第39話

 もう収集がつかなくなっている現状を、他力本願で流れに任せようと思ってしまう。ここで私が頑張ったところで、何も変わらない気がする……。なんて思っていると、いきなりフィンが聖獣の姿から人間の姿に変化して私の腰を抱き寄せた。

 その姿はゲームで見ていた隠し攻略である二十歳の姿で……目の色も赤く、近距離でいきなり目にしたからか、思わず心臓が高鳴り、顔が真っ赤になっていくのが分かった。


 いきなりの攻撃に心臓が激しく動く中、フィンは更に私を抱き寄せ、空中に浮いたまま全ての者に宣言するかのように言い切った。


「シアは俺のだ」


 …………は?今なんて言った?

 思わず思考が停止した。恥ずかしいとか照れるとか、そんなもの全て頭から吹き飛んでフィンの顔を凝視してしまう。そこには真顔で嘘をついているような感じが一切ないフィンの顔があるだけで……え?でも今、なんて言った?

 きっと今私は淑女としてあるまじき呆気にとられた表情をしているだろう。開いたままの口に気が付き、表情を戻そうとするが、思考回路は全く追い付いていない。そんな私を置いていくかのように、獣人達は誰かが噴き出すのをキッカケに笑い声が沸き起こった。


「確かに!」

「フィンと一緒に居るのが当たり前になってるな!」

「お似合いだよ!」


 そんな声と共に盛大な拍手が沸き起こる。

 え?そりゃ今まで一緒に居たし。何なら前世から一緒だけど……え?


 ――ほぅ。


 ワイバーンが関心したかのような声を出した為、思わずそちらに視線を向けると、無表情にも関わらず何故かニヤニヤと笑っているような気がした。


「なっ……なぁ!?」


 声にならない声が出る。間違えた悲鳴を出したような気がして更に恥ずかしさが込み上げてくるけれど、出てしまった声をなかった事には出来ない。思わず口を噤んで下を向くと、フィンがそれに気が付いたように覗き込んでくる。


「……シア、嫌?貴族とかそんなの関係なく、これからも自由に俺と暮らしていくのは嫌?」


 うわぁああ!大人の姿で上目使いとか、可愛さではなく色気が醸し出されてる!何か色々と犯罪ちっくですけれど!?そして後半の提案は素晴らしい!素晴らしいけども、何となく先ほどの事も考慮するとプロポーズっぽくないですかねぇ!?というかプロポーズだとしたら、こんな公衆の面前とか!


「あー……ごめん……?」

「……口に出してた?」


 どうやら思いっきり口に出していたようで、フィンは罰が悪そうに一瞬眼を背けたが、またすぐに私へと視線を戻してきた。私としてはさっきから恥ずかしさの連続で、このまま血圧上がりすぎて死ぬのではないかとさえ思える。いっその事、気を失ってなかった事にしたいというか、逃亡したい。


「王太子妃になるか、今まで通り俺と暮らすか」

「何その究極な選択」


 むしろその2つしかないのかと問いたい。……けれど、この状況を考えても、じゃあまた森で暮らしますという選択は難しいという事くらい理解している。王族の駒になんてなりたくもないし、名も連ねたくはない……今までの生活が幸せだったと感じていたのならば……。私の答えは、幸せを選ぶ。


「……皆と今まで通り暮らしたい」


 うぉおお!と獣人達が叫ぶ中、フィンは残念そうに少し肩を落としてそうくるか……と呟いていた。


「な……あっ……」


 声にならない声が聞こえた。王太子殿下が居るだろう王城に近い方角から聞こえたと思い、そちらに視線を向けると、そこには国王王妃両陛下や宰相に大臣達……少し離れたところではお父様の姿も見えた。

 恐れるような表情で震える国王陛下に、悔しそうな顔でこちらを見つけている王妃陛下。大臣達は呆気に取られたような表情をする中、宰相はどこか笑いを堪えているようだ。様々な思惑を思わせる反応の中、お父様だけはフィンに対して物凄く睨みつけているのは気のせいだろうか……相手は聖獣様ですよ。


「ダリス・ヴィ・アルヴァン」

「はっ」


 フィンが声高らかに王太子殿下の名前を呼ぶと、すぐに王太子殿下は反応した。というか、空気読んで!これ以上目立たないで!という意味を込めて、フィンの服を少しだけ引っ張るも、爽やかな笑顔を私に向けると、すぐ王太子殿下へ視線を戻した。

 いやいやいや、一体何を言うつもりなの!?何かもうこれ以上どうなっても私に害がないなら良いか。もう森に引きこもりしてれば良いかな!?なんて若干自暴自棄的な思考に侵される。……いや、それとても幸せじゃない?


「人間の治世は任せる」

「え?」

「……は?」


 フィンの衝撃的な言葉に対して、すぐ反応したのは私で、王太子殿下は一拍間を置いた後、素っ頓狂な声を上げた。そりゃ驚くよね、だって王太子だもの。まだ国王陛下は存命なのに任せられても……ね?


「いやいや、何を!?」

「その無能に任せていたから、こんな事になってる」


 焦って言葉を返す王太子殿下に対し、至極ハッキリと簡潔にフィンは返した。……うん、第二王子殿下が暴走したのも、止められなかったのも、親の責任……そして国の責任ともなれば……国王王妃両陛下だよね。


「なっ」

「そんなっ」


 驚き固まったままの国王と王妃に対し、周囲に居た人達は王太子殿下に向かい頭を下げ、更には膝をつく。宰相や大臣達……そして周囲に居た貴族達や騎士団と魔術師団の面々までも。

 それは一同が王太子に忠誠を誓うという意味となる。この瞬間、フィンの言葉通りに王太子が治める事になるだろう。

 焦っていた王太子殿下も、その光景を見ては流石に表情を直し、皆に向き合った。流石王族、王太子と言ったところだろうか。この数秒の間に覚悟を決めたようだ。

 フィンと共に王太子殿下の方へ下りて行く。獣人達が王城へ向かって駆けてくるのが見えた。そしてワイバーンも着いてくるのだが……その大きさから流石に着地までは出来ない。


「あ、そうだ」


 降り立ったフィンは少し意地の悪そうな顔をしながら、国王王妃両陛下や宰相、大臣の方へ視線を向けた。

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