都に住む民達も、危険はないと判断し、決まった事はまた国から報告されるだろうと各自いつもの日常へ戻っていく。



「シアー!無事!?」

「フィン!お疲れ!」


 獣人達もこちらに追いついて、合流してくる。すれ違う騎士達が獣人や魔獣達に剣を向けない辺り、少しは考えが変わってくれていると思える。

 ……危害を加えなければ、害はない。はるか昔はそんな時代があったと言われているけれど、これからまたそんな時代が来れば良い。


「こっちは大丈夫!皆ありがとう!」


 だって、皆こんなに心優しいのだ。心配して追いかけてきてくれる程に……。


「え!?シア泣いてる!?」

「何もしてないぞ!?」


 思わず涙ぐんでしまったらしく、皆が慌てる。特に一部の獣人達はフィンに対して必死に弁明している。


「……嬉しくて」


 私が放ったその一言に、皆が何言ってんだ!当たり前だろ!と声をかけてくれる。

 ワイバーンという強いものが現れたのに、逃げるではなく心配して来てくれる、その心が……優しさや温かさに嬉しさを隠しきれなかった。


「じゃあワイバーンも住処に帰るか。送るよ」

 ――断る。

「……は?」

「……え?」


 フィンの答えに対するワイバーンの返答に、思わずフィンと私は素っ頓狂な声を上げる。


「いやいや、住処に帰らないでどうするの!?そんな大きい図体で留まられたら、陽の光も差し込まなくなるわ!」

 ――シアと言ったか。お主傍は楽しそうだからなぁ。

「どういう意味!?」


 解せぬ。非常に解せぬ。どこをどう見たら、そう捉えられるのだろうか。それに実際、こんなのが王都の上にとどまっていた場合、どうするのだろう。晴れの日は曇りに。雨の日は……テント代わり?いやでもダメだろう。

 そう思っていたら、ワイバーンの姿が徐々に小さくなり、鷲位の大きさになった。先ほどよりは小さいけれど、まだ大きくて迫力あるように感じます……。実際、鷲って猛禽最強だしね!?


 ――これなら大きさ的に問題ないだろう。


 地面に降りて両羽を広げて満足そうに言うワイバーンに対して、まだ大きいわ!と突っ込みを入れる事も憚られた。


 ――沢山の獣人や魔獣に好かれ、聖獣と一緒に居る人間だ。私も一緒に居たい。昔のように楽しめそうだ。


 ワイバーンの言葉に、思わず胸が締め付けられそうだ。昔はそんな時があった……という事を知っているのだろう。そう言われたら断れる筈もない。


「ふーん……」


 納得はしつつも、どこか不満そうなフィンから放たれた言葉に、獣人達やワイバーンが焦り始める。


 ――好きと言っても違うからな!?

「いや、シアにそういう気持ちはないからね!?」

「好きじゃない!いや好きだけど、そういう意味じゃない!」

「女として見てないから!」


 何か嬉しいような……地味に傷つくような……いや嬉しさのが強いけどね?

 焦って皆、色んな事を口にしているけれど、女じゃない的な発言は……どうよ?男として見てるの!?それならばせめて種族外だからって言って欲しい。何か分からないけれど、地味に傷つく!


「……シアに魅力がないと?」

 ――違うぞ!魅力的すぎて釣り合わないだけだ!

「フィンとお似合いだからだよ!」

「そう!俺たちには不釣り合い!」


 フィンの言葉に、皆が口を揃えてそんな事を言い始めるものだから、今度は恥ずかしくて逃げ出したくなる。というか、皆一体何なんだ!?外堀を埋められている気がする……。


「もう帰ろう!」


 恥ずかしくなって、放った一言。どこが、と言わなくても、皆分かっているかのように頷いてくれた。

 帰ろう、森へ。

 帰ろう、いつもの生活へ。


 誰かが、お腹すいたと言い出せば、すぐに料理の話になった。

 普通に王都を闊歩している、この光景が普通な事になる日は、そう遠くないのかもしれない。

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